第10話 幽子ちゃん

 吸血鬼、厨二病と来て今度は幽霊かよ……

 

 晴明はるあき達の前に姿を現した幽霊部員の幽子ゆうこちゃん。

 少し幼さが残る可愛らしい顔立ちに、ツインテールでまとめられたセミロングの髪。

 その髪は麗美とは対照的な明るい金髪で、麗美をミステリアスな夜の女王と例えるなら、彼女は太陽の光が似合う昼の天使と言える。

 青い瞳をしている事から髪は染めている訳では無く、両親のどちらか若しくは両方が外国人なのだろう。

 日本では随分と目を引く派手な外見だが、晴明達の前で静かに微笑んでいる姿は、見た目の印象よりずっと大人しい性格に思えた。

 見慣れない学校のセーラー服を着ており、顔や背格好からすると中学生位だろうか?

 それでも隣に座る蘆屋より大きな背丈と、蘆屋や麗美では全く太刀打ち出来ないバストサイズ等、外国人特有の成長曲線を見事に見せつけていた。

 足が無いとか血塗れで薄汚れているとか、そんな幽霊の特徴は微塵も持ち合わせておらず、身体が半透明で向こう側が透けて見える以外は、何処から見ても至って普通の女の子だった。


蘆屋あしや……本物か? 立体映像とかじゃなくて?」


「正真正銘本物の幽霊ですよ。何も無い空間に映し出す立体映像とかそんなトンデモ技術、一介の高校生が持ってる訳無いじゃないですか」


 言われて見ればそうだな、幽霊よりそっちの方がよっぽど驚くか……

 いや、そうじゃ無くて。


「で、幽子ちゃん? とは何処で知り合ったんだ?」


「二週間位前です。先輩達の卒業式も終わって、とうとう私一人になっちゃった頃でした。

 放課後帰ろうと校門を通りがかった時、不意に何かを感じて振り向いたら、途方に暮れた顔をした幽霊ちゃんが立ってたんです。

 それで思い切って話し掛けてみたら、行くところが無い。それどころか、自分が誰かも分からないって言うじゃ無いですか。

 可哀想になって、なら部室においでよって誘ったんです。

 名前も私が付けてあげました」


みちるちゃんには感謝しています。

 あのままあそこに居たら、寂しさの余り地縛霊になってたかも知れません」


 幽子ちゃんは、本気か冗談かイマイチ判断の付かないセリフを口にし、少し照れた様に頬を染めエヘヘと笑う。

 笑顔も可愛らしく温厚な性格やあどけなさも相まって、生きていれば・・・・・・さぞ人気者になれただろう。


「経緯は分かったが、蘆屋は良く幽子ちゃんの存在に気が付いたな」


「え? えっと私、霊感有るって言いましたよ?」


 ……あっ! 勝負の時確かに言ってたわ。

 えっ!? あれってマジだったの? キャラ設定とかじゃ無くて?

 まあ実際幽子ちゃんに気が付いた訳だし、どうやら本当っぽいが……そう言うのって実際に有るんだな。

 って、幽霊が居るんだから霊感くらい有ってもおかしく無いか。


「幽子ちゃんは記憶が無いって話しだけど、やっぱ何か怨んでたりするのか?」


「え? 何故ですか?」


 幽子ちゃんは晴明の質問に、キョトンとした顔で問い返して来る。


「いやだって、挨拶の時にうらめしや〜って言ってたから」


「ああ! あれは満ちゃんに、そう言った方が幽霊っぽいよと教えてもらったので」


「幽子ちゃんは見ての通り、余りにも幽霊感が薄いので少しでもリアリティを出そうと思いまして、日本人に馴染みの深いセリフとポーズを教えました」


 蘆屋が得意顔で補足説明をして来るが実際目にした幽子ちゃんは、照れ笑いを浮かべながら曲げた両腕を胸の前に出し手首をダラリとさせる、所謂幽霊ポーズをとっていた訳だが、幽霊っぽさなど全く感じられずむしろ可愛いと思ってしまった位だ。

 つまり、全く効果は無かったのである。


「次は効果音も付けて見ようかと、こんな感じの……」


 ポケットから取り出したスマホを操作すると、ヒュ〜ドロドロドロ……と、何とも古典的な音楽が流れ始める。


「蘆屋……今時それは無いんじゃないか? 昔のお化け屋敷じゃあるまいし」


「何を言っているんですか先輩、これは最早文化です。古典芸能の域なのです! 私達オカルト文学研究部は、こうした古くからの手法を後世に残すためにも……」


「あー分かった分かった、もう好きにしてくれ」


             ✳︎


「やれやれ、なんか大変な一日だったな」


 入部届を提出しやっと解放される頃には、既に日も傾き始める時間になっていた。


「そうね、よくも私の貴重な時間を奪ってくれたものだわ。でも、おかげで面白い体験が出来たのは確かね」


「まあな、まさか本物の幽霊に出くわすとは思っても見なかったぜ。そういや浦戸うらとには幽子ちゃんが見えてたみたいだが、やっぱ霊感とか有ったりするのか?」


 幽霊ちゃんが姿を表す前から麗美が何も無いところを見ていて、更にはそこに居ると発言していたのを思い出す。


「霊感は無いわね。私は五感が普通の人間より鋭い、それは知ってるでしょ? だから人には見えない物が見えたり、聞こえない物が聞こえたりする事は有るわ。それでも、意識を集中してそう仕向けないといけないんだけど。

 今日の場合は蘆屋さんの言動や不自然に空いた席なんかで、もしかしたらと思ったから見えた。それだけの事よ」


 いやそれって十分凄いと思うんだが、それとも吸血鬼的には普通の事なのか?


「ふーん、そんなもんか。で、どうする? 昼飯には随分遅くなっちまったが、軽くなんか食ってくか?」


「そうね、夕食も近いからデザートだけでも奢って貰おうかしら」


 クールに言っては居るが、駅前に並ぶ様々な甘味処を獲物を狙うような目で物色し始める麗美。

 余程甘い物に飢えている様子だ。


 まあ昼も食いそびれちまったし、腹も減ってるんだろう。好きなもん奢ってやるとしますかね。

 ところで……


「何で蘆屋までついて来てるんだ?」


「折角ですから、新生オカルト文学研究部の結成を祝して親睦会など開こうかと。先輩方も何処かへ寄る様子でしたから、丁度良いと思いまして」


 気が付いたらいつの間にか後ろにいた蘆屋は、悪びれもせずサラリと言ってのける。

 と言うより、本人に悪気は一切無いのだ。ただ空気が読めないと言うだけで……


 はぁ……折角の放課後デートが……まっ仕方ねーか、今更追い返す訳にもいかんしな。


「ああ、分かったよ。蘆屋は何食いたい? 奢ってやるよ」


「いえそんな! 自分の分は自分で、むしろ部長の私が出すのが道理かと……」


「アホ。後輩に金なんか出させねーよ、良いから遠慮しねーで奢られとけ」


 蘆屋の頭にポンっと手を置き、クシャクシャと撫でる。

 丁度良い頭の高さ、それにいつも妹にやる癖が合わさりつい撫でてしまってから、晴明は蘆屋が今日会ったばかりの下級生だった事を思い出し慌てて手を離す。


「あっすまん。髪の毛触られるの嫌だよな、悪かった」


 蘆屋は突然の事に俯き加減で固まってしまっていたが、晴明が手を離すとその手を名残惜しそうに上目遣いで追っていた。


「いいいえ大丈夫です。……ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

「浦戸もそれで良いよな?」


「私はどっちでも良いわ。そんな事よりさっさと行くわよ」

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