資料は思ったよりも厚い。だからこそ、最初の数ページで事件概要のページが終了したことには驚いた。拍子抜けもした。事件に関して与えられた情報は、アコニチンとやらのせいでクラスメイトが死亡したことと、そのアコニチンは牛乳に混入されていたということだけだ。たったこれだけの情報で、どうしろと言うのだろうか。


 その次からはまるでマニアックな写真集のようだった。正直、資料のほとんどは、このマニアックな写真集のようなものに費やされているようだ。


 銘打たれたタイトルは【事件発生当時の諸君らの机の上の写真】とかなりストレート。それは何ページにも及ぶ、机の上だけを撮影した写真群だった。丸々1ページにでかでかと写真が貼り付けられ、その上部には【出席番号1番 安藤奏多君】との明朝体が並ぶ。相変わらず出席番号1番というのは損なものだ。とにかく、机の上の写真は、1人に1ページずつ割かれ、出席番号順につづられていた。改めて数えてみると25ページにも及ぶ。案の定、資料のほとんどが、この机の上を写した写真で占領されているようだった。


 同じような写真を眺め終えると、残りのページ数はわずか1ページになってしまっていた。


 最後のページに何が書かれているかと思ったら【姫乙の編集後記】なるものだった。編集後記といえば、小説でいうところの、あとがきのようなものだ。これを編集したのが姫乙なのは構わないが、わざわざ後記を掲載する必要などあるのだろうか。時として小説のあとがきでもあるように、書いた人間の独りよがりにならなければ良いが。


 編集後記には姫乙の写真なども載っているが、とりあえず冒頭の書き出しから目を通してみる。


 ――まだまだ夜は寒い春先。諸君らの仲間達が一度に7人も天国へと旅立ちました。きっと、今はみなさんのことを見守っていることでしょう。改めて追悼の意を表します。


 書き出しから、人を馬鹿にするような文章である。クラスメイトが死んだ時に高笑いしたくらいだから、まったく説得力がない。7人のクラスメイトが死んでしまったのは、ふざけた法案のモデルケースに選ばれてしまったからだし、それを取り仕切るのは姫乙だ。正直、何が書かれていても胡散臭く思うだろう。姫乙に対しての嫌悪感を抱きつつ、続きに目を通す安藤。


 ――昨日、姫乙は夜中に諸君らの寝顔を拝見しに伺いましたが、やはり緊張されていたのか、男子諸君の中には寝付けなかった方もいたようです。


 確かに、昨日の遅い時間に姫乙は道場に顔を出している。姫乙の言う通り、なかなか寝付けなかったのも事実だ。その日に起きた非日常的なできごとを整理したり、これから行われようとしている【糾弾ホームルーム】のことを考えたりしていれば、眠れるわけがない。それにくわえて、すでに景色に溶け込んでいたとしても、管理委員会の兵隊が、銃を抱えて立っていたのだって、眠りを妨げる要因になっていたのかもしれない。


 ――でも、緊張をしているのは諸君らだけではありません。この姫乙だって緊張していますし、日本国民のみなさんも固唾を飲んで見守っていることでしょう。それでは、もし諸君らが無事だったら、また編集後記にてお会いしましょう。お相手は、いつも諸君にジャストフィット、姫乙南でした(笑)。


 なんというか、ふざけ半分のような文章に呆れるばかりだ。いちいち姫乙のやることに腹を立てていたらキリがない。編集後記に載せられている写真だって、姫乙が姫乙自身を褒めちぎるような一言が添えられていて、なんだか脱力さえしてしまう。


【就寝前の挨拶をして回り、コミュニケーションも忘れない律儀な姫乙さん】との一言が添えられた写真は2枚あり、1枚は道場の中にて、そしてもう1枚は体育館の前で撮影されたものだった。どちらも見張りをしていた管理委員会に撮影させたのであろう。体育館の前で撮影したものは、姫乙が単体でピースサインをしているだけの写真だが、道場の中での写真では、管理委員会の兵隊と一緒に写っていた。なにやら、騒がしい音がしたのは、この写真を撮影していたからなのだろう。姫乙と肩を組まされた管理委員会もいい迷惑だったろうに。


【翌日に備えて徹夜で編集後記を仕上げる姫乙さん】なんて一文と一緒に、パソコンへと向かう姫乙の写真などが、果たして何の役に立つのだろうか。道場前と体育館前での写真も含めて、単なる姫乙の自己満足である。


 事件の概要自体は、ほんの数ページのみ。後はクラスメイト全員の机の上を撮影した写真群と、完全に蛇足となっている編集後記だけ。姫乙は議論するには充分な情報を与えると言っていたが、本当にこんな情報だけでアベンジャーの正体に迫れるのであろうか。安藤達は現場を目撃したものの、その現場自体を調べたわけではない。その辺りの情報はすべて用意されるとのことだったが、配られた資料だけで事足りるのか。不安だ。


「さてぇ、ざっと目を通していただけましたでしょうかぁ? そろそろ本題中の本題であるぅ【糾弾ホームルーム】を始めたいのですがぁ」


 体感時間にして5分から10分くらいだったろうか。机の上の写真は流し読みする程度に目を通したくらいだが、それでも資料をすべて一読することはできた。そもそも材料が足りないし、これでアベンジャーの正体に迫れとは無理な話のような気がしてならないが。


「ちょっとだけいいかい?」


 そこで口を開いたのは、このクラスのなかでも一番のイケメンというやつで、それでいながら文武両道。安藤がどう逆立ちしたって勝てない男――伊勢崎中いせざきあたるだった。彼にいたっては学校内にファンクラブがあるくらい人気がある。しかしながら、特定の誰かと付き合っているという噂は聞いたことがなかった。もはやアイドルみたいなものなのだろう。


「なんでしょうかぁ? 正直なところぉ、世の中のイケメンは全員死ねと思っている姫乙にぃ、ろくな苦労も知らずにイケメンというだけで様々な特典付きの人生を歩んできた伊勢崎君がぁ、一体何のご用件でしょうかぁ?」


 姫乙の妬み全開の言葉。それを軽く鼻で笑い飛ばすと、伊勢崎は口を開く。


「この資料なんだけどさ――こんなもんで本当にアベンジャーのことが分かるようになっているの?」


 女性かと思うほどの、ほっそりとした体格に、これまた女性がうらやむほどのサラサラの髪。鼻筋が通っており、目はしっかりとした二重。どこか両性的に見えるものまた、人気の要因なのかもしれない。いちいち姫乙の妬みを相手にしない辺りは、きっと彼なりの処世術なのであろう。質問の内容は的確で、安藤の思っていることを代弁してくれた。


「もちろん、これだけの情報があればぁ、アベンジャーにはたどり着けますよぉ。後はぁ、諸君らがどのように議論を進めぇ、どのような結論を出すかですぅ」


 姫乙はそう言うと、懐中時計を取り出す。


「さて、いい加減始めましょう。くどいようですが制限時間は1時間。やり方は諸君らの自由ですぅ。それではぁ、テレビ局の方々もよろしいですか? お茶の間のみなさんもよろしいですか? いよいよ始まる【糾弾ホームルーム】はCM――」


「ですから、CMには入りませーん!」


 とっさに声を上げたテレビクルーの男は、きっとディレクターとかの類いなのであろう。姫乙は肩透かしを食らったようなリアクションをするが、すぐに立ち直って続ける。

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