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管理委員会が掛け布団を持ってくると、出席番号順に並ぶように姫乙から指示をされ、掛け布団を順に受け取る。素直に従ってしまう辺り、やはり日本人の血が流れているのだと思う。
もう春先ではあるが、しかしまだまだ冷える夜もある。それなのにも関わらず、支給された掛け布団はかなり薄かった。みんな多少なりとも不満はあったのだろうが、黙って受け取っている。しかし、最後のほうになって駄々をこねたやつがいた。本田だった。
「おい、この布団薄くねぇか? 俺、寒がりなんだけど」
一度、管理委員会に銃口を向けられているせいか、暴君の部分をかなりおさえている様子の本田。それでも、あえて誰もが口にしなかった布団の薄さを指摘する辺りはさすがである。世の中は自分中心に回っていると思っているだろうし、だからこそ周囲もそれに合わせて回るものだと思っている。ゆえに、はっきりと不満を言えるのであろう。ある意味、その鈍感さは羨ましい。
「――仕方ありませんねぇ。他の諸君がそれで構わないというのであればぁ、特別に本田君にはもう1枚布団を支給しましょう。あぁ、ちなみに誰かに行き渡らなくなるということはありませんのでぇ、ご安心を。私も冷え性ですのでぇ、本田君のお気持ちは良く分かるんですぅ」
姫乙は溜め息を漏らすと、思っていたよりもあっさりと本田のわがままを受け入れる。きっと予備が用意されていたのだろう。もちろん、本田だけが特別扱いされることに対して異論を唱える者などいない。彼に意見をしたところで、場の空気が悪くなるだけである。掛け布団のことで本田を怒らせるのも馬鹿馬鹿しい。
「誰も文句は無いみたいだな。じゃあ、遠慮なく――」
誰も異論を唱えないのをいいことに、2枚目の掛け布団をゲットする本田。文句が無いのではなく、文句を言ったら言ったで、後が面倒になるから言わないだけだ。その辺のことを本田は分かっているのだろうか。いや、恐らく分かっていないであろう。
途中で本田のわがままはあったものの、姫乙の言った通り全員に掛け布団は行き渡ったようだった。
そして姫乙から学校に宿泊する際の注意事項が告げられる。まず、夜間は基本的に管理委員会が見張りにつき、自由に行動することは許されない。男子は道場から出てはならないし、女子は体育館から出てはならない。これは男女不純異性交友を防ぐためらしいが、どこまで本気なのか分からないし、もしかすると他に意図があったりするのかもしれない。例えば、生徒が勝手に現場を調べたりしないようにするためとか。
また、夕食と朝食はここで支給するとのこと。その説明と共に安藤達に配られたのはコッペパンがひとつずつのみだった。しかし、牛乳を飲んでからクラスメイトが7人も倒れたこともあってか、誰もが怪しんで口をつけようとしなかった。あの状況で人が死んだ理由を模索するのであれば――間違いなく毒殺だろうから。
就寝時間は特に決まっておらず、何をやっても自由とのこと。ただ、道場から出ることはできないし、そこら辺に本が転がっているわけでも、ゲーム機やらテレビやらが用意されているわけでもない。よって、あらかたの説明を終えた姫乙が出て行ってしまうと、自然と就寝する流れとなった。まだ時間も時間ではあるが、特に取り決めもせずにシャワーを浴びたい者はシャワーを浴び、そして早々に横になる者が出始めた。
道場の隅っこでは、相変わらず小銃を抱えた管理委員会が、じっとこちらのほうを見ていた。彼もまた景色の一部となり、あまり気にならなくなってきた。いよいよ感覚の麻痺が始まったのかもしれない。
特に定められていなかった就寝時間は、本田の「俺は寝るぞ! これから、俺の眠りを妨げるようなことをしたやつはぶっ殺すからな!」との、横暴な一言により訪れた。気を利かせた誰かが道場の電気を落とし、そして道場の中が真っ暗になった。
正直、眠れるわけがなかった。すぐには処理できないような出来事が、ほんの短時間で起きてしまったのだ。眠る前に少し整理しておこうと考えたのが間違いで、大日本帝国政府への憤りなどが湧き上がってきて、安藤は悶々としながら眠れぬ時間を過ごした。何度もクラスメイトが倒れるシーンが脳裏に浮かび上がる。その度に目を薄っすらと開け、唇を震わせながら深呼吸をした。
どれくらいそうしていただろうか。不意に道場の扉が開く音がしたと思ったら、姫乙の声が聞こえる。
「ふふふふふふふっ。明日の【糾弾ホームルーム】――楽しみにしています。それではぁ、おやすみなさぁい」
どうやら寝る前の挨拶に来たようだが、誰もそれに答えるようなことはしなかった。他にも起きているクラスメイトはいるだろうが、下手に口を開いて本田を起こしたくないのだろう。我がクラスの暴君は、ある意味で有言実行するタイプ。起こしてしまったら蹴る殴るの嵐に巻き込まれることだろう。
――それからしばらく、姫乙が何かをしているような音がして騒がしかったが、本田の逆鱗に触れたくなかったから、とりあえず寝たふりをしていた。それが功を奏したのか、いつしか本当に眠っていたようだ。小声でやり取りをする声などで目を覚ますと、道場の採光窓から朝の光が差し込んでいた。
一晩中そうしていたのだろうか、一同が眠る前と全く同じ場所に管理委員会の姿を見つけた。さすがに座り込んではいたが、それでも安藤達の監視は欠かせないようだ。
起床時間になったようで、姫乙ともう1人の管理委員会が道場に入ってくると、朝食の配給を始めた。
朝もコッペパンだった。さすがにお腹は空いていた。でも、やっぱり誰も朝食を食べようとしなかった。こんな生活が毎日続くわけではない。これから行われるであろう【糾弾ホームルーム】が終われば、家に帰れるのだから、ちょっとだけの我慢だ。
「朝食は1日の原動力ですぅ。余りもありますしぃ、ご希望の方にはもうひとつ配給しても良いのですよぉ。あ、希望者多数の場合はじゃんけんによる争奪戦になりますがぁ」
誰も朝食に手をつけないのを見て、妙な切り口から姫乙が朝食を食べるように促してくるが、しかし誰もコッペパンを口にはしなかった。空腹は水で満たせばいい。幸いなことに、蛇口をひねれば好きなだけ水が飲めるし――。そんな光景に、姫乙は呆れたように溜め息を漏らしつつ、簡単に1日のスケジュールを口にした。
本日はこの後、教室で出席確認をしてから【糾弾ホームルーム】を始める。以上。それより先のスケジュールは空白だそうだ。それはきっと【糾弾ホームルーム】の結果によって、スケジュールが左右されるからだろう。見事にアベンジャーを暴くことができれば帰れるのだろうが、もしそれができなければ――果たして何が起きるのか。
運命の1日が始まった。道場を出た先の合流地点で、ちょうど体育館から教室に移動しようとしていた女子と合流。これから起きるであろうことを楽観視している人間もいるようで、他愛もない世間話も聞こえてきた。
「昨日の夜、寒くなかった? マットレスも固いし、布団は薄いし最悪だったよ」
「こっちなんてマットレスないから。畳の上に直で寝たからな。ってか、布団の予備は?」
「それがあれば苦労しないよ。みんなで寒さと戦ってたんだから」
「そういえばさ、あの姫乙ってやつ、夜も遅くなってから顔出さなかった? ただでさえ管理委員会のやつが道場の中に残って見張ってるのに、姫乙の不意打ちとか勘弁して欲しい」
「姫乙は顔を出したけどさ、管理委員会のやつらは2人とも外にいたみたい。さすがに体育館の中に残って見張られたりはしなかったよ。一応、女子には気を遣ったのかもね」
「かもな。なんか微妙に男子のほうが扱い悪いしさ」
誰と誰のキャッチボールなのか分からないが、そんな会話を聞きながら、安藤達は教室へ。教室の中は何事もなかったように片付けられており、その代わりに亡くなった生徒の机の上には、菊の花が挿された花瓶が置いてあった。
姫乙がやって来て、出席確認の真似事を冗談混じりで行い、そして【糾弾ホームルーム】は全国生中継されるとかで、アナウンサーとテレビクルーが乱入する。ついでに、ペナルティーの詳細も発表され、安藤達は命をかけて【糾弾ホームルーム】を行わねばならないことが判明した。
果たして誰が7人ものクラスメイトを殺害したアベンジャーなのか。そして、安藤達はアベンジャーの正体を暴くことができるのか。
――命がけのホームルームが、始まろうとしていた。
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