五日目 側にいてくれてありがとう 前編

 あぁ、朝か


 俺はいつもの時間に自然と目が覚めたが、すぐに眠ってしまいたかった


 俺はしばらくの間、放心とした状態で過ごしていた。ただ、ずっと喪失感に覆われて...


 ピンポーン! と家のインターホンが鳴った。


 そういえば、先生が今日は葬式って言ってたっけ。


 俺は下へ降りて、ドアを開けた。


 「りょうちゃん大丈夫?」


 「・・・」


 下には陽菜ひなと先生の二人がいた。どうやら、葬式場所に向かうために二人で迎えに来てくれたようだ。


 「とりあえず会場に向かうか」


 「そうですね」


 「・・・」


 先生と陽菜は俺のことを心配した目で見ながらも、車の中に入っていった。俺も陽菜の跡に続き車へと入った。



 会場に向かうまで車の中は無言の時間が続いた。



 俺達は会場へ着くと、親族の待機室へと案内された。先生と梨花りかの担任が受付などいろいろなことをしてくれているようだ。


 親族の待機室にはほかの親族はいるはずもなく、俺は待機室へと入った。


 「私も側にいるから」


 「・・・」


 そう言って陽菜ひなは側に来てくれたが俺は何も返事はできなかった。


 そして、無言の時間が続いた。


 陽菜ひなは何も言わず、ずっと俺の背中に寄り添ってくれていた。



 葬式の開始時間の数十分まえになったこともあり、俺と陽菜ひなは先生に呼ばれ会場へと向かった。


 俺は親族席へ、陽菜ひなは一般の席に向かっていった。


 葬式で参列してくれた人は梨花りかの友達、先生などがほとんどで他には近所付き合いでお世話になった人が参列してくれていた。大人の人よりも見た感じは子供の方が多かった。


 参列してくれた人たちは棺桶に入った梨花りかの顔を見た後、泣く者が大勢いた。その後、遺族である俺に挨拶をする者、少し喋りかけてくれた者いたが、俺はそれに反応しなかった。


 お坊さんが部屋に入って来たこともあって、葬式が始まった。


 お坊さんがお経を読み始め、焼香の合図をされたので俺は焼香台へと向かった。


 俺は焼香台へと向かうと、笑顔で寝ている梨花の顔が棺桶の空いた部分から見えた。


 梨花... そんなに笑顔なら起きてくれよ... お願いだから...


「梨花...  う、うううう」


 俺はその場で泣いた。梨花が死んだという実感が湧いたのか。涙が出てきた。その後、俺は焼香を済ませ、自分の席へと戻った。そして、葬式が終わるまで俺は泣き続けた。



 葬式が終わり、参列してくれた人達は帰る者、大広間で喋る者様々だった。陽菜はというとまだ十一時ということで一旦学校へ行くそうだ。先生が言っていたそうだがなんでも欠席扱いになるらしく行くだけ行っとけだそうだ。


 俺と先生はというと火葬場へと向かった。


 「少しは気持ち落ち着いたか?」


 「・・・」


 俺は先生の言葉に返事をしようとしたが、心が、体がそれをさせてくれなかった。返事をしようと思っても、もう何もしたくないという絶望した心が心の大半を覆いつくしていたから。


 「そうか」


 先生は俺の顔を見てそれだけを言った。


 火葬場へと向かうまで互いに無言でいた。


 火葬場へと着いた後は何事もなく作業は進み、俺は灰にならなかった骨を骨壺へと入れた。そして骨壺を持ち、先生の車に乗って家へと帰った。


 「じゃあな。亮哉りょうや。明後日また会おうな」


 「・・・はい」


 先生は学校の方へ戻っていき、俺は家に入り部屋へ向かった。


 はぁ、りょうちゃん。大丈夫かな。


 「おい、吉田よしだ


 「はい、先生」


 学校の授業も終わり帰りの準備をしていると、教室に先生が入って来た。


 「はあ、さっき亮哉りょうやを家まで送り届けてやったが、はあはあ、あいつはとても元気がなさそうにしていた。もしかしたら、もう立ち直れないかもしれない。はあ、あいつにはお前が必要だ。だからあいつの家に行ってやってくれ」


 先生は急いでいたのか、半ば息切れ状態でそれを伝えてくれた。


 「行くつもりでしたよ。最初から。りょうちゃんの事だからとても悲しんでると思う。ずっと苦しんでると思う。だから私は側にいてあげたい。支えてあげたい。そう思います」


 「そ、そうか」


 「はい、けど、先生がそこまで言うので急いでいこうと思います。じゃあ先生、また」


 「おう」


 私は全速力でりょうちゃんの家に向かった。



 「待っててね。今行くから」





 もう疲れた。俺があと数日で死ぬのになんでお前が先に死ぬんだよ。お前には生きててほしかった。くそっ。くそっ。


 俺は部屋の中で嘆いた。梨花が死んだことにやっと実感が持てた。


 すると、俺の机の上にあった一枚の写真が目に入った。


 それは梨花が高校に入学した時の写真で校門の前で一緒に撮ったものだった。


 梨花...




 お兄ちゃん!



 頭の中で梨花にそう言われたように感じた。



 ああ






 「おんぎゃあーおんぎゃあー」


 部屋の奥から赤ちゃんの産声が聞こえて来た。すると、中から看護師さんが出て来て、


 「おめでとうございます。元気な赤ちゃんが生まれましたよ」


 「ほんとですか!!」


 その報告を聞いて二歳くらいの少年は父親に連れられ、奥の部屋へ入っていった。


 「恵理えり。よくやった。ありがとう」


 「ちゃんと産めてよかったよ。元気な女の子でとてもかわいい」


 「おお、よかった。ほんとにありがとう」


 父親の目には涙が出ていた。母親は嬉しそうに赤ちゃんに微笑んでいた。


 「名前は前から決めてたの。女の子だったら梨花って名付けるって」


 「梨花。いい名前だな」


 「パパぁ~?」


 「おお、お前も見るか」


 そう言って、父親は少年を持ち上げ、赤子の顔が見えるようにした。


 「かわいいだろ。今日からお前の妹になるんだ。そして、お前はお兄ちゃんになるんだ。お前がお兄ちゃんとして妹を守るんだぞ~。な、亮哉」






 ああ、ああああ






 「うぎゃああ、うぎゃあああ」


 少年が部屋でテレビを見ていると後ろの方で鳴き声が聞こえて来た。少年は気になり、リビングに置いてあった赤ちゃん用ベッドを見に行った。そこには一人の赤ちゃんが泣いていた。


 少年は気になり、手を差し伸べた。すると、


 「うぎゃああ、 ん、?  きゃはきゃは」


 赤ちゃんは少年の指を握ると泣いていたのが嘘のように泣き止み笑い出した。


 「あら、りょうちゃん。赤ちゃんの世話してくれたの。えらいねえ。流石は梨花の





 お兄ちゃんだね」






 ああ、ああああ、ああああああ






 ドタッ!


 「う、痛いよ~。うわあああああああああん」


 二人の兄妹が公園で遊んでいると、妹の方がいきなりころんでしまった。


 「もう、梨花はドジだな~」


 「う、うぅ。だって~」


 「ほらひざだして。ばんそうこうはるから」


 「ん」


 そう言って兄の方はポケットから絆創膏を取り出し、妹の足に貼った。


 「まだ、いたいか?」


 「うん」


 「じゃあ、おまじないしてあげる!」


 「おまぢない?」


 「うん、いくよ~ いたいのいたいのとんでいけ~  どうだ? いたくなくなっただろ?」


 「うん。 ありがとう。にーに!」






 ああ、ああああ、ああああああ、ああああああああ






 「あの二人。身寄りの親戚とかいないらしくて、しばらくは周りの人に援助されながら二人で暮らすそうよ」


 「え、ほんとう? 可哀そうにね。しかも、こんなに早くにご両親を亡くされるなんて」


 葬式に参列していた二人の婦人が親族席にいた二人の子供を見ながら喋っていた。もちろん、周りに聞こえないくらいの小声で。



 二人の子供は兄妹らしく、兄の方は涙目になりながらも、少し冷静で。妹の方は涙で顔が覆われながらお坊さんのお経を聞いていた。


 「ねえ、お兄ちゃん、、」


 その兄妹の妹は兄の服の裾を掴みながらそう問いかけた。


 「ん? どうした、梨花。」


 「お兄ちゃんは、、お兄ちゃんはいなくならないよね・・・」


 「ああ、俺はいなくならないよ」


 「ずっと、ずっと。 梨花の側にいてくれるよね?」


 「当たり前だろ。これから先お前がつらい時、悲しい時ずっと側にいてやる。だって俺は





 お前の兄ちゃんなんだから」






 ああ、ああああ、ああああああ、あああああああああ、ああああああああああああああ






 春のよく晴れた日。高校では入学式が行われていた。


 「お兄ちゃん。写真撮ろうよ」


 「おう、いいぞ。すみません、よかったら写真撮ってもらえませんか?」


 青年は目の前にいた人に声をかけ写真を頼んだ。


 「いいですよ」


 「ありがとうございます。ではこれで」


 青年はその人にカメラを渡し、入学式と書かれた看板の前で写真の構えをした。


 「ねえ、お兄ちゃん」


 「ん? どうした」


 「お兄ちゃんのおかげでこの学校にもにも入れて、いままで生活できてこれた。ありがとね。お兄ちゃん」


 「何言ってんだよ。俺の方こそお前がいたからいろいろ助かったんだよ」


 「えへへ」


 「ハイ、チーー」


 「お兄ちゃん」


 「ん?」


 「大好きだよ」  カシャ








 ああ、ああああ、あああああああ、ああああああああ、ああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ





 お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。




 お兄ちゃん、大好きだよ




 「ああ、あああああ、あああああ、あああああああああ、ああああああ、ああああああああああああああああ」



 プツンと頭の中で糸がはち切れるような音が聞こえた。頭の中は妹の事ばかりで頭がいっぱいだったが、その瞬間俺の頭は真っ白になった。



 もう、いいや。梨花が生きていたから今まで生きてこれたのに...梨花がいなくなったら何もないじゃないか。もう疲れた。何もかもどうでもいいや。どうせあと二日で死ぬんだ。だったらもう、今から







 死んでしまおう。

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