第14話 フィールドワーク 前編

「やっと着いたな……」


「そうね、思った以上に時間が掛かったわ……」


 朝の七時に出発したのにも関わらず、目的地の『愚裏木ぐうらき村』に到着した時には既に昼を回っていた。

 

「電車で二時間じゃ無かったのか?」


「私のせいだとでも? そもそも一番乗り継ぎの良い始発で行く予定だったのに、寝坊して待ち合わせに遅れたのは誰よ。おかげで、待ち時間の方が長くなったんじゃない」


「いやそれは、梨花りかがなかなか起きなくて、って大丈夫か?」


 晴明はるあきは駅のベンチに座り、グッタリしている妹を振り返り声を掛ける。


「うん……ごめんねお兄ちゃん。一緒に出掛けるの久しぶりで嬉しくって、昨日あんまり寝られなかったの。

 皆んなも御免なさい、私のせいで遅れちゃって……」


 あまり顔色の良くない梨花が、明らかに無理に作った笑顔を浮かべ頭を下げる。


「大丈夫ですよ梨花ちゃん、現地調査の時間は少なくなってしまいましたが、無理に今日全てを終わらす必要も有りません。なのであまり気にしないで下さい」


みちるちゃん、有難う……」


 梨花の隣に腰を下ろし、頭を撫でながらねぎらいの言葉を掛ける蘆屋あしや

 実際は蘆屋の方が一つ年上だが、見た目では姉を気遣う妹にしか見えない。

 しかし年下をしっかりいたわる辺り、変な癖厨二病さえ無ければ優しい良い子なのだろう。


「所で蘆屋、ここからその何だかが祀られてる場所までどうやって行くんだ?」


 晴明は駅前をグルリと見回す。視界に映るのは鬱蒼と茂る林と、舗装されていない道だけ。

 商店街がある訳でも無く、コンビニの一件すら無い。

 タクシー乗り場も無く、それどころかバス停すら見当たらない。

 駅員に聴こうにも無人駅ときた。

 この辺に住んでる人達は、一体どうやって生活しているのだろうか?

 と言うか、本当に誰か住んでいるのだろうか?

 既に廃村になって、住民は皆他所へ移ってしまったのでは無いだろうか……

 晴明の脳裏には、そんなネガティブな考えばかり浮かんで来る。


「歩くしか有りませんね」


 まじか〜こんな事なら、先生に無理言って車でも出して貰えば良かったか。

 まあ、中澤なかざわ先生が車持ってるかどうかも知らないんだがな。


「さて……」


 そう言ってベンチから立ち上がった蘆屋は、鞄からユニフォームローブを取り出すと学校指定ジャージの上からバサリと羽織る。

 休日とは言え課外活動は部活の一環な為、フィールドワークへの参加は制服か学校指定ジャージの二択と言う決まりが有る。

 今回は動き易い格好の方が良いとの判断で皆ジャージな訳だ。

 晴明としては見慣れている梨花は兎も角他の二人、特に麗美れいみの私服姿が見れなかった事に若干の心残りは有るが、それ以上にユニフォームが間に合わなかった事に安堵していた。


「……蘆屋、やっぱそれ・・着るのか?」


「勿論です。現地に到着するまではと自重しましたが、ここから本格的に活動を開始する訳ですからユニフォームを着るのは当然です。新生オカ研の記念すべき第一回フィールドワークに、皆様のユニフォームを揃えられなく申し訳ありません」


 蘆屋は深々と頭を下げると、謝罪の言葉を口にする。


「来週中には皆さんのユニフォームが届きます、ですので次回のフィールドワークでは全員オカ研の名に恥じない姿での活動が出来ます。ご安心下さい」


 ニッコリと良い笑顔を浮かべながら明言する蘆屋に対し、晴明と麗美は引き攣った愛想笑いを返す中梨花だけがキラキラとした目で蘆屋のローブ姿に熱い視線を送っていた。


            ✳︎


「では出発しましょう。幸い村の場所は地図に載っています、スマホのナビも有りますから迷う事も無いでしょう。大丈夫です、少々時間は掛かりますが歩いて行けない距離じゃ有りま……」


 クゥ〜〜……


 出発する気満々の蘆屋だったが、身体は正直なようで。

 小さな身体に見合った可愛らしい腹の虫が自己主張し、彼女の言葉を遮る。


「そう言えばもうお昼過ぎたね、お腹空いたね!」


 頬を赤らめ肩をプルプル震わせながら、押し黙ってしまった蘆屋に代わり梨花が努めて明るく言う。


「そうね、これから歩く事も考えると荷物は減らしたいし休憩も取っておきたいわ。昼食にしましょう」


 梨花程では無いにしろ、乗り物疲れが見える麗美もそれに同意し、大きめのボストンバックをドサリと地面に下ろす。


「まあそうだな、俺も腹は減ってるし。でも食うにしたってこの辺には何も無いぞ?」


 少なくとも視界に映る範囲には、食堂どころかコンビニすら無い。

 試しに地図アプリを立ち上げてみるが、やはり駅周辺には何も表示されなかった。


「こんな事も有ろうかと、お弁当を持ってきました。多めに作って来ましたので宜しければ皆さんもどうぞ」


 まだ少し顔は赤いが、復活した蘆屋が例の大きな肩掛けから保冷バックを取り出す。


「すげーな蘆屋、手作りか? 意外に女子力高いんだな!」


 母と妹以外の女性が作る食事、しかも高校生なら誰しもが憧れる手作り弁当と聞いて、俄然テンションが上がる晴明。


「い、いえそれ程でも。おにぎりとチョットしたオカズだけの、誰でも作れるような代物です。余り過剰な期待はしないで下さい」


 晴明の勢いに気圧され少し引き気味の蘆屋だが、その表情はどこか嬉しそうにも見える。


「はいはい、その辺にしてこっちも手伝いなさい」


 麗美の言葉に振り向けば、バックからレジャーシートを取り出し片手に持っている姿が。


「そんな物まで持って来たのか? 随分用意が良いんだな……」


「何よ、文句ある? 気に入らないなら貴方だけ地面にでも座ってなさい」


「いえ、とんでも無いです。ゴメンなさい」


「あ、私も手伝います」

 

 自分だけ何も用意できなかったのが忍びなかったのか、梨花が率先して手伝おうとするが……


「良いのよ、貴女は休んでなさい。まだ顔色悪いわよ?」


 と、これまた意外な気遣いを見せる。


「ほら、貴方はニヤニヤしてないでサッサと身体動かす!」


 そう言って、手にしたレジャーシートを放って寄越す麗美。

 少し顔が赤いのは気のせいだろうか?


「しかし、こんな所に居座っちまって平気なのか?」


 場所は駅の真前である、普段なら考えられない事だが……


「構わないでしょ。さっきから誰も通らないし、時刻表を見る限り次の電車が来るのは一時間後。少なくともそれまでは平気よ、きっと」


 券売機のすぐ横に貼り出されている薄汚れた時刻表を見ると、確かに麗美の言う通りだった。


「まあ大丈夫か、誰か来たら避けりゃ良いし」


「そう言うことよ」


             ✳︎


「おーすげーなこりゃ、メチャクチャ美味そうだ」


みちるちゃんお料理上手なんだね!」


 蘆屋が広げたお弁当を覗き込む晴明と梨花が、思い思いの感想を述べる。

 蘆屋が作ってきたお弁当の中身は、ラップで包んだおにぎりを筆頭に卵焼き、タコさんウインナー、鳥の唐揚げ、付け合わせはポテトサラダと一口サイズのナポリタン。それらが大きめのタッパーにみっちりと詰まっている、正にキングオブお弁当と言って差し支えない内容だった。


「そそそんな、褒めすぎです。冷食に頼っている物も有りますし、前の晩に仕込んでおけば作るのに手間も掛からない物ばかりですから」


 顔を赤らめ手を左右にパタパタ振りながら謙遜する蘆屋。

 さも簡単な事の様に言っているが、元々始発で出発する事を予定していたのだ、一体何時に寝て何時に起きたのやら……

 しかもさらりと「前の晩に仕込んでおけば」と言っているが、学校が終わってから限られた時間で仕込みをし、朝早くに起きて調理をするのは並大抵の労力では無いはず。

 全くもって頭が下がる思いだ。


「いやいや十分凄いから、ほんとありがとな蘆屋」


 言いながら、またもや無意識に蘆屋の頭をポンポンと撫でてしまう晴明。

 蘆屋も俯いてそれを黙って受け入れている。


「お・に・い・ちゃ・ん?」


 隣で一緒に弁当を覗き込んでいた梨花が、引き攣った笑顔で晴明の頬を引っ張る。


「いへへへへ……りふぁなにすんだよ」


「駄目だよ〜お兄ちゃん。女の子の髪に気軽に触っちゃ〜そう言うのは特別な人にするものなんだよ〜」


「そ、そうなのか? すまん蘆屋、嫌な時は嫌って言ってくれよ?」


「嫌……では無いです……」


 モジモジする蘆屋と、何故か突然機嫌が悪くなった梨花。

 そんな二人に挟まれた晴明は、卵焼きを一切れ口に放り込み、おにぎりにかぶり付く。

 取り敢えず食う事へ逃げる事にしたのだ。


「うん、美味い。蘆屋は将来良い嫁さんになりそうだな!」


「よっ! オヨメサンダナンテ……」


 晴明の何気無い一言に、真っ赤になって更にモジモジする蘆屋だったが、言った本人は全く気付かずモリモリ弁当を平らげて行く。

 晴明の食いっぷりに触発されたのか、他の面々も弁当に手を伸ばすそんな中、麗美だけが何故か眉間に皺を寄せ凝視するだけで手を付けずにいた。


ふぉうふぃふぁどうしたふふぁんのふぁ食わんのか?」


「口に物を入れて喋らないで、お行儀悪い」


 慌てて口の中の物を飲み込む晴明だったが、喉に詰まらせたのか胸をドンドンと叩き、ペットボトルのお茶で流し込みフゥと一息つく。


「どうしたんだ? 美味いぞ食ってみろ」


 紙皿に取った唐揚げを差し出すが、麗美は一向に口を付けようとしない。


「私は自分のが有るから」


 観念したかのようにバックへ手を伸ばし、中から大きなバスケットを取り出すとレジャーシートの上に置く。

 パカっと開いた中には、サンドイッチと簡単なおかずが綺麗に並べられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る