第21話 反転攻勢

「ねえ、ルーシャ、そうなるのかな?」


 ルイスがもう一度、ルーシャに訊いてくる。


「こら、ルイ坊、ルーシャに生意気な口を叩くな。お前は二つも歳下なんだぞ」

「えー、だってさあ、ラルクの兄貴……」


 ルイスはそんなことを口の中でもごもごと言っている。ルイスは配属された時からラルクに対して妙に懐いていた。そして、ラルクにしてもルイスに関しては何かと目をかけている節があった。


 互いに兄や弟がいたのだろうかとルーシャは思う。志願兵たちはあまり互いに故郷や家族のことを話さない。誰もがそれなりの事情で志願してきたわけで、自然とお互いにその事情に触れることも触れられることも避けていた。


「やっぱり、いきなりの実戦だとさあ。いくら人族最強の俺でもさあ……」


 ルイスはそう言って、小銃を構えて撃つ真似をして見せた。


「馬鹿か、ルイ坊」


 ラルクがそう言ってルイスの頭を軽く叩いた。それを見てルーシャもセシリアも笑顔を浮かべる。


「ルイス、多分、私たちはここよりも後方の基地に移動させられると思うよ」


 ルーシャがそう言うと、ルイスは残念そうな顔を浮かべてみせた。


「えーっ? そいつは残念だな。折角、俺の大活躍を見せようと思っていたのにさあ」


 今度はさっきと逆のことを言うルイスに、再び四人の中で小さな笑いが起こった。


「お前ら、いい度胸だな……」


 背後からそんな声が聞こえてきた。一瞬で背筋が伸びてルーシャたちは怖々と振り返る。やはりというか、案の定というのか。そこには鬼のような形相をした軍曹のジェロムが立っていた。ルーシャの背筋が凍りつく。


「塹壕はお前らの生命線だぞ。それを喋りながらやりやがって。ここは学校じゃねえんだぞ!」


 ジェロムの罵声が飛ぶ。オーク種であるジェロムは横も大きければ縦も大きい。ついでに声も大きい。なのでその威圧感は凄いものがある。声だけでもセシリアなどは卒倒しそうで、ルイスなどは消えてなくなりそうな勢いだった。


「申し訳ありませんでした!」


 ルーシャたち志願兵はそう返事をして頭を下げると、一斉に止まっていた手を動かし始めるのだった。





 「最近、前線に来る回数も多いようですが……」


 ボルドはカイネルを前にしてそう言った。

 カイネルは軽く顔を顰めると、ボルドに座るよう促す。


「ボルド少尉、随分と皮肉が多くなったようだな」

「いえ、すいません。少し口が過ぎたかもしれません」

「いや、お前の皮肉ももっともだ。前線に来たからといって、別に銃を取って戦うわけでもないしな」


 カイネルは自嘲気味に言う。軽口のつもりだったが痛いところを突いてしまったようだとボルドは悟った。


「……まあ、立場が違うのですから、それも当然なのでは」

「ふん、今更助け舟を出しても遅い」

「まあ、そうですね」


 そう言われてしまうと、ボルドには苦笑する他になかった。


「それで、カイネル大佐、今回の目的は?」

「お前の顔を見に来た……」


 カイネルはそう言って少しだけ考える素振りを見せた。


「……と言いたい所だが、違う」

「……つまらない冗談ですね」


 ボルドがばっさりと切り捨てた。大体カイネルは昔から冗談があまり上手くないのだとボルドは思う。どちらかと言えば、カイネルが冗談を口にするとほぼ場が白けてしまうと言ってよかった。


「で、どうされたのですか?」


 軽口をあっさりと切り捨てられて鼻白んでいるカイネルにボルドは言葉を促した。


「ダリスタ基地を奪われ、我々にはもう後がない。もしこのジルク補給基地まで奪われたら、反転攻勢も難しくなる」


 反転攻勢……。

 ボルドは心の中で呟く。反転攻勢と言葉は勇ましいが、実際に行おうとしていることは単なる人族を使った自爆戦法だ。

 

 自虐的になるつもりはないのだが、つまりはそういうことなのだとボルドは思っていた。どんなに言葉を装飾しても事の本質は変わらないのだ。


「後方から五千の援軍がくる。ジルク補給基地を最前線の基地とするためにだ。そして、ここを死守して、ダリスタを奪取。それを足がかりとして、一気に要塞都市グリビアを占拠する。それが幕僚本部の描いた絵だ」


 カイネルの話を聞きながら、まあそういう流れになるだろうなとボルドも思う。ただこの劣勢の中、起点となるジルク補給基地をイスダリア教国の攻勢から防ぎ切ることができるのかとの疑問も出てくる。

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