「最初ですからぁ、今のは見なかったことにしますがぁ、少しでも変な行動をすればぁ、痛い目に遭うということは分かっていただけたかなぁ?」


 本田は中腰になったまま固まっていた。そんな本田の足元からは硝煙らしきものが立ち上る。どうやら小銃は本物らしく、わざと本田に当たらぬように撃ったらしい。


「聞こえていますかぁ? 次にやったら、容赦なく痛めつけますぅ。抵抗するだけ無駄ですしぃ、大人しく従っていたほうが身のためですよぉ。分かりましたかぁ?」


 姫乙はそう言うと、唇の口角を吊り上げて、不気味な笑みを見せた。ただ、本田へと向けられた目は笑っておらず、言っていること全てが本気であることは明白だった。


「あ、あぁ。分かったよ――」


 さすがの暴君も、姫乙が見せた狂気のようなものに気圧けおされてしまったようだった。ざわめきこそ起きなかったが、静かに教室に動揺が広がる。


「それではぁ、出席番号1番。安藤奏多くーん。個人面談を行いますので、隣の教室へとどうぞぉ」


 この状況を覆すことができないこと、姫乙の言っていることは、おおむね本当であること。そして自分達は決して逆らえる立場ではないこと――。その辺りを本能的に察してしまった安藤達は、ただただ姫乙に従うしかなかった。


 これから姫乙がどんな面談をするのか。何も前情報がないままに面談に挑まねばならないのだから、出席番号1番は損をしているような気がする。どう動けばいいのか分からないが、とりあえず姫乙の後について行くべく立ち上がった。


 姫乙が何も言わずに教室を出て行き、とりあえず安藤も教室を後にしてみる。姫乙が隣の教室の引き戸へと手をかけ「どうぞぉ――」と、中に入るように安藤を促してきた。


 隣の教室は静かなものだった。整然と並んだ机と椅子。誰も立っていない教壇。これで、外から部活動の掛け声が聞こえれば完全に放課後であるが、しかしそんな光景にも奇妙なものが紛れ込んでいた。おおよそ教室の真ん中辺りで、小銃を構えた管理委員会の人間が、ぽつんと一人で立っていたのである。白のヘルメットに黒の目出し帽、迷彩服にアーミーブーツと、安藤達のクラスにいる管理委員会と全く同じ格好。果たして何人の管理委員会がいるのだろうか。


 姫乙と一緒に教室へと足を踏み入れる安藤。すると、姫乙は管理委員会の人間に向かって口を開く。


「これから個別面談を行います。個人個人に大切なお話をしますのでぇ、君は廊下で待っていていただけませんかぁ?」


 考えるまでもなく、力関係は姫乙のほうが上なのであろう。管理委員会は返事すらせずに、なんだか慣れないような足取りで廊下へのほうへと姿を消した。


「さてぇ、安藤奏多くーん。これよりぃ、個人面談を行いますぅ。これから諸君らに何をしてもらうのかぁ、その辺りも説明しますからぁ、しっかりと話を聞くようにぃ」


 姫乙はそう言うと、適当に机を幾つかくっつけて、大きなテーブルを作る。椅子を持ってきて座り、その対面へと手を差し出した。対面に座れということだろう。


「では、まずぅ――」


 そこから姫乙との面談が始まったのであるが、正直なところ驚きの連続だった。


 まず、安藤の属するクラスが、国の施行しようとする超法規措置『正当復讐法』とやらのモデルケースの第1号として選ばれたとのこと。この『正当復讐法』というものは、復讐を行うことを正当なものとし、罪として問わないという奇妙なものである。復讐の手段は殺人である必要があり、それ以外の復讐は適用外となるらしい。最初から信じられないことばかりがポンポンと姫乙の口から飛び出し、頭が痛くなる思いだった。


 大日本帝国政府は、かなり前より超法規措置『正当復讐法』の導入を検討していたらしい。そこで、全国の学生を対象にストレスチェックを導入。それらの結果を参考に、実際にモデルケースとなり得る学校、学年、クラスを選定したとのこと。過労死が問題になった頃から、企業に対するストレスチェックというものが始まったことは知っていたから、それの学生版だとばかり思っていたのだが、どうやら意図は全く違ったらしい。


 確かに、導入されたストレスチェックは、おかしな設問が多かったような気がする。例えば【誰かを憎んだことがありますか?】とか【復讐をしても罪に問われないとしたら復讐しますか?】などの、少しばかり具体的で、なおかつ奇妙な設問が、普通の設問に混じっていた記憶がある。ストレスチェックのくせに、妙に突っ込んで具体的なことを問われるのだなと感じた記憶はある。


 そして、このストレスチェックには、モデルケースとなるクラスの選定のほかにも、しっかりとした意味があったらしい。それこそが――アベンジャーの選定だそうだ。


 アベンジャーはストレスチェックという名の、禍々しい別の何かしらを基準に選出されており、復讐者に選ばれた人間には、この個別面談で通達するそうだ。そして――復讐者は一人ではなく複数人単位で選定されているらしい。もう驚きの連続で安藤は疲れ切っていたが、しかし姫乙は休む間を与えてはくれなかった。


 続いて姫乙が口にしたのはアベンジャーに適応されるルールだった。まず、アベンジャーは自分以外のアベンジャーが誰なのかは知らない。そして、アベンジャー同士が協力関係にあってはならず、復讐を果たす時は必ず単独で行わねばならない。大日本帝国政府はアベンジャーの要望通りに凶器を用意したり、舞台を整えたりはするが、直接手を下すことはない――など、細かく定められているらしい。


 アベンジャーの復讐は殺人のみ認められ、それ以外の行為は復讐として認められない。なんだかんだで、死こそが人としての尊厳を損なう最大の手段だから――だそうだ。そして、アベンジャーが復讐を果たした後、クラスメイト全員により【糾弾ホームルーム】が開かれる。これは、アベンジャーに選ばれなかった生徒に公平性を与えるために開くものだとか。


 この【糾弾ホームルーム】では、クラスメイト全員で復讐を果たしたアベンジャーが誰なのかを議論し、正しい答えを導き出せれば、アベンジャーを追放できるというものだ。もし正しい答えを導き出せなかった場合はペナルティーとのことだが、この辺りは「その時になったら説明しますぅ」と姫乙は言葉を濁すばかりだった。


 最後に、学校には特殊な妨害電波が発せられることになるため、スマートフォンは使用できない旨が伝えられた。


 他に何か質問はないか――。姫乙に問われたが、目の前に突きつけられた現実を受け入れることが精一杯で、安藤は首を横に緩く振った。


「それでは、これにて個人面談は終了ですぅ。教室に戻ってくださぃ」


 姫乙に言われて力なく立ち上がると、安藤は教室を後にした。とんでもないことが起きようとしている。それこそ、漫画の世界のようなことが起きようとしているのだ。


 これは本当に現実なのか。自分のクラスに戻る前に頬をつねってみたら、えらく痛かった。廊下で待機していろと姫乙に命じられた管理委員会の人間――兵隊のような何者かは、安藤のほうを見向きさえせずに、ぼんやりと宙を眺めていた。まるで廊下に立たされている生徒のようだった。


 教室に戻ると、クラスメイトの視線が一斉に突き刺さった。ヤンキーの本田と仲良しコンビの坂崎が問うてくる。


「昼安藤、どうだった? 何を言われたんだ?」


 それは、教室にいる全員の言葉を代弁したものだったに違いない。まだ全てを受け入れることができずにいた安藤は、しかし思いつくことからみんなに状況を伝えようとした。普段の学校生活で、ここまでみんなから注目されることはなかったから――。


「な、何から話していいのか分からないんだけど……」


 安藤が口を開くのをあえて待っていたかのようなタイミングで、教室の引き戸が開く。ガラガラという音と共に、ぬっと姿を現したのは姫乙だった。

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