「あ、改めてぇ、ただいまより1時間、諸君らには【糾弾ホームルーム】で議論していただきましょう。それではぁ――始め!」


 姫乙は手をパンと叩くと、普段ならば担任が座るために用意してあるパイプ椅子を引っ張り出し、それに座って足を組む。ついでに溜め息らしきものもひとつ。そして、懐中時計を眺めたが、ちらりと安藤達のほうへと視線を移す。


「――時は金なり。タイムイズマネーと言いますねぇ。こうしている今も時間は経過していますしぃ、諸君らの場合はタイムイズライフ。時は命となり得ますぅ。進め方は諸君らの自由と言ったはずですしぃ、姫乙はそこまで面倒は見ませんよぉ」


 姫乙は【糾弾ホームルーム】のやり方に関して、特に言及していない。どのように進め、どのように答えを導き出すのは、安藤達の自由であるとも言っていた。あまりにもスタートがあっさりすぎて、どうしていいのか分からなかったが、どうやらもう【糾弾ホームルーム】は始まっているらしい。すなわち、こうしている間も、制限時間は刻一刻と減っているのだ。


「どうやら【糾弾ホームルーム】が始まったようです」


 声を潜めたアンジョリーヌの声が、改めて【糾弾ホームルーム】が始まってしまったことを告げた。全国に向けて。そして、当の本人達に向けて。


「――まずは、司会がおったほうがいいなぁ」


 ぽつりと漏らしたのは超体育会系の熱血漢――根津善ねづぜんだった。体格に比例して豪快であり、姫乙が突如として教室をジャックした際にも、全く臆せずに意見した男である。彼の言う通り、司会はいたほうがいいだろう。


「だったら委員長と副委員長がやればいいんじゃねぇか? 普段から慣れてるし」


 まだ手探りではあるものの、根津の言葉にヤンキーの本田が反応を見せ、会話のキャッチボールが始まる。委員長の小宮山大輔こみやまだいすけと、副委員長の小巻澤友華こまきざわともかが、離れていながらも目線を合わせたのが分かった。


 友華の目の周りが腫れぼったくなっているように見えた。それに、目がウサギのように真っ赤になっているような気もした。きっと昨晩辺りに泣き腫らしたのであろう。


 昨日の昼休み。非日常へと移ろい変わる直前のことが思い出される。あの時、こんなことになってしまうと誰が予測できただろうか。


 友華は、友人である舞友と友希との3人で、ケーキバイキングがどうとやら――などという他愛もない話で盛り上がっていたのだ。しかし、舞友と友希はアコニチンの犠牲になり死んでしまった。いつも見慣れていたはずの仲良し3人組は、実に理不尽な理由で1人になってしまったのだった。


「委員長、副委員長。お願いできるか?」


 根津の言葉を受け、小宮山が何かを決意したかのように立ち上がった。そして、友華の元へと向かう。


「無理そうなら僕だけでやる。でも、小巻澤さんがいてくれたら心強い」


 友華が泣き腫らした目で小宮山のことを見上げる。大丈夫だ――強く頷いた小宮山は、きっとそんなニュアンスを含ませていたに違いない。友華がこくりと頷き返して立ち上がった。とりあえず、委員長と副委員長に司会をしてもらい、ホームルームを進める流れになりそうだ。悪くはない流れである。


 姫乙は空気を読んだのか、教室の隅っこへと移動する。懐中時計からは目を離さなずに、ぽつりと漏らした。


「委員長と副委員長が前に出るんだから、管理委員会もろもろは邪魔でしょう? 全員、教室の後ろで見てなさいよぉ」


 銃を抱えて立っていた管理委員会の兵隊達は、姫乙の一言で教室の後ろへと移動する。テレビクルーも基本的に教室の後ろから動かないから、いよいよ本格的に授業参観みたいになってきた。


 兵隊達と入れ違いになって、小宮山と友華が教壇に上がった。それを待っていたかのごとく手を挙げたのは、姫乙お気に入りの芽衣だった。芽衣には申し訳ないが、隠れ巨乳というプロフィールが雑念のように頭をよぎる。


「委員長は司会の進行――みんなから議題をあげてもらって、それの議論を進行して欲しい。副委員長は黒板を使って書記を」


 少し前までなら、彼女の声など滅多に聞くことができなかったのだが、昨日からはやけに喋るような印象がある。普段からクールだとは思っていたが、しかし芽衣の声は思っていた以上に可愛らしく、また透き通るように綺麗だった。


「うむ、そうするのが良かろうな。最終的にたどり着かねばならんのは、――なのだが、とりあえず意見のある人が積極的に手を挙げていく方式をとったほうが良いと思う。どうだろうか?」


 根津が芽衣の意見に同意を示し、さらなる提案をクラスに向かってする。そこに同意するはギャルグループのボスである真下真綾ましたまあやだ。


「さんせーい。ぶっちゃけぇ、真綾達【糾弾ホームルーム】って初めてじゃん? だから、あれこれルールを決めるより、言いたいことを言い合う形にしたほうがいいと思うんだよねぇ。時間も1時間しかねぇし、まだ真綾も死にたくねぇし。とりあえず片っ端から意見ある人が発言するようにしたほうがいいと思う」


 主にカーストが上位の人間によって【糾弾ホームルーム】の進め方が定められていく。そのやり方が正しいのかどうなのか。そもそも委員長と副委員長に進行と書記をやってもらうのが正しいのか。すべてが初めてであるため、完全に手探りだ。


 果たして、どんな形にまとまっていくのだろうか。それとも、途中で破綻して、まとまることもせずに制限時間を迎えてしまうのか――。先が全く見通せない。リハーサルのない一発本番ではあるが、しかし結果を出せなければ……死ぬ。


 小宮山と友華が壇上に立ち、芽衣の提案通りに友華がチョークを手にした。委員長の小宮山がホームルームを取り仕切り、書記は副委員長の友華が務める。即席で決まったことではあるが、スタンダードなやり方だとは思う。


 クラスメイトの視線は小宮山に集まっていた。それは小宮山本人も分かっているのか、周囲を不安そうに教室を見渡すと、咳払いをしてから口を開いた。


「え、えっと――。それではホームルームを始めます」


 いざ教壇に立ったら、カメラが向けられていることに気付いたか。頑張って声を張ろうとした気持ちは充分に分かるのだが、緊張してしまったのだろう。小宮山の声が盛大に裏返った。なんとも締まりのないスタートである。


「おい、委員長。早速だがよぉ、俺は誰がアベンジャーなのか心当たりがあるんだ――」


 そう言って、机の上に足を乗せたのは本田だった。明らかに周囲を威嚇するような格好であるが、このホームルームの意義を理解しているのだろうか。


「は、はい。本田君。意見をどうぞ」


 案の定、小宮山が気圧されような感じになり、やや及び腰の姿勢で本田のことを指した。


「この毒が入ってた牛乳ってのは、アベンジャーが大日本帝国政府――ようは姫乙に用意させたわけだろ? もちろん、牛乳を配ってもらった俺達は、自分に配られた牛乳しか手にする機会がなかった。でもよ、一人だけ全員の牛乳に手を触れられた人物がいたよな? 昼安藤――てめぇだよ」

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