第15話 被弾

「少尉と残してきた小隊の皆は無事でしょうか?」


 ルーシャはそう口にした。尋ねたところで無事だと分かるはずもないのだが、尋ねずにはいられなかった。


「あの少尉なら、うまく切り抜けられたと思うぞ。補給部隊自体を狙ったものではなくて、単なる遭遇戦だったようだしな」


 ジェロムが自信に満ちた声で断言してみせた。大した根拠がある話ではないと分かっているのだが、ルーシャは少しだけ安堵する自分を感じていた。


「それにしてもあの少尉、片腕でよく戦場に立とうと思いますよね」


 ゴーダが水筒を口にしながらそう言った。


「そうですよね。片腕の兵士なんて聞いたことがないですよ」


 気分が少しは落ち着いてきたのか、そう言ってラルクも会話に入ってきた。


「そりゃそうだろう。片腕じゃあろくに武器も扱えない。戦場で片腕を失くせば、普通は傷病兵として退役だ。暫くは食うに困らない恩賞も貰えるしな」


 ジェロムはそうラルクに言葉を返すと、ハンナに視線を向けた。


「お前さんは何か聞いているか?」

「いえ、特には……」


 ハンナは首を左右に振って言葉を続けた。


「特殊な作戦ですからね。ジェロム軍曹と同じように、思うところがあって志願したのではないでしょうか」

「なんだ、思うところって? 俺は別に何も思っちゃいないぞ」


 ジェロムはそう言って再びそっぽを向いた。ルーシャはそんな軍曹を見て、なんだか可愛らしいと思い、少しだけ笑みがこぼれた。


 戦争とはいえ人を殺したことの衝撃が少しずつ薄まっているのだとルーシャは感じていた。やはり人は逞しいのだ。辛いこと、嫌なことがあっても、いつかはそれも薄れ忘れていくものなのだ。


 自分の家族もきっとそうなのだろうとルーシャは思った。父親も母親もそしてまだ幼い妹や弟たちでさえ、自分を戦場に送り出してしまったことを後悔しているのだろうと思う。今でも悲しんでいるのだろうと思う。でも、時間が少しずつそれを慰め、癒やしてくれるのだとルーシャは思った。また、そうであって欲しいと思うのだった。


「そうか! やっぱり、ルーシャちゃんはボルド少尉が心配なんだね」


 セシリアが自分の両手を胸の前で軽く叩いて、気づいたように甲高い声を上げた。


「お、おい、セシリア……」


 ラルクが戦場に全くもって似つかわしくない話を始めようとするセシリアに気がついて、それを押しとどめようとする。


「ち、違うよ。少尉だけじゃなくて、残してきた皆が心配なんだもん」


 ルーシャは怒ったように言ってみたが、顔が少し上気するのを感じでいた。


「なんだ? どういうことだ」


 ジェロムは訳がわからないといった顔をする。


「まあ、軍曹、若いっていいなってことですよ」


 要領を得ていないようなジェロムを見てゴーダが苦笑を浮かべる。


「あ、何だその顔は? 俺を馬鹿にしやがったな。てめえだって二十歳そこそこの若造じゃねえか」


 ジェロムが不満を口にするとハンナが割って入ってきた。


「ジェロム軍曹、少尉が素敵だねって話ですよ」

「……あの無愛想な小隊長殿がか?」


 ジェロムが口をあんぐりと開けて見せた。一同がそれを見て苦笑をそれぞれに浮かべた時だった。

 ひゅるひゅるとどこか間抜けな音がルーシャたちの鼓膜を震わせた。


「伏せろ! 長距離砲だ」


 ジェロムが怒鳴るのと周囲で爆発音が響き渡ったのは同時だった。

 一回、二回、三回とさして遠くない場所に長距離砲が着弾する。巻き上げられた小石や砂が地面に伏せたルーシャに降りかかってくる。


「近くに味方の大規模な部隊が逃げ込んできたのかもしれねえ。追撃戦に巻き込まれる前に、ここを離脱するぞ!」


 ジェロムの言葉に従って、皆が一斉に走り出す。先ほどの砲撃以降、次の砲撃はまだない。砲撃の距離や方向を調整しているのか、それとも次は遠距離魔法が打ち込まれてくるのかもしれない。


 確かにこの砲撃が少数で移動するルーシャたちを狙ったものとは考えられなかった。近くに味方の姿は見えないが、実際は近くに大規模な味方の部隊がいて、それを狙ったイスダリア教国側の砲撃に巻き込まれているのかもしれなかった。


 走り出したといってもジェロムやゴーダの重装歩兵がいるため、その速度は早足程度でしかない。いつ遠距離砲撃を受けるかもしれないと考えると、ルーシャの中で恐怖が生まれてその遅い速度に焦燥感だけが募ってくる。自分一人だけでも全速力で走り出したくなってくる。追い詰められた状況だと人はどこまでも自分勝手になるものらしかった。

 それらの感情を押さえ込んでルーシャは足を動かしていた。


「ゴーダ、崖からもう少し離れた方がいい」


 ジェロムがそうゴーダに声をかけた時だった。また、ひゅるひゅるとどこか間の抜けた音がルーシャの鼓膜を震わせた。


「来るぞ! 伏せろ!」


 ジェロムの声が響き渡り、直後にルーシャの右手で爆発音と共に土煙りが上がった気がした。


 あっ、と思った時には自分の体が吹き飛ばされて、宙に浮く感覚があった。まるで静止画でも見ているようだった。一瞬の出来事だったはずなのに、場面、場面が瞬時に切り取られて自分の瞳に映っているように思える。

 

 何事かを叫んでいるジェロム軍曹や、泣き出しそうな顔でルーシャを見ているセシリアの顔が静止画の状態でルーシャの瞳に次々と映し出されていくのだった。


 これで自分は死ぬのかなとルーシャは思う。ここで死んでしまったら、前金のお金しか貰えないのだろうか。ちゃんと確認しておけばよかった。そんなことを冷静に考えられるのが少しだけおかしかった。

 

 お父さん、お母さん、アナリナ、そしてマシュー、ごめんね……。

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