アンジョリーヌはそう言うと、こともあろうか喧嘩っ早いヤンキーである本田へとマイクを向ける。


「現在のご心境はいかがですか? これから【糾弾ホームルーム】に挑む心持ちなどもお話いただけると幸いです」


 よりによって、どうして彼にインタビューを行うのか。どうせロクでもないことを言い出すに決まっているのに。


「あぁ? 俺達は見世物じゃねぇんだよ! おい、これ本当に全国放送されてんのか? されてんだよなぁ?」


 今時、髪の毛を金色に染め、そして眉毛の辺りにピアスをしている高校生なんて、珍しい部類に入るのだろう。かつては穴の数を競い合う、どこぞの森林の奥深くで暮らす部族のような競い合いがあったらしいが。そんな本田は、カメラを両手で掴むと、アンジョリーヌと同じようにカメラの向こう側に向かって叫んだ。カメラマンが「ひっ!」と情けない声を上げる。


「おい! これ観てる全国の連中ども! 大日本帝国政府の連中もそうだけどよ、片っ端からぶっ殺してやるからな! 覚悟しておけよっ!」


 こんな状況下で何を訴えても逆効果である。むしろ、本田の暴言は、このクラスがモデルケースとして選ばれたことへの理由付けになってしまうだろう。


 なんとかカメラマンが本田を振り払い、そして呆気にとられた様子のアンジョリーヌが、気を取り直してカメラへと向かい合う。


「――ご覧いただけたでしょうか? 中には興奮状態の生徒もいるようです。今後、正常な話し合いができるのか、懸念される部分があります。それでは、今回の責任者であります、大日本帝国政府革命省かくめいしょう姫乙南ひめつばみなみ大臣より、お言葉をいただきたいと思います」


 カメラ、照明、音声――アンジョリーヌが教壇に立ち、そして姫乙にマイクが手渡された。


「どうも、国民のみなさま。大日本帝国政府革命省大臣の姫乙です。この度、我々大日本帝国政府は、弱者を救済するための法案を正式に決定すべく、その第1号のモデルケースとして、この大日本帝国大学附属高等学校2年4組で起こる全てをご覧いただこうと考えました。昨今、モラルハザードによる危険性が提唱され続けている世で、弱者ばかりが虐げられる世の中が構築され続けている」


 安藤達の前では、間延びした独特の喋り方だったはずなのに、なぜだかカメラの向こう側に対しては、ごくごく普通の――間違っても人を不快にさせるようなことはない喋り方をする姫乙。


「我々大日本帝国政府は、そのような弱者の方々を救済すべく超法規措置『正当復讐法』を、まだ試験段階ではありますが、国民のみなさまにご覧いただこうと思っております。当然、超法規措置ですから、本来の法律には抵触しますし、このルールが通用するのも限定的な場所と期間のみ。これをご覧になる良い子のみんなは決して真似しないように。――果たして、これから何が起きるのか。それはみなさまの目で確かめていただきたい」


 メディアを巻き込み、そして国民までをも巻き込んで施行される、超法規措置『正当復讐法』――の、言わば試験的検証。分達の姿がカメラを通して全国に放送されていると考えると妙な気分だ。


「とにかく、この2年4組の生徒達も、きっと国民のみなさまに良いものを見せてくれることでしょう。国民のみなさまには、これを通じて今一度命の大切さを考えていただき、また他人をしいたげることがどれだけ罪なのかを考え直していただきたい。可能であれば、家族でご覧いただき、家族でしっかりと話し合っていただきたい。大日本帝国政府が、どうして『正当復讐法』などという法案を、超法規措置という形で施行しようとしているのか――。その辺りの意図も汲んでいただければ、なお幸いです。ちなみに……」


 姫乙はそこで小さく咳払いをすると、ネクタイのずれを直しながら続けた。


「私ぃ、地が出てしまうとぉぉ、みなさまに不快感を与えるような喋り方になってしまうやもしれませぇぇん。特にぃ【糾弾ホームルーム】などという、人の生き死にの駆け引きを生で目の当たりにしてしまうとぉ、もうボルテージマックスでぇ、お見苦しぃ部分をお見せしてしまう恐れがございますぅぅ」


 すでに地を出した姫乙の姿に、アナウンサーのアンジョリーヌも戸惑っている様子だった。元より、大日本帝国政府は狂っているし、理不尽なことを国民に押し付けてきたが、ここまで横暴で横柄なことは、さすがにしなかった。しかし、ほどよく狂っている姫乙の姿を見て、誰もがこう思ったことだろう。いよいよ大日本帝国政府は一線を超えてしまったと――。


「さてぇ、ここからマスメディアの方々はお静かにぃ。これよりぃ【糾弾ホームルーム】を行いますぅ。諸君らが議論する内容はひとつだけ。つーまーりぃ。クラスメイト7人を毒殺したアベンジャーは誰なのかぁ――。制限時間は今より1時間とします」


 姫乙は懐中時計を開き、教壇の脇にパイプ椅子を置くと、そこに座って大袈裟に足を組む。


「さぁ、やり方は諸君らの自由! 見せていただこう。生き死にを賭けた究極のホームルームを!」


 彼らの日常は音を立てて壊れ、そこにあるのは理不尽な強要のみだった。これは、ある学校のある学年――あるクラスを見舞った、救いようのない物語である。


 始まりは今よりおおよそで一日前。いつも通りの気だるい昼休みのことだ。

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