第12話 急襲

「遠距離魔法? いや違う。来るぞ、散開しろ!」


 小隊を率いているボルド少尉が怒声に近いような指示を飛ばしている。ルーシャは突然のことで体が硬直したように動けないでいた。


 先程の火柱が上がった際、数人の兵士がその中で一瞬にして燃え上がるのを見た。間近で人が死んでいくのを見たのは初めてだった。もしかするとその中には同じ小隊の仲間だっていたかもしれない。


 そうだ。まだ生きているかもしれない。

 ルーシャはそう思って震える足を一歩、二歩と前に動かした。


「馬鹿野郎、頭を下げろ!」


 背後から首を掴まれてルーシャは地面に押し倒された。気づくと背後からボルドが自分の首を持って押さえつけていた。


「少尉……」

「ルーシャ三等陸兵、しっかりしろ。死ぬぞ!」

「で、でも、人が燃えて……」


 唇が震えて上手く言葉が出ない。


「大丈夫だ。落ち着け」


 ボルドはそう言うと、背後を振り返ってボルドに顔を向けていたルーシャの頬に片手を優しく置いた。


「少尉……」


 緊迫した状況だというのに、ボルドの頬から伝わる手の温もりが感じられる。


「大丈夫だな」


 そう言われて二度、三度とルーシャは頷いた。


「よし、ハンナ、志願兵を連れて後方へ退避しろ。ジェロム、ゴーダ、お前らは援護の壁役だ!」


 救護兵のハンナと重装歩兵のジェロム、そして同じく重曹歩兵のゴーダにボルドが指示を飛ばしている。


「他は志願兵の撤退が完了するまで、ここで援護する。すぐに左の薮から敵の抜刀兵が出てくるぞ。敵の中には魔道士もいるはずだ。近距離魔法を放たれる前に撃ち殺すか斬り殺せ!」


 ボルド少尉はそう言うと片手で長剣を抜き払い、その口には短銃を咥えた。


「さあ、行くわよ!」


 ハンナは鋭くそう言うと前屈みの格好で進み始める。次いで志願兵のラルクがそれに続く。


「ルーシャちゃん、行こう」


 いつの間にかセシリアがルーシャの近くにいて、そうルーシャを促した。


「で、でも少尉たちが……」

「ルーシャちゃん、私たちはここで死ぬわけにはいかないんだよ」


 セシリアが黒色の瞳を真っ直ぐにルーシャへ向けて言う。セシリアが言うように確かに自分たちはここで死ぬわけにはいかない。ここで死ぬために志願兵となったわけではないのだ。でも、少尉たちだってここで死ぬわけにはいかないはずだった。


「早くしなさい。今ここであなたたちができることはないのよ。少尉たちの思いを無駄にしないで!」


 ハンナから叱咤の声が飛ぶ。ルーシャは一瞬だけ瞳を閉じた。そして黒色の瞳を再び開くと、それをボルドに向けた。


「少尉、先に行きます。絶対に死なないで下さい!」


 そう叫ぶルーシャにボルドは一瞬だけ視線を向けた。短銃を咥えるボルドの口元が少しだけ笑うように動いたのは、ルーシャの気のせいだったのだろうか。


「左手にある森を東に半日も進めば小川にぶつかる。そこが小隊との合流地点だ」


 継続して発生している爆音に掻き消されないよう重装歩兵のジェロムが声を張り上げた。救護兵に押しつけて悪いが、先頭はハンナが行ってくれ。右側面と後方は俺とゴーダで固める」


「ダリスタ基地には行かないのですか?」


 志願兵のラルクが目的地だった最前線にある基地の名を口にした。


「少尉が言うにはこの規模の攻撃から察するに、これは単に補給部隊を狙った攻撃ではないらしい。今頃、ダリスタ基地も多方面から敵の攻勢に遭っているはずとのことだ。俺たちは小隊と合流後、後方の補給基地への帰還目指す。行くぞ!」


 ジェロムがそう言ってる間にも時折、ジェロムが着込んでいる分厚い鎧が小銃の弾丸を弾く音が聞こえている。


「頭を低くして。 一気に走り抜けるわよ!」


 先頭に立つハンナがそう言って左手に生い茂る森の中へ向かって走り始めた。次いでラルク、セシリア、ルーシャが続く。三人の右手側面をジェロムが覆い被さるようにして続いている。後方も重装歩兵のゴーダがしっかりと自分たち志願兵を守っていた。


 重装歩兵がいくら弾丸を弾けるほどの鎧を着ているにしても、近距離魔法を受ければひと溜まりもないのだ。それなのに彼らは自分たちの盾となってくれていた。


 今、ここで死ぬわけにはいかない。ルーシャの中でセシリアの言葉が胸の中で蘇った。


 ルーシャは固く口を結んで走り続けるのだった。

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