第8話 腹が減っては戦ができぬぅ!
「ヴァンツァネル司祭」
「何かな?」
ロイが小さな声をさらに潜めて、司祭様を呼んだ。
ぼそぼそ話されると、ただでさえ声が小さいのに、全然聞こえない。
ないしょのお話をしてるみたいだから、その間に祭壇の上を探索する。
祭壇の上には、多分神様の像が飾られていて、その下に丸い鏡がある。
出入り口のところにも鏡があったから、この世界の宗教的には鏡は大事なものなのかな?
日本神話にも八咫鏡とかあったし、前世日本人的には親近感が湧くね!
こちらの鏡は前世にあった裏打ちしたガラスみたいなものではなくて、金属をつるりと磨き上げた感じだ。
鼻を指で上げて豚鼻にしてみたり、顰めてみたりして、ちゃんと映ってるのが自分かどうか確認する。
鏡に映った私は絶世の美少女! ってこともなくて、西洋風の顔立ちではあるけど、まぁ可愛い、かな、という普通な感じ。
顔立ちが整ってる方の可愛いではなくて、子供特有の庇護欲を掻き立てるところから来る可愛らしさだ。
鼻は高からず低からず。
この世界に珍しい黒目黒髪、ということもなく、まだ一本一本が頼りない細さでふわふわと柔らかい茶色の髪と、まぁこの色彩ならこんなもんかなぁ、というくらいの緑がかったヘーゼルアイ。
つまり、普通!
残念。
これが、私……? っての期待してた。
ちなみに黒目黒髪が珍しいかはよくわからない。
町に出歩いていた人を見る限り、金髪からダークブラウンぐらいのバリエーションがメインだった印象だ。
人種的にはアングロサクソン、かなぁ……といったところ。
どっちかというと、きっちりメイクで作り込まれたコスプレイヤーって言った方が近いかもしれない。
アジア人にしてはやや彫りが深く、濃いめでがっちりしつつもすらっとした人が多かった。
赤っぽい人や青っぽい人もいたけど、染髪技術があるのか、それともそういう魔法があるのか、はたまた遺伝なのかは気になる。
「……」
「はっ!?」
視線を感じて振り向くと、ロイと司祭様が私を見ていた。
「もう! おはなしおわったならいって!」
鏡に向かって変顔してたの、見られてたぁあああああ!
微笑まし気な目をやめて……いたたまれないから。
いや、ロイの方は分厚い眼鏡とストールで表情はわからないけども。
「それでは、チーロについて何かわかりましたら、お知らせ願えますか?」
「承りました」
ロイが司祭様にお願いしてくれたけど、水晶に鑑定してもらって『チヒロ=サカキ』って出てたから、この世界に親がいる可能性ってかなり薄くなったような気がする。
前世と同姓同名がつけられたって可能性も、私自身が私を『チヒロ=サカキ』だと認識してるからだ、って可能性もなくなったわけではないけどね。
司祭様にお礼をして、教会から出る時に出入り口に立ってる兵士さんにバイバイって手を振ってみたら、少し手を上げて応えてくれた。
サービス、サービス。
ロイがコミュ障な分、私が愛想を振りまいておかなくちゃね。
「さて、じゃあ服を買いに行こうか」
ぐぐぅー……。
教会を出てしばらく、お店が立ち並んでる辺りで問いかけてきたロイに、私のおなかが勝手に返事をした。
だって!
いい匂いがするの!
このあたり!
「その前に、食事にしようか」
そうしてください。お願いします、切実にぃ!
食器にスプーンみたいな看板がついてるお店に入ると、ちょうど空いたばかりっぽい席があった。
「いらっしゃーい。そこ、今片付けるから座ってて。モス、お願い」
「はーい」
お店の奥からおかみさんらしき人が声を掛けると、小学生くらいの子がテーブルの上を片付けてくれる。
おかみさんの娘さんかしら。
赤い髪も、緑の目もお揃いだし、顔立ちもどことなく似ている。
こんなに小さいのに働いてて偉いねえ。
ロイが隣のテーブルの人が食べているものを指さすと、娘さんはこくりと頷いた。
あ、ベジタリアンってわけじゃないのか。
「一人前でいい?」
ロイも娘さんも少し悩んでいるみたいだ。
さすがにこの身体じゃ一人前は食べられないだろうしなー。
「とりわけようにおさらとすぷーんをかりてもいい?」
私が聞くと、娘さんはビックリしたみたいに目をパチパチすると、にこっと笑った。
「小さいのに賢いのね。お母さん、今日は薬師さん、普通に一人前でいいみたい。その代わり小さい子用にお皿とスプーンを貸してほしいって」
「あいよ、マックのヤツ出してやんな」
「はーい」
貸してもらえたのは、大人用よりも一回り小さいスプーンとフォーク。
柄が太くて使いやすそうなのがありがたい。
ここにはもっと小さい子もいるんだ。
これは助かる。
いや、大人と同じものでも使えるとは思うけど、手も口も、自分で想定してるより小さいのよね……。
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