第13話 脱出
ハンナを先頭にして森の中を進むルーシャたち。ルーシャは自分の心臓が早鐘を打っているのを感じていた。掻き分けて進む森のあちらこちらに敵兵が潜んでいる気がしてならない。それはルーシャにとって恐怖以外の何物でもなかった。
今にも銃弾や近距離魔法が自分を目掛けて飛んでくるような錯覚に襲われる。ともすれば、その恐怖から止まってしまいそうな足をルーシャは叱咤しながら必死で動かしていた。
ルーシャたち志願兵の横で、彼らを覆い被さるように並走していた重装歩兵ジェロムの分厚い鎧が連続して甲高い金属音を立てた。右側面からの銃撃だった。
「伏せろ!」
ジェロムが短く命じた。ジェロム自身は片膝を着いてルーシャたちの前で大楯を構える。
「こいつは囲まれていますね」
最後尾から同じく重装歩兵であるゴーダがそう声をかけてきた。
「ゴーダ、先頭に回ってくれ。ハンナは最後尾だ」
ゴーダとハンナは短く返事をすると、互いに位置を入れ替える。
ルーシャは早鐘を打ち続ける胸を両手で押さえる。
「近距離魔道兵がいると厄介だな」
ジェロムが呟くように言う。
「ジェロム軍曹、このまま前進しましょう。このままじゃ魔法で狙い撃ちされます」
先頭に移動して大楯を構えているゴーダがそう言って、背後のジェロムを振り返った。その時だった。
「ルーシャちゃん! あそこの斜面で敵の魔道兵がこっちを狙ってるよ!」
不意にセシリアが左手前方の斜面を指さした。
「マナが凄い勢いで集まってる。間違いないよ!」
セシリアがそう言って指を差す茂みにルーシャは意識を向けた。元来、人族は魔法を生成する基となるマナの感知に敏感な種族だった。セシリアは特にその感知に長じているのかもしれない。確かにセシリアが指し示すところでマナが集まる気配がある。
同じく人族であるラルクの顔を見ると、ラルクもマナの動きを感じるようで、間違いないと頷いている。
「ジェロム軍曹、あそこに敵魔道兵がいます!」
ルーシャの言葉にジェロムは一瞬だけ訝しげな表情をした後、小さく頷いた。
「よし。ルーシャ、セシリア、ラルクの三人は小銃であの茂みを狙え。いいか、ゆっくりと落ち着いて狙え。外すとこっちが死ぬぞ」
三人とも頷くと、それぞれ小銃を構えた。
「頭は低くしろ。ゴーダ、前の守りは頼むぞ!」
ジェロムが怒鳴るように先頭のゴーダに声をかける。ルーシャは銃身にある照準に神経を集中した。そうやって集中すると、自分の息がうるさいぐらいに荒くなっていることに気がついた。
ルーシャは意識して呼吸を整えると、再びマナの集中が感じられる茂みに照準を合わせた。小刻みに震える銃身の震えが一番小さくなったところで、ルーシャは二度、三度と引き金を引いた。セシリアとラルクが引き金を引くのもほぼ同時だった。
いくつかの銃声が重なって周囲の大気を震わせた。
小高い茂みが生い茂る斜面から黒い影が転げ落ちるのが見えた。
やったと瞬間的にルーシャは思う。
「ルーシャちゃん、あっちにも!」
セシリアが更に左手の斜面を指す。
そうしてルーシャたちは茂みに隠れる敵魔道兵に対する狙撃を合わせて三度繰り返した。
「セシリア、まだ近くでマナの動きは感じられるか?」
ジェロムの問いにセシリアが首を左右に振った。
「よし。イスダリア教国の奴らが突入してくる前に、ここを斬り抜けるぞ。ゴーダ、先頭は任せる」
「了解!」
ゴーダはそう返事をすると、背から子供の背丈ほどはある巨大な棍棒を取り出した。
「行くぞ、着いて来い!」
ゴーダはそう言って、どたどたと走り出す。見るからに重く分厚い甲冑を着込み、更に大楯と巨大な棍棒を持っているのだ。走る速度は決して速くはない。せいぜい大人の早歩きといった所だろうか。
ルーシャたち志願兵の三人は衛生兵のハンナも含めて、ゴーダの分厚い背中に前方を守られながら、前進を開始した。銃撃等を受ける可能性が高い左手はジェロムが覆い被さるようにして並走してくれている。
結局、予想されたような銃撃はなく、ルーシャたちは敵の包囲から脱することができたようだった。魔道兵を失ったことでイスダリア教国の兵たちは危険を冒してまで、戦場から離脱しようとしている小集団の重装歩兵らを追撃する意味はないと判断したのかもしれなかった。
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