「はーい、なんでしょうか大槻さーん。この状況にありながら、クールで積極的な態度は実に素晴らしい。どこかミステリアスな雰囲気もありますしぃ、キャラが立っていますよねぇ。もう、姫乙的にドストライクですよぉ。敬愛の意を込めて今後は芽衣ちゃんと呼ぶことにしますぅ。異論は認めません」


 なんというか、もう姫乙のやりたい放題である。この教室は大日本帝国に拘束されていると同時に、革命省の大臣である姫乙の支配下にある。姫乙の態度を見ている限りでは、国の支配下にあるという印象は薄い。勝手に教室に乱入してきた狂人が、教室をジャックしたという感覚に近かった。


 鑑識官達は、こちらのことなど一切興味なしといった具合で仕事に集中している。ちょっとでも動いたら怒られてしまいそうな気がして、指の一本も動かせないでいるのは、きっと安藤だけではないのだろう。


「ちなみにぃ、男子諸君に驚愕の真実を――。これは、諸君らの詳細なプロフィールを知ってる私だからこそ断言できるのですがねぇ……芽衣ちゃん、隠れ巨乳です!」


 冷静に、そして鋭い視線を姫乙へと向けていた芽衣が「なっ――!」と、虚を突かれたような声を発し、それからしばらくして顔を赤面させながら、ごまかすように咳払いをする。


 正直なところ、間違いなく男子全員の視線が、芽衣の胸元へと一度は向かったことであろう。それどころか、こちらに一切興味を示さなかったガスマスク鑑識官までもが芽衣のほうへと視線を集中させ、挙げ句の果てには写真を撮影し、無言でハイタッチをする。もうなんだかわけがわからない。人が死んだという深刻なシチュエーションのはずなのに、なぜだか喜劇が入り混じっている。それが妙に不気味だった。


「くくくくくくっ――あっはっはっはっ! 可愛いよぉ、芽衣ちゃん可愛いよぉ」


 ――なんというか、これはもう職権乱用というやつではないだろうか。こちらが逆らえない立場を利用して、芽衣のことを意図的にはずかしめているのであれば、それは立派なセクシャルハラスメントである。そう思ったのは安藤だけではなかったらしい。


「はーい、それってセクハラじゃね? 大槻、嫌がってんじゃん。やめてあげなよ」


 この状況下では声を上げることにも勇気が必要だ。だから、発言ができる人は凄いと思う。しかも、いつも通りの人を小馬鹿にするようなタメ口も健在だ。安藤は心のなかで、オールシーズン小麦色の肌をしている彼女を、ほんの少しだけ内心で称えた。自分は意見のひとつも言えないくせにだ。


 姫乙に意見をしたのは、このクラスでのギャルグループのボス、真下真綾ましたまあやだった。それはもはや隠す気などないのではないかというほど短いスカートに、こんがりと小麦色に焼けた肌。髪は金に近い茶色。化粧も随分と濃く、真綾ほどになってしまうと、もうピエロのメイクにしか見えない。もっとも、クラスの女子グループの中でもカーストが一番高いギャルグループの、しかもボスともなれば、安藤が意見できるような相手ではないのだが。


「なんでしょうか? えーっと、その小汚い感じの肌に、メスのフェロモンを押し付けるみたいなハレンチな格好は――真下真綾さんですか。あのぉ、何か意見する前にぃ、鏡を見てから出直してくれませんかねぇ? もうね、化粧が濃い。どっかの場末のキャバレークラブでも、そこまでのいませんからぁ。まだお若いのに、そこまで化粧で誤魔化さないといけないとか、ある意味同情しますぅ」


 さらりと真綾のことを全開で馬鹿にする姫乙。もちろん、真綾がそれに対して黙っているわけがない。基本的に姫乙に逆らってはいけないことは知っているだろうが、噛み付くかのごとく声を荒げる。


「はぁ? 真綾、化粧した顔とすっぴんの顔が変わらねぇって良く言われるし! 大体、セクハラ野郎にどうこう言われたくねぇし!」


 真綾は、それが可愛いと思っているのか、自分のことを名前で呼ぶ。これもやはり普段の安藤ならば、心の中で悪態をついている場面であったが、今は応援したい気持ちで一杯だった。それにむしろ彼氏の本田辺りが加勢しろとさえ思った。それが伝わったのか、本田が鋭い視線を姫乙に向ける。一度、管理委員会の人間に銃撃されたのを忘れたのだろうか。まぁ、どちらにせよ安藤自身がどうにかなるわけではないから関係ないのだが。


「おい、こいつが誰の女なのか分かって言ってんのか? この刈り上げ野郎が」


 本田は向こう見ずな暴君。同じクラスメイトだからこそ、仕方がなく関わらなければならないが、もし赤の他人だとすれば絶対に関わらないタイプである。ただでさえ、一度痛い目に遭わされかけているのに、どうして姫乙に暴言が吐けるのか。本田の態度に呆れながらも、心のどこかで「もっとやれ」と呟く自分がいた。いつからこんな性格がねじ曲がったのか。残念ながら思い出せない。


「どうやらぁ、まだ分かっていないらしいですねぇ。一度、しっかりと痛い目に――」


「そんなことはどうでもいいから、私の話を聞いてもらえない?」


 そこに割り込むようにして、再度声を上げたのは芽衣だった。本田と真綾のフォローに回ったのか、それとも自分の話が本当にスルーされていたから声を上げたのか。どちらなのかは分からないが、本田と真綾のカップルに向けられていた悪意は芽衣の発言によって消え失せたようだ。


「あー、そうでしたぁ。芽衣ちゃんのお話を伺っていませんでしたねぇ。えぇ、もちろん芽衣ちゃんのお話を優先させましょう」


 どうやら本当に芽衣のことが気に入ったのか、やけに肩を持とうとする姫乙。そのおかげか、本田と真綾に対する悪意が消えたわけであるが、それにしても露骨すぎやしないだろうか。何よりも、姫乙のそんな態度に芽衣が戸惑っているように見えた。


「クラスメイトが7人も亡くなり、事件の真相を【糾弾ホームルーム】で暴かないといけなくなったわけだけど、私達が現場を調べる機会とかは設けられるの?」


 何度も相槌を打ちながら、芽衣の話を聞く姫乙。少し俯きがちになりながら、申し訳なさそうに口を開く。


「きっとぉ、芽衣ちゃんは自分の目で現場を調べたいのでしょう。しかしぃ、またデスゲームあるあるになりますがぁ、なんの知識もない素人がぁ、事件が起きた途端に妙に検視の知識があったりぃ、捜査のノウハウなんて素人には分からないはずなのにぃ、下手すれば警察よりも上等な捜査をすることなんてぇ、現実ではあり得ません。ゆえにぃ、諸君らが現場を直接調べるという機会はないと思っていただきたいのですぅ。むろん、答えにたどり着けるだけの材料は用意させていただきますしぃ、公平な情報を提供するためにぃ、その鑑識官達はいるのですぅ。彼らの存在意義のためにもぉ、そこはご理解下さい。芽衣ちゃんのお力になれず、私は本当に悔しい――」


 自分達では現場を調べることができない。これは意外だった。それこそ、姫乙のいうデスゲームあるあるを想像していたからだ。むしろ、ミステリばかりを読み漁っている安藤には、事件捜査のノウハウがあったし、また検視にも自信があった。けれども、残念なことに【糾弾ホームルーム】は、鑑識官の集めた情報を元に進められるようだ。


「その情報が提供されるのは?」


 あえて姫乙の態度には触れずに、すかさず疑問をぶつける芽衣。それに対して、姫乙もまた間髪入れずに答える。ある意味、呼吸が合っているような気がする。


「――【糾弾ホームルーム】が始まる直前になりますぅ。しっかりと資料として諸君らに配り、それを元にして議論をしていただくぅ。これこそが【糾弾ホームルーム】の在り方であるとぉ、姫乙は思っているのですぅ」

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