第11話 安部梨花 前編
最近お兄ちゃんの様子がおかしい。
朝練も無いのに早く家を出るようになったし、帰りも以前に比べると遅くなってる。
この前なんか遅くに帰って来るなり、パンケーキとホットケーキの違いとか聞かれたし。
今までそんな事全然興味無かったのに……
そう、お兄ちゃんの様子がおかしくなったのは、丁度その日から。
折角バレンタインのチョコを渡したのに、なんか上の空で私の言葉なんか全然耳に入っていないみたいだった。
考えたく無いけど……彼女が出来た?
まさか……そんな……お兄ちゃんに限って。
いや別に、お兄ちゃんに彼女が出来たって不思議じゃ無いよ?
だってお兄ちゃんは優しいし、カッコ良いし、しかも剣道部期待のエースでスポーツマンだし。
勉強の方はそれなりでたまにチョット抜けてる所も有るけど、そんなのは欠点って言わない。寧ろその位の方が可愛いよね!
だから彼女が出来たって全然不思議じゃ無い。けど……
私に一言の相談も無いのは許せない。
ゴゴゴゴ……っと、負のオーラを纏いながら真新しい制服に着替えている可憐な少女。
高校生になるのだからと今までして来たお下げは解き、肩甲骨まで伸びる美しいストレートにした。
歳の割に大人びたイメージを与える大きなつり目。
健康的な肌は化粧などせずとも、元よりくっきりとした目鼻立ちを更に際立たせていたが、校則に接触しない程度に薄く引いたピンクのカラーリップは、彼女の魅力を確実にワンランク引き上げていた。
これを機にコンタクトへもチャレンジして見ようかと思ったが、目に異物を入れるのが怖く断念。
代わりに入学祝いで新調して貰った、赤いアンダーリムタイプの眼鏡を手に取り、今している物と掛け替える。
ここ最近急激に自己主張の強くなってきたバストを半ば無理矢理ブレザーに押し込めながら、ワンサイズ大きな物にすれば良かったと少し後悔している。
可愛いと言うより美人と形容される事が多い彼女がモテない訳も無く、今まで数多の男子から告白をされるがその全ては完膚なきまでに撃沈。
何せどんなイケメンが告白しようが「他に好きな人がいるので、お付き合い出来ません」の一言で終了。
彼女にとって肉親を除く兄以外の男など、お弁当に入っている
朝は兄と一緒に登校し、帰りも待ち合わせて一緒に帰る。
帰りがけにチョット寄り道して街中をブラブラしたり、一緒にお茶したり。
それって放課後デートってやつだよね? もう、そうなったら付き合ってるって事で良いよね!
などと前々から妄想を膨らませていたのだが、最近兄の言動行動から女性の影を察知し今に至る。
学校へ行く準備の整った姿を、鏡に全身を写し最終確認する。
「よし、準備完了」
ちらりと時間を確認すると、時計の針は7時15分を指していた。
お兄ちゃんはそろそろ出る頃かな?
前はギリギリの登校が当たり前だったのに……
きっと彼女と待ち合わせ、それどころか迎えに行ってるのかも。
今日こそ真相を突き止めてやるんだから!
グッと握り拳を作り一つ気合を入れてると、通学カバンを手に取り足早に部屋を出る。
彼女の名は
✳︎
7時17分
お兄ちゃんが玄関で靴を履いている。
見つからないように息を殺して、階段の上から見守ろう。
7時18分
「行ってきまーす」
玄関を出る晴明の後を追うべく、急いで下に降り靴を履く。
「あら梨花、もう行くの? 随分早いわね」
「え! あ、うん。少し早く行って学校見て回ろうかなーって」
「そう、入学式にはお母さんも行くからね。気を付けて行くのよ」
「はーい、行ってきまーす」
7時20分
母の不意打ちを華麗にかわし、スマートに家を出ると晴明の姿はもう無い。
ヤバい! 早速見失うかも……
通りに出て辺りを見回すと、少し離れた所に自転車を漕ぐ愛しい兄の後ろ姿を見つけた。
はぁ、自転車漕ぐお兄ちゃんもカッコいい……
って言ってる場合じゃ無い!
急ぎ自分の自転車を引っ張り出し、颯爽と跨ると晴明の後を追い始める。
学校と反対方向へ向かってる。やっぱり誰かを迎えに行くの!?
感づかれない様に一定の距離を保ち、後を追う事15分。
7時35分
見知らぬマンションの前に自転車を止めた晴明は、手慣れた感じでオートロックを開け中に入っていった。
何の躊躇も無く中へ……もう何度も通っているのね!
ギリリっと歯を噛み鳴らすが、どうする事も出来ずただ見守る事10分。
7時45分
マンションから晴明ともう一人、知らない女性が出て来る。
同じ学校の制服……リボンの色からするとお兄ちゃんの同級生?
それにしても美人だなー、銀色の髪の毛凄く綺麗。
日本人じゃ無いのかな?
なんて事を思っている内に二人は学校方面へ、晴明は自転車から降り女子生徒の横に並んで歩く。
その後ろを、少し間隔を空け尾行する梨花。
中良さそう……でも無いかな? なんかお兄ちゃんが、一方的に話し掛けてるみたいに見える。
なにお兄ちゃん、そう言う冷めた態度の人が良いの?
だったら私も……うぅ〜でもお兄ちゃんに冷たくするなんて出来ないよ〜
よし、それについては一旦保留。大体あの二人が、本当にお付き合いしてるのかまだ分かんないし? もしかしたら、チョットだけ仲の良いただの同級生かもだし?
あっ、そんな事考えてたら学校着いちゃった。
流石に教室まで付いてく訳には行かないし、朝はここまでね。
私は自分のクラス確認しなきゃ。
8時25分
1年C組の教室にて。
「梨花おっはよー、同じクラスだね!」
「お早うカナちゃん。知った顔があって安心したよ」
彼女の名前は
家も近所で幼稚園の頃から梨花の友達、所謂幼馴染と言うやつである。
中学から陸上を始め季節を問わず外を走っているおかげかいつも日に焼けており、ボーイッシュに刈られたショートヘアーも相まって、まるで男子のように見えなくも無い。
しかしいつも明るく元気な彼女には、それが良く似合っていた。
「折角一緒に行こうと思って家まで迎えに行ったのに、もう出たって言われちゃったよ。どしたん?」
「うん、チョット用事が有って」
梨花がそれだけ言うと、夏菜子は何かを察したような顔をする。
「どうせまた“お兄ちゃん”絡みでしょ」
「そうだけど?」
梨花と付き合いの長い夏菜子は、彼女がお兄ちゃん
と言うより、梨花の方にそれを隠すつもりなど
普段から口を開けば、やれお兄ちゃんがどうしたこうしたとそればかり。
放って置けば、大好きなお兄ちゃんの魅力を延々と語り、終いには結婚したら何処そこに住んで子供が何人とか、将来設計と言う名の妄想まで語り出す始末。
しかしそんな梨花に対して夏菜子は呆れる訳でも、ましてや馬鹿にするでも無く時には同意し、時には茶化しながらもただ楽しそうに聞いているのだ。
余程懐が広いのか、それとも何も考えていないのかは分からないが、梨花にとって夏菜子は無二の親友である事は間違い無い。
「高校生になっても相変わらずだね〜」
「もちろん、私は一途な女なの!」
10時30分
今頃お兄ちゃんは、始業式の真っ最中かな?
今年は始業式と入学式で、時間をずらしてやる事になったみたい。
11時45分
校長先生の話しが長いのは、中学でも高校でも変わらないんだね。
この後は校庭で記念撮影して終わりか、お兄ちゃん先に帰っちゃわなければ良いんだけど……
12時18分
終わった〜
「じゃあね梨花、私は早速入部届け貰いに行ってくるよ」
「カナちゃんまたね!」
っと、こうしちゃいられない。お兄ちゃん探さなきゃ!
12時33分
お兄ちゃん探しに三年の教室まで行ってみたけど、もう誰も居なかったよ。
帰っちゃったのかな〜
こんな事なら校則違反でも、コッソリスマホ持って来れば良かったよ。
でも何で一年生だけ持ってきちゃダメなんだろ? 変な校則!
12時45分
諦めて帰ろうとした時だった。
何気なく窓から外を見ると、校庭を横切り何処かへ歩いて行く晴明を発見したのだ。
お兄ちゃん居た! あれは……今朝の銀髪の人と、もう一人小さな女の子が一緒?
……まさかお兄ちゃん二股!?
だから私に何も教えてくれなかたの?
兎に角後を追わないと。
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