第22話 出撃の可否
「五千の援軍は有難いのでしょうが、今いる兵数はダリスタの敗残兵を含めても約ニ千。合わせて七千ではイスダリア教国の攻勢をここで支えきれるとは思えませんが」
「相変わらず的確だな。お前は子供の頃から全体から個、個から全体を見ることができる」
カイネルの顔が少しだけ綻んだ。
「お世辞はいらないですよ」
「お世辞なんぞ今更言うか。お前の言うことは的確だ。だが現状、これ以上の戦力を割く余裕がない。ここでいたずらに将兵を消耗すると、ダリスタ基地の奪取、そして要塞都市グリビア占拠のために投入する将兵が足らなくなる。西方に展開している部隊にしても、そこで戦線を支えるので手一杯だ。戦力をこちらに割く余裕はない」
「……反転攻勢のために将兵を温存したいと。ですが、一歩目が成功しなければ、反転攻勢の二歩目はないですよ」
「皮肉は止めろ」
カイネルが渋い顔をして見せる。渋い顔の中に苦悩の表情があるのをボルドは見て取っていた。
この幼馴染は小さい時からそうだったと思う。自分が言い難いことを中々言い出せない。それが他人の不利益になることであれば尚更だった。要は優しいのだとボルドは思う。
ボルドは心の中で溜息を吐くと一瞬の間を置いてゆっくりと言葉を発した。
「……そこで我々の出撃だと」
カイネルは頷いた。
「だが、本音はお前たちの部隊を城塞都市グリビア奪還戦の時まで温存しておきたい」
「まあ、それはそうでしょうね」
イ号作戦と名付けられた作戦の核となる部分を今の段階ではイスダリア教国側に知られたくはないだろう。
だが、一方でダリスタに続いてこのジルク補給基地まで奪われてしまえば、反転攻勢への機会が遠のいてしまうことは間違いない。
「臨機応変に出撃の可否を決めろということですか」
「……簡単に言えばそうなる」
いつもこの幼馴染は無理難題を言ってくるとボルドは思う。最前線の小隊が戦況を大局的に見ることは厳しいと言わざるを得ない。
ボルドが浮かべる難しい顔を見て、カイネルが再び口を開いた。
「ボルド、お前もそうだが、各小隊を率いる者にはその判断ができる者を配したつもりだ」
「それは過大な評価を頂いているようで」
「だから皮肉はよせ」
不貞腐れたようにカイネルはそう言ってそっぽを向く。その子供じみた行動にカイネルが子供だった頃の顔が重なった。
あの頃は魔族とか人族とかの区別もよく分からず、それこそカイネルが皇帝に連なる身分といったことであっても、自分たちの間では関係がなかった。身分や立場など何も関係なく一緒に野山を駆け回る。ただそれだけだった。
「なあ、ボルド、お前は死ぬな……」
「……それは命令ですか?」
「馬鹿、幼馴染の頼みだ」
その言葉にボルドは黙って頷いた。
「お前に人族の血が流れていなければ今頃、俺の隣には常にお前がいたはずだ。お前が今ここで最前線にいることはなかったんだ……」
「……過大な評価ですよ。カイネル大佐」
ボルドは苦笑を浮かべた。
「それに私をまた最前線に呼んだのはカイネル大佐のはず」
ボルドがそう言うとカイネルは少しだけ笑った。
「この戦争が終わったら俺はお前にこの戦場で見たこと、思ったことを俺と一緒に国へ、皇帝へ上申してほしいと思っている。最前線で常に戦い、加えて大貴族と人族の血を引くお前だからこそ、そこに説得力が生まれる。そして我がスライ家が後ろ盾となれば、この戦争に多大な功があった人族の地位を上げることも難しくはないはず」
「中々壮大な話ですね」
「からかうな。俺は真面目に話してる」
そうだったなとボルドは思う。カイネルは昔から真っ直ぐな男だった。幼少の頃からこのようなカイネルが常に近くにいたから、自分が魔族の社会から排除されなかった側面もあったのかもしれなかった。
カイネルが何を思って、ここまで人族に肩入れしようとしているのかは分からない。身近に人族の血を引く自分という者がいるからということだけではないと思うのだが。
志願兵の件は人道的に考えてもこんな作戦は許されない。だが、魔族でありその中でも特権階級であるカイネルが、ここまで思い詰める話でもない気もする。
「ボルド、イ号作戦立案の中心人物はこの俺だ」
まあ、そういうことなのだろうとボルドは思っていた。カイネルはこの戦争を終わらせるために、あらゆる可能性を模索したはずだった。それも単純に戦争を終わらせるのではなく、優位に終わらせなければならない。そしてその結論がこのイ号作戦だったのだろう。
「この泥沼に嵌まり込んで抜け出せない戦争を優位に終えるには、人族に犠牲を強いる他になかった。ならば、俺は犠牲を強いる人族に地位向上を約束する。何十年かかろうが俺はそれをやり遂げる。そして、そのためにはお前の力も必要だ。だから、お前は死ぬな。これは絶対だ」
「最前線に人を送り込んでいて、絶対に死ぬなは矛盾している気もするけどね。分かったよ……カイネル兄さん」
ボルドは静かに頷いたのだった。
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