第17話 拘束
薮の中でルーシャが潜む位置と敵兵の位置が余りに近くて、ルーシャはそこから動けなくなってしまった。少しでも動いて音を立ててしまえば、イスダリア教国の兵に気づかれてしまうのは間違いない状況だった。
幸いなことに草木の高さは密集しながら、大人の腰ぐらいの位置にあった。なので互いの距離が近いとはいえ音さえ立てなければ、簡単には見つからないように思えた。
ルーシャは軍刀を胸に抱えて心の中で母神クロネルに祈りの言葉を唱えた。運がよければ、例え見つかったとしても捕虜として扱われるということも考えられる。だが、この状況で自分たちの足手纏いになりそうなルーシャを捕虜として、彼らが扱ってくれるのだろうか。
彼らが捕らえた自分を足手まといだと判断すれば、間違いなく殺されるだろう。ルーシャはそう考えていた。それらに抗うには、扱い方も満足に知らない軍刀だけでは心許なかった。
「本隊の方はどうなったんだろうな。もうダリスタを占拠したのかな?」
敵兵の一人が座りながらそう言った。後の四人も続いて車座に座り始めた。どうやらここで小休止をするつもりのようだった。
「爆発音もしなくなってきているから、もう占拠したんじゃねえかな」
隣の敵兵がそう言った。歳は若いようで、皆が二十歳前後といったところだった。
「違いねえな。腰抜けのガジールの奴らが相手だからな。今頃は皆で逃げ出している頃だな」
そう言って五人の敵兵は揃って楽しそうに笑い声を上げた。
「でもよ、本隊に合流しなくていいのか?」
五人の中で一番若そうな敵兵が不安げな声で言う。
「相変わらずお前は臆病だな。敗走兵を追っていたら、そのまま戦闘になったとでも言っておけば大丈夫だ。下手に本隊と合流して戦闘にでもなってみな。お前なんてすぐに死んじまうぞ」
最初に腰を下ろした敵兵が馬鹿にしたような口調で言葉を返した。
「そうは言ったってよお。戦利品の一つでもないと嘘くさいんじゃねえか?」
馬鹿にされた敵兵は少し口を尖らせている。
「まあ、確かにな。心配すんな。戦利品ならその辺に転がってる死体から取って行けばいいんじゃねえのか」
最初に腰を下ろした敵兵がそう言って笑い声を上げた。
身動きを一つもしないで、息も押し殺してルーシャは彼らの会話を薮の中で聞いていた。軍刀を握る両手が汗で滲んでくるのを感じる。
彼らもすぐ近くの薮にガジール帝国の兵が潜んでいるなどとは思ってもいないはずで、このまま物音さえ立てなければやり過ごせそうだった。
「面倒だが、行くか。そろそろ本隊に合流しないと、戦死扱いになって置いていかれちまう」
最初に座った敵兵がそう言って立ち上がった。
「そうだな」
「この辺りからは逃げ出したガジールの奴らと、本当に出くわすかもしれねえ。気をつけねえとな。重装歩兵なんかに出くわしたら最悪だぜ」
「面倒臭えな。まだ大して休んでねえぞ」
「ま、待ってくれよ」
他の四人も思い思いの言葉を口にしながら続けて立ち上がった。
ルーシャはそれを聞いて藪の中で安堵した。後は一刻でも早く彼らが立ち去ってくれることを願うだけだ。
「お、おい、待てって、あ……」
一番若く見える敵兵がそう声を発した。
すると、薮の中でうつ伏せに潜むルーシャの眼前に、敵の装備品らしき黒い筒状の物が転がってきた。ルーシャの血の気が一気に引く。
「お、おい、待ってくれって。地図を落としちまったんだよ」
「はあ? 本当にどん臭え奴だな。早くしねえと置いていくぞ」
そんな声が聞こえてくる。
「あれ、おかしいな。確かこの辺に……」
そう呟きながら、敵兵はルーシャが潜む薮へと近づいてくる。
駄目、見つかる!
ルーシャは心の中で呟く。躊躇っている暇はなかった。ルーシャは勢いよく起き上がると、軍刀を若い兵士に向かって突き出した。
「ひゃあっ!」
言葉になっていないような悲鳴を残して、敵兵が尻餅をつく。尻餅をついたことによって敵兵の上半身が下へ移動したため、ルーシャが突き出した軍刀は何もない空間を貫いていた。そして、勢い余って三歩、四歩とルーシャはたたらを踏む。
ならばもう一撃とルーシャが振り返った時だった。左の脇腹から腹部にかけて衝撃があり、ルーシャは地面に吹き飛ばされるように横倒しとなった。
ルーシャは何が起こったのか分からないまま、激しく咳き込んだ。息が上手く吸えない。それでも立ち上がろうともがいていると、今度は顎に衝撃があって、今度は地面の上で仰向けとなった。視界が揺れて涙が滲む。
「何だこいつ。ガジールの兵士か?」
揺れて涙でぼやける視界の中でそんな声が聞こえてきた。
「女だろう? しかもまだ子供だぜ」
そんな声も聞こえてきた。
ルーシャが何とか立ち上がろうともがいていると、首の付け根辺りを強く圧迫された。ただでさえ呼吸が上手くできていなかったので、経験したことのない息苦しさがルーシャを襲う。
ルーシャの口が酸素を求めて必死にぱくぱくと動く。どうやら足で首の付け根を強く踏まれているようだった。
このまま首の骨を折られてしまうのだろうか。ルーシャの体を恐怖が駆け抜けていく。
「事情は知らねえが、兵装しているんだからガジールの兵だろうな」
そう声がすると首の付け根にある圧迫が少しだけ緩和された。辛うじて呼吸ができるようになってルーシャは必死に酸素を求めて浅く早い呼吸を繰り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます