第11話 それぞれの思い 2
「いかにも何か言いたげな顔だな」
カイネルはそう言って薄く笑った。聞かなくてもボルドが言いたいことは分かるといったところらしい。
「結局、司令部としては間を取るしかない。期間は三ヶ月。その間にでき得る限りの経験を積ませ、その後に大規模な作戦を展開するつもりだ」
「三ヶ月ですか……」
「戦況的にもそれが限界だ。今の戦線を我々が維持できるのは精々半年だ。補給も滞り、最前線の戦況は逼迫している。戦線が完全に崩壊する前にイ号作戦を完遂させる」
作戦の完遂とは彼らの死を意味するのだ。ボルドは何ともやるせない気持ちになってくる。
何とかならないものかとも思うのだったが、ボルドにできることは彼らの思いを完全な形で遂げさせることしかないようだった。救護兵のハンナが言っていたように、彼らが決意した過酷な運命を全うするための力になる。それ以外に、ボルド自身も彼らにできることはないように思えた。
「そんな顔をするな、ボルド」
カイネルが言う。その言葉に自分はどんな顔をしているのだろうかとボルドは思う。怒っている顔なのか、それとも悲しんでいる顔なのか。実際、自分の中で怒りと悲嘆が混ざりあって存在しているのをボルドは実感していた。
「ボルド、お前の小隊を率いる能力を俺は高く評価している。そして、お前は人族の血を引いている。だから俺はお前にこの隊を任せた。彼らの望みを遂げさせる。この作戦にはお前の力が必要だ」
「カイネル兄さん……だけど、その望みは彼らの中から出てきたものじゃない。その望みを差し出して、さあ受け取れ、それを望むのだとでも言うかの如く目の前にそれをぶら下げたのは俺たちだ」
「ああ、分かっている。だからこそ、彼らの犠牲をもってして人族の地位を向上させることを俺は約束する。それが俺の彼らに対する贖罪だ」
今更、このイ号作戦に対する人道的な議論を蒸し返すつもりはボルドにもなかった。ただ、いざ現場で彼らに接すると、彼らの是非を巡ってボルドの中で思考がどうしても堂々巡りを始めてしまうのだった。
「ボルド、俺はお前には死んでほしくない。俺は本当にお前を弟のように思っているのだからな」
カイネルの言葉に嘘はないのだろうとボルドは思う。実際、ボルドもカイネルと同じように単なる年上の幼馴染み以上の感情を抱いていた。そんなことは気恥ずかしくて言えやしないのだが。
「俺は今回の件で人はどこまでも利己的になれるのだと実感したよ。俺は彼らには犠牲を強いることを望み、一方でお前には生きていてほしいと望んでいるのだからな」
「分かったよ、カイネル兄さん。最善は尽くすさ。彼らのためにもね」
ボルドは力なくそう言って、カイネルの赤い瞳を見つめた。
もう何回目になるだろうか。補給部隊の護衛をすることは。
ルーシャはそう心の中で呟いていた。
補給基地から最前線の基地へ向かう補給部隊を護衛する任務。危険がないわけではないのだが、実際に敵と遭遇することや、頭上を砲弾や魔法が飛び交うことはなかった。最初の頃は遠くで聞こえる砲撃の音や、遠くで舞い上がる爆炎、土煙りに身を固くしていたが、慣れてしまえば何てことはなかった。
隣で歩く同じ志願兵のセシリアを横目で見ると、普通に眠たげな顔をしている。半日近くを無言で歩いているのだ。緊張感が続かないのも無理はないとルーシャも思う。
「セシリア、顔が完全に緩んでいるぞ」
同じく志願兵のラルクが小声で言う。セシリアが、えへへと笑うとラルクが渋い顔をして見せた。分からないように言ってあげたというのに、それでは周りに分かってしまうではないかといったところなのかもしれない。
それにしても長閑な日差しだなとルーシャは思っていた。時折、散発的な銃声などが聞こえたりもするのだったが、このような柔らかい日差しを浴びていると自分が戦場にいることを忘れそうになってくるのが不思議だった。これが、緊張感がないということなのだろうかと思ったりもする。
もうすぐ暖かな春がやってくる。ルーシャが季節の中で一番好きな春だった。春になれば、村の裏山にある食べられる山菜も増える。そうなれば、ルーシャの家族も含めて村の厳しい食料事情も少しは改善される。そう考えると少しだけ心が浮き立ってくる。
父親はあのお金で薬を買えたのだろうか。
母親はあのお金で少しでも明るい顔をできるようになったのだろうか。
妹はあのお金で我慢をしなくてもよくなっただろうか。
弟はあのお金でお腹一杯食べられるようになっただろうか。
そうであればいいなとルーシャは思い、願う。そして必ず戦果を上げて残りのお金を家族のもとに届けてもらうのだと改めて決意するのだった。
その時だった。ルーシャたちが護衛している補給部隊の前方で大きな火柱が立った。
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