第12話 安部梨花 後編

 やっと晴明はるあきを発見した。

 思わず窓から飛び出してしまいそうになる梨花りかだったが、はやる気持ちをぐっと抑えこみ早歩きで玄関に向かう。

 土足はしない。

 廊下は走らない。

 そう言った決まり事の類は極力守る、根は真面目な良い子なのだ。

 そんな梨花は不意に何か思い付き立ち止まると、鞄をゴソゴソとまさぐり今日貰った入学のしおりを取り出すとパラパラめくり始める。


 えっと確か……有った!


 目的のページは校舎の概略図。


 あっちの方角は……文化部棟?

 剣道部のお兄ちゃんが一体何の用事で……

 はっ! まさかまさか! 部室とは名ばかりで、いかがわしい事に使われているんじゃ!?

 早まっちゃダメだよお兄ちゃん!


 12時58分


 ここが文化部棟? 何か校舎から離れた所に有るし、オマケに人気ひとけも無くて薄暗い……

 やっぱりそう言う事・・・・・に使われてるんだ!


 単純に部活が自粛されているので人気ひとけが無く、部室の照明も落とされている上建物の影になっているので暗いだけなのだが、そんな理由を梨花が知るよしも無い。

 そもそも盛大な勘違い中の梨花には、そんな発想すら思い浮かばないのだ。

 そんな中、一箇所だけほんの僅かに光が漏れる窓を目敏く見つける。


 あそこで大人の部活動が……


 ゴクリと唾を飲み込み、音を立てないようそっと窓へ近づき耳を澄ます。

 仮に梨花の予想が当たっていて、中で大人のアレヤコレヤが行われていた場合、この娘一体どうするつもりだったのか……


 ん〜中から話し声は聞こえるけど、何言ってるかまではいまいち聞き取れないな〜

 少なくても、いかがわしい事は始まってないみたいだけど……

 あっ、お兄ちゃんの声。ここに居るのは確かね、いっそ中に踏み込んじゃおうか。


『幽霊部員って本物の幽霊かよ!』


「っ!……」


 突然の大声に驚き、思わず声が漏れそうになるのを両手で口を塞ぎ堪える。


 ビックリしたー今のお兄ちゃんの声だけど、えっ? 幽霊? なに、どう言う事?

 ん〜また聞こえなくなっちゃった。まどろっこしいな〜

 どっか中を覗ける所無いかな?


 文化部棟の周りを一周して見るが、窓は建物の表も裏も内側に有る何かに塞がれ全く中は覗けず、結局一周して元いた所に戻って来ただけだったが……


 ……オカ研?


 歩いて少し冷静さを取り戻したおかげか、戻って来た時に扉の張り紙を見つけ、どうやらここはオカ研とか言う部の部室だと気付く。

 またもや入学のしおりを取り出した梨花は、部活動一覧を開き“お”から始まる部活を確認する。


 あ、あった多分これだよね、オカルト文学研究部。

 部長の名前は、蘆屋満あしやみちる二年生か。

 ……部員一人? それで部活って成り立つの?

 そこにお兄ちゃんが連れて来られたって事は……

 

 今度は生徒手帳を取り出すと、部活についての校則を確認し始めた。


 やっぱり……文系の部活は、最低人数が四人ってなってる。

 って言う事は、この怪しげな部にお兄ちゃんを勧誘する気ね!

 これは今すぐ乗り込んで止めないと!

 ……ん? ちょい待ち。

 もしお兄ちゃんがここに入ったら、私も入れば部活の時間も一緒に過ごせるって事だよね。

 お兄ちゃんと過ごす時間も増えるし、悪い虫から守る事も出来て一石二鳥ってやつ?

 ……これは入るしか無い!

 剣道に女子の部は無かったし、マネージャー枠も無い。

 そもそも運動音痴の私じゃ付いていけないから諦めてたけど、ここなら大丈夫だよね! 何する部か知らないけど。

 そうと決まれば早速入部届を……


 梨花がドアに手を伸ばしかけたその時、ガタガタと音がしたかと思うとドアが横に開き始める。


「じゃあ明日からよろしくな」


「私は……期待しないでね」


 中から出て来た晴明と麗美れいみは思い思いの挨拶をすると、その場から去って行った。

 それを建物の影から見守る梨花。


 焦った〜つい反射的に隠れちゃったけど、良く考えたら隠れる理由なんて一つも無いじゃん。

 そんな事よりお兄ちゃんを追い掛けないと……


 影から飛び出そうと思った矢先、再びドアが開き今度は蘆屋あしやが出て来る。

 蘆屋はドアに施錠をすると、テテテ……っと駆け出し晴明達が去っていった方に向かって行った。


 だから何で隠れちゃうかな!

 多分今の子が部長の蘆屋さんだよね?

 なんか随分ちっちゃい子だったけど、先輩……なんだよね? 確か……

 って、私も行かないと!


 慌てて追い掛ける梨花は、校門を出て少し行った所に自転車を押しながら麗美と話す晴明と、その二人を追うようについて行く蘆屋の姿を発見した。

 自分も走り出そうと思った瞬間、はたと気付く。


 あ、自転車……


             ✳︎


「ただいまー」


「お兄ちゃん!」


 晴明が帰宅すると、玄関で不機嫌な顔の梨花が待ち構えていた。


「お、おう。ただいま梨花、どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたも無いよ!」


 何か怒ってるな、俺なんかしたっけ?

 梨花のプリンには手を付けて無いし、ジュースも飲んで無いぞ。

 あっ、もしかして名前の書いて無かったお茶飲んだけど、あれ梨花のだったか?

 こいつたまに書き忘れるからな〜

 お互い様なんだが、ここは年上って事で折れてやるか。


「あ〜すまんかったな、お茶は今度買って来てやるから……」


「お茶? 何言ってるの? そんな事よりどこ行ってたの!」


 違ったか。どうやら梨花は、帰りが遅かった理由を聞きたいらしいな。


「腹減ったんで飯食って来たんだよ」


「誰と?」


「部活の仲間?」


 嘘は言っていない。

 別段嘘をつく気も無いのだが、オカ研に入った事を言えば当然理由も説明しなくてはならず、単純にそれが面倒臭かっただけなのだが、梨花がそれで納得するはずも無く……


「ふーん……剣道部の?」


 思わずウエっと声に出てしまった晴明だが、嘘を吐くのは性に合わないと両手を上げて降参のポーズを取る。


「分かった降参だ。詳しく話すから、取り敢えず家に上げてくれ」


 その後梨花の部屋に連れ込まれた晴明は、椅子に座り見下ろす梨花の前で事情を説明させられていた、何故か正座で。

 剣道で正座には慣れている晴明だったが、流石に長時間はキツい。

 それでも梨花が納得出来る様に、部の掛け持ちを始めた事、オカ研に入る事になった経緯や蘆屋の事。

 当然そうなると麗美の事も言わなくてはならなくなり、自分が麗美に惚れている事等も正直に話した。

 しかし全てを話した訳でも無い。

 麗美が吸血鬼である事と幽子ちゃんの事は伏せた。

 言ったところでそんな荒唐無稽な話し、信用されないだろうとの判断からだ。


 それに梨花のやつ、その手の話し・・・・・・は苦手だからな……

 ガキの頃はホラー映画やお化け屋敷なんかで、良くキャーキャー言いながらしがみついて来たもんだ。

 しかし、怖がりの癖に嫌いじゃ無いってんだから不思議なもんだよな。


 勿論それらは、梨花が晴明に公然と抱きつく為の演技で有るが、晴明は気が付いていない。


「おにい……んにすき……とが……」


 晴明の話しを聞いた梨花は、天井を仰ぎ見て半ば放心しながらブツブツと呟いている。

 余りのショックからか、半開きの口から魂が抜けている様に見えなくも無い。


「まあそんな訳で、暫くは剣道部も自粛だから明日からはオカ研に顔を出すつもりだ」


「……しも入る」


「え?」


「私も入るって言ってんの! そのオカ研ってのに!!!」


「何でだよ、お前そう言うの苦手だろ?」


「入るったら入るの! お兄ちゃんと一緒なら平気だもん! それにもう一人居ないと部活出来ないんでしょ?」


 突如凄い剣幕で捲し立てる梨花にたじろぐ晴明だったが、確かに入ってくれるのは有難いとも思っていた。


「わ、分かった。正直助かるよ。じゃあ明日入部届出しに行こうな」


「了解だよ、お兄ちゃん。悪い虫は私が払ってあげるからね!」


 悪い虫? 別に俺は虫苦手でも無いが……まあ良いか、後で蘆屋に連絡してやろう。


 謎の闘志を燃やす梨花に疑問を抱かない訳でも無かったが、今はそれより部の存続を喜ぼうと思う晴明であった。

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