第14話 撃たなきゃ死ぬだけ
三十分ほどの小走りだっただろうか。重い鎧や盾を装備しているジェロムやゴーダの荒い息を見て、衛生兵のハンナが休憩を提案した。ジェロムとゴーダも限界だったのだろう。それに同意して即座に座り込んだ。
左手には切り立った崖があり、その下には川が流れていた。ここを崖沿いに進んでいくと、小隊の合流場所となる小川に辿り着くとのことだった。
皆で車座に座り、どこまで役に立つか分からないがルーシャとラルクが周囲を警戒する役目を仰せつかった。
ルーシャは周囲を警戒しながら、中腰のままで背中の鞄から水筒を取り出して喉を潤した。緊張の連続で気づきもしなかったのだったが、喉が驚くぐらいに渇いていた。皆も同様に水筒を取り出すとそれぞれが乾いた喉を潤している。
喉の渇きがおさまると、ルーシャは人を殺したという事実を改めて思い出した。あの時は夢中だった。撃たなければ殺されるとの思いに突き動かされていただけだった。
殺すために引き金を引いたのではなくて、自分が殺されないために引き金を引いた。そして、結果として人を殺したのだ。改めてその事実に気がつかされると全身が小刻みに震え出した。
ルーシャはその震えが周囲に悟られないように、両腕を交差させて強く自分を抱き締めた。隣のラルクを見ると、ラルクも血の気が引いた顔をしながら周囲を警戒していた。
これが戦争なのだとルーシャは初めて実感した気がした。そうなのだ。今までは単に戦場にこの身を置いていただけだったのだ。戦争の本質はこの手で人を殺すこと。自分が殺されないように人を殺すことが戦争なのだ。頭では分かっているはずのことだったのに。
自分の背に手が置かれる感触があることにルーシャは気がついた。背後を振り返ると、やはり衛生兵のハンナ一等兵だった。エルフ種は男女を含めて一般的に容姿に恵まれている。ハンナも同じく容姿に恵まれていて、このような戦場でうす汚れた戦闘服を着ていても美しかった。
美しい人なのだなとルーシャは単純に改めて思った。その美しいハンナの顔を見ていると何故か涙がこみ上げてくる。鼻の奥がつんとなる。ルーシャはそれを必死で堪えた。セシリアもラルクも涙を見せてはいない。それに何よりも、自分はもう泣かないと決めたのだ。
ハンナは何も言わず、ルーシャの背中に優しくその手を置き続けるのだった。
「包囲は脱せたのでしょうか?」
重装歩兵のゴーダが同じく重装歩兵のジェロムにそう尋ねた。
「そうだろうな。イスダリア教国の奴等、やはり目的はダリスタ基地なのだろう。お陰で逃げ出す俺たちへの追撃もなかった」
「やはり、ボルド少尉が言ったように、単なる遭遇戦だったということですかね」
「まあ、そういうことだな」
ジェロムは頷くと、ルーシャたち志願兵に濃い茶色の瞳を向けた。
「今回はお前たち志願兵のお陰で助かったな。人族がマナの動きに敏感なのは知っていたが、あそこまでマナの動きを察知できるなどとは聞いたことがない。いやいや、大した物だぞ」
ジェロムはそこまで言うと、志願兵たちの様子が少しだけおかしいことに気がついたようだった。訝しげに口を閉じる。
「軍曹、彼らはこれが初めての本格的な戦闘だったのですよ」
ハンナがやんわりとジェロムを諌めた。
「軍曹は配慮をどこかに置き忘れてきた人ですからね」
ゴーダがそう言って苦笑をする。
うるせえと言って、ジェロムはそっぽを向いた。それを見てラルクが少しだけ笑顔を見せた。
ラルクの笑顔は引き攣っていたのだが、笑顔を見せられるだけ凄いとルーシャは思う。セシリアは今にも泣き出しそうな顔をしていたし、ルーシャ自身もセシリアと似たような顔をしている自覚があった。
「ここは戦場だ。撃たなきゃ死ぬだけだ」
ルーシャたちに顔を背けたままでジェロムが言う。自分たちを慰めているつもりなのだろう。
「ありがとうございます。俺たちは大丈夫です。ただ急なことだったので、びっくりしただけです」
ラルクがルーシャとセシリアの気持ちを代弁するかのようにそう言った。
「気にすんな。泣き出さないだけでも大したもんだぜ」
ゴーダがそう言って、にやりと笑ってみせた。
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