第4話 あんなところと言われても

「さかきちひろ、さかき、が、いえのなまえで、わたしのなまえはちひろ」

「さぁき=ちーろ……いや、ちーろ=さぁき、か……サァキ、わが国では聞いたことのない家名だな。やはり異国の……?」


 発音怪しいな!

 私の『れくさのーる』の方がよっぽど言えてたような気がする。

 しかし、私としてはそんなに発音が違うような気はしないんだけど、ひょっとして今理解して喋ってる言葉も、日本語じゃなかったりするんだろうか。


「とおいくに、だとはおもうけど、きぞくではないよ。わたしのくにではかめいをもってるのがふつうだった」

「そうなのか。ひょっとして亡命してきたのではないのかと思ったんだ」

「ううん」


 私が首を横に振ると、ロイはほっとした様子で私の頭を撫でた。

 この感じだと、平民は名字がないのが普通なのかな。

 だったら、これからは名乗るのは名前だけにしておこう。


「それで、ちーろはどうしてあんなところにいたんだい?」


 ちーろ、チーロね。

 まあいいや、レクサノール様もロイでいいって言ってくれたし、発音しにくいものは仕方がない。

 私はチーロ、それでいい。


「あんな……ところ……?」


 あんなところ、と言われましても。

 私の記憶は、自分が死んだ場面から、いきなりこの家の寝室で目覚めたところで始まっている。


「わたし、ここにくるまえ、どこにいたの?」

「この家の近く、もう少し森の奥に入ったところで倒れていたんだよ」

「おぼえてない……」


 どうしてそんなところにいたんだろう。

 それに、ここまで育ってるってことは、この世界での両親はどうしたんだろ……。


「なまえも、ちがう……かも?」

「どういうこと?」

「おとうさんとおかあさん、おぼえてないから……」

「両親を覚えていない?」


 ロイが痛ましそうに眉を顰めたけど、私はもう自分のことでいっぱいいっぱいだった。

 おぉお、この世の両親のことをすっぱり何も覚えていないとなると、なんだか申し訳ない気がするぞ。


「……しんだ、んだ、よね……?」


 死んだ……はずだよね?


「死んだ……」

「うん」


 あれ、でも、幼女になってるし、てっきり異世界転生だとばかり思ってたけど、異世界転移プラス若返りって可能性もあるわけか。

 そうなると、あの世界で階段から落ちて血痕残したまま消えてる?

 魂みたいなものがこの子の身体に憑依しちゃった、ってパターンも考えられるな。

 そっちの場合、本来のこの身体の持ち主はどうなっちゃったんだ?


 謎すぎる……いきなり消えたとしたら、騒ぎになってないかな。

 あ、私が死んだ時点で大騒ぎか。

 飛び出してきたの鈴木さんか伊藤さんか知らないけど、痴話喧嘩からいきなり人殺しだし、店舗は事故物件だしでヤバいよね。

 あの後、弊店はどうなってしまったんだろう……ちょっとした痴情の縺れはあっても、基本的には平和な店だったはずなのに、一躍事件現場にしてしまった。

 殺された(笑)とはいえ、一応、慣れ親しんだ職場だったし、愛着みたいなものもあったから、申し訳ないような気がする。

 階段から店員が落ちてきて流血騒ぎの後死亡、もしくは行方不明。

 どっちにしろヤバいな。

 痴話喧嘩でクレームがくるどころの騒ぎじゃない。


 まぁ、私にはどうしようもないんですけど。

 そもそも私が死んだ原因も、私のせいってわけでもないしな。


「っ……ごめん」

「へ?」


 ぎゅ、とロイが私を抱きしめてきた。


「チーロはきっと大変な思いをしてこの森にたどり着いたんだろう。辛かったね。チーロのことは、話せるようになったら話してくれたらいいから」


 自分の死因を思い出して、すごい顔をしてたのかもしれない。

 ……大変な思いはしたけども、多分ロイが想像してるのとは違う気がする。

 話せるようになったら話せばいいなんて、本当に、私がちびっこギャングだったり、盗賊の手先だったりしたら、ロイはどうするつもりなんだろう。

 自分が置かれた状況がわからないから、今はまだ何も話せる気がしないけど。


 こういうのって、女神とか超常的な存在から使命を与えられたり、あるいは『あ、これゲームの世界だった』なんて、自分の運命思い出したりするものじゃないの?

 そんなコンタクトがあった覚えもないし、これから一体どうなっちゃうんだろう。


 それから私はこのあたりの簡単な地理の話なんかを聞いたり、ロイが家を出てからここで薬屋さんみたいなことをしている、なんて話を聞いて、起きた時と同じスープを飲んで、眠りについたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る