第15話 フィールドワーク 後編

「何だ持ってきてたのか、にしても随分量が有るみたいだが……」


「私は大食いなのよ……」


 澄まし顔で言う麗美れいみだったが、晴明はるあきは彼女がそんな大量に食べている姿を見た事が無い。


 確かに甘い物は結構食うが、それだって人並み……だよな?


 晴明が考え込んでいると、ポケットのスマホがブブブ……っと震えメールの着信を伝えてくる。

 コッソリ覗き見てみると、差出人はカーミラとなっていた。


『今頃お昼ご飯かしら? 麗美ちゃんがお友達の分もと張り切って作ったお弁当、美味しいって言ってあげてね』


 ああ、うんまあ何となく察してはいたがやっぱりな、全く素直じゃ無い。あれか? 蘆屋あしやが先に弁当を出しちまったんで、出し辛くなったのか?

 まあそう言う事なら……

 

「こっちも美味そうだな、良かったら少し分けてくれないか?」


「はあ? なんで貴方なんかに……まあどうしてもって言うなら、少しくらい良いけど」


 そう言うとバスケットを持ち上げ、そっぽを向きながらも晴明の方に差し出して来る。

 髪の隙間からチラリと覗く耳が、少しばかり赤くなっているのは気のせいだろうか?


「んじゃ頂くぞ。うん、これもなかなか美味いな!」


「そう? 良かった……って当たり前でしょ! 誰が作ったと思ってるのよ」


 晴明の言葉に最初は安堵の表情を浮かべた麗美だったが、わざとらしく髪をかき上げつつ普段のクールな態度を取り繕おうとする。しかし口元が若干ニヤけているのを晴明は見逃さなかった。


「折角の機会だ、浦戸うらとも蘆屋の飯食ってみろよ。お互いシェアしようぜ」


「貴方は食べてるだけでしょ、何仕切ってるのよ。あ、これ美味しい」


 麗美も何だかんだ言いつつ、やっと蘆屋の弁当に箸を伸ばし卵焼きを一つ口へ運ぶと、そう素直な感想を漏らした。

 

「二人も良かったら食べてね、残しても荷物になるだけだし。あ、後コーヒーも有るわ、これはマ、母が入れてくれたもので……」


(もう“ママ”で良いだろうに……)


(家では“ママ”呼びなんですね……)


(今“ママ”って言い掛けたよね? 普段はツンツンしてる感じだけど、案外可愛い人なのかも……)


 等と一同がほぼ同じ感想を抱く中、女性陣二人に対して丁寧な説明をしつつ、先に広げられた弁当の隣にバスケットとコーヒーの入ったステンレスボトル、それに紙コップを手際良く人数分並べていく。


「はい、ではご相伴に預かります」


「頂きます……」


 麗美の意外な態度に少々面食らった表情の面々だったが、コップに注がれたコーヒーに口を付けると、皆ホゥ……と言った感じで感嘆の吐息を洩らす。


「これは……コーヒーがこんなに美味しいと思ったのは初めてです。浦戸先輩のお母様は、コーヒーを入れるのがお上手なのですね」


「本当だ、凄く美味しい……」


 うんうん、カーミラさんのコーヒーは天下一品だからな。しかし梨花りかのやつ元気無いな、まだ疲れが取れて無いのかな?


 コップに注がれたコーヒーを眺め、下唇を噛み締めている梨花を見てそう思う晴明だったが、実際は自分だけ何も用意出来なかった事に悔やんでいるのだ。

 そして、次回こそは! せめてお兄ちゃんの分だけでも! と固く心に決めた事など知る由もない晴明だった。


               ✳︎


「では、そろそろ出発しましょう」


 食事も終わり一息ついた頃、蘆屋がそう言って先頭に立ち未舗装路をスタスタ歩き始める。

 ナビが有るとは言え、初めて訪れた土地で何とも頼もしい限りである。

 晴明も自分のスマホを取り出し、ナビアプリを起動すると目的地を確認する。


 村までの距離は約4kmか、そこそこ有るな……メンバーの大半が女子って事も考慮して、ゆっくり歩いて一時間半から二時間ってところか?

 道の詳細は載っていないが、方角と場所さえ分かってりゃそうそう迷う事も無いだろう、しかし……


「蘆屋、ちょい待ち」


 スマホに表示された現在時刻を確認した晴明は、蘆屋に待ったを掛けるとスマホを掲げ時間を見せる。そこには14時と表示されていた。


「蘆屋、残念だが時間切れだ。今から村まで行くと往復だけで4時間。現地で調査なんざした日にゃ、ここに戻って来る頃には夜になっちまう。そこから電車を乗り継いで、家に帰り着くのは……もはや見当も付かん。それでも行くか?」


 肩をすくめて見せる晴明だったが、最終的な判断は部長で有る蘆屋に任せる事とした。


「あ……う、いやしかし……

 ……確かにそうですね。来る時と同じ位時間が掛かる可能性を考慮すれば、今から帰らないととんでもない時間になります。残念ですが今日はここまでとしましょう……」


 晴明の言葉に暫く悩んでいた蘆屋だったが、結局フィールドワークの中断を決意する。

 その言葉に麗美と梨花も、心なしホッとした表情を浮かべていた。


 良く暴走しなかったな、偉いぞ蘆屋。

 っと、フォローもちゃんとしてやらんとな。


 晴明は項垂れる蘆屋に近付くと危なく頭に手を置きそうになるが、梨花に言われた事を思い出しすんでのところで軌道修正すると肩に手を置く。


「なに、また来れば良いさ。次はちゃんと始発で来よう、そうすりゃタップリ調査も出来る。今日は下見だと思っておけば良い、な?」


 そう声を掛けると、蘆屋は顔を上げ力無い笑顔を浮かべる。


「はい、思い留まらせてくれて有難う御座います。危なく皆さんを危険な目に合わせてしまう所でした。部長たるもの、もっと慎重に行動しなくてはなりませんね。助言に感謝します、晴明先輩」


 言ってしまってから、あっ! と言う顔をする蘆屋。


「すすすすいません! つい、名前で呼んでしまいました。梨花ちゃんと区別するために名前で呼んだ方が良いかな? とは考えていたのですが、良く良く考えれば先輩と付ければ梨花ちゃんの事でない事は明白な訳で、なのに馴れ馴れしく名前呼び等、なんて失礼な事を……」


「まあ落ち着け蘆屋。別に呼び方なんざ気にしないさ、好きなように呼んでくれて構わん。何なら“先輩”なんて堅苦しいのも無しで良い位だ」


 アワアワと弁解を羅列する蘆屋を宥め、ニカっと笑い親指を立てて見せる晴明。


「それに、蘆屋みたいな可愛い子から名前で呼ばれて、悪い気はしないからな」


 言った晴明には全く他意は無く、純粋に思った事を口にしただけなのだが、当然その言葉へ敏感に反応する人物もいる訳で……


「は、はぃ。は、晴明……さん……」


 そう言って真っ赤になり俯いてしまう蘆屋。


「オニイチャン……ワタシトイウモノガアリナガラ……ミチルチャントハオトモダチニナレルトオモッテタケド……ヤッパリワルイムシハクジヨシナイト……」


 と、負のオーラを身に纏い呪詛を垂れ流す梨花。


「……」


 特に何も言わないが、何故か不機嫌そうな表情の麗美。

 三人三様の中、晴明だけはそれらに気が付かずハッハッハ……と能天気に笑っている。


「さて、そんじゃ帰るとしますか。家に着くまでがフィールドワークってな!」


 こうして新生オカ研初のフィールドワークは、皆の心にちょっとした“何か”を残し幕を閉じたので有った。

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