第20話 塹壕掘り
「シエトロ、具合の方はどうかね?」
穏やかな日差しが村に降り注いでいる日だった。この日、村長はルーシャの家を訪れていた。ベッドの上で上半身を起こしているルーシャの父親、シエトロの顔色は以前に見た時よりも遥かによくなっているように村長には思えた。
村長の言葉にシエトロは笑顔を見せる。
「ありがとうございます。かなり良くなってきました。あと一か月もすれば以前のように働ける気がしますよ」
「そうかい、それはよかった。だが無理はいけないよ。家族のためにも、ここはしっかり治してからの方がいい」
「……家族、ですか……」
シエトロの顔に苦渋の色が浮かぶ。村長は不用意な発言をしてしまったと心の中で自らを叱責した。シエトロは苦渋の色を顔に浮かべたままで言葉を続けた。
「そうですね。ルーシャに助けてもらったこの命です。大切にして、残された家族のために役立てないといけないですね」
「ルーシャに助けてもらったのはシエトロ、お前さんだけじゃない。この村全体が二年間、租税の半額免除という恩恵を受けている。それで助かった村人も多い……」
ルーシャのことを考えると村長はあの時以来、常に後悔に苛まれていた。あの時、志願兵の話をルーシャにすべきではなかったのではと。
いや、自分は最初からルーシャに義勇兵の話をすべきではないと分かっていたのではなかったか。だが、それによる恩恵にあやかりたくて、ルーシャであれば志願兵の話を承諾するかもしれないと思ってその話をしたのではなかったのか。
そのような自分の浅ましさに身を焦がされるかのような思いが村長にはあった。そんな自分の浅ましさを知りつつ、自分は日々を生きていかねばならない。一層、誰かに自分は糾弾されたいのかもしれないと村長は思っていた。ルーシャを殺したのはお前だと……。
「……村長、そんな顔をしないでください。あの子は村長にそんな顔をさせるために志願したわけではないんです」
「……分かってる、分かっているさ、シエトロ。だがな、きっと私は糾弾されたいんだ。誰かに裁いてほしいんだよ。でなければ、この後悔と苦しみから解放されやしない」
シエトロは黙って首を左右に振った。
「村長、このことは誰も裁いてくれやしない。私も同じです。この後悔と苦しみを一生、背負っていかなければならないんです。それが贖罪なんです」
「……そうか。そうだな。そうかもしれんな」
村長は二度、三度と大きく頷いた。
「ルーシャから便りはくるのか?」
「二週間に一度は来ますよ。自分は元気だから何の心配もいらないと。自分のことなんかよりも、いつも残してきた私たち家族の心配をして、私の体を心配して……そんな内容ばかりの手紙です」
シエトロの言葉が詰まる。だが、絞り出すようにして言葉を続けた。
「あの子はいつもそうだった。自分のことより妹や弟、家族のことばかりを優先して……」
「そうだな。あの子はそういう子だったな……」
村長も言葉を詰まらせながら、辛うじてそう言うのだった。
「村長、この戦争は……どうなるのでしょうか?」
「分からない。私にも分からないよ、シエトロ。でも、終わらせなきゃいけない。人族だけが犠牲になるような、ルーシャのような子供が犠牲になるような戦争は終わらせなきゃならない。そうでなければ母神クロネルが我々人族すべてをお許しにはならない……」
村長が苦しげな顔をしながら言う言葉にシエトロは静かに頷いたのだった。
「もう塹壕掘りも飽きたよねえ。ほら、見てよ、ルーシャちゃん。手の平がかっちかちだよ」
セシリアがふにゃっと笑いながら、ルーシャに両手を突き出してくる。セシリアが言うように、確かにもう二週間も毎日塹壕を掘り続けていると流石に飽きてくる。
最前線の基地であったダリスタ基地が陥落したため、このジルク補給基地が最前線基地となってしまった。最前線基地として機能するように急ぎで塹壕なども含めて、その体裁を整えているところだった。
いずれはこの基地にもイスダリア教国の兵が押し寄せてくるのだろうか。そうなれば、自分たち志願兵の出撃もあるのだろうか。そんなことを考えていると胸が苦しくなってくるのを感じる。
それを悟られないように、ルーシャは深い呼吸を繰り返してセシリアに笑いかけた。
「ほら、さぼっているとジェロム軍曹にまた怒られるよ」
「えーっ? さぼってなんかいないもん」
セシリアが口を尖らせる。
「でも、いつまで私たちここにいるんだろうね。このまま出撃になるのかな」
ルーシャ言葉を受けて、セシリアの顔に少しだけ暗い翳りが浮かぶ。そうなのかとルーシャは思う。きっとセシリアも自分と同じことを考えていたのだ。
「えーっ? じゃあ、俺はいきなり本番なのかなあ」
会話を聞いていたのか、セシリアの背後にいたルイスが声を張り上げた。ルイスは新たに第四特別小隊に配属された新人の志願兵だった。
歳はルーシャより二つ下の十三歳。言動といい見た目といい、少年というか子供というか……といった感じの新兵だった。
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