第9話 オカ研

「成る程、勝負に勝ったらオカ研に入ってもらうつもりだったと」


「三年だった先輩達が卒業して今部員は貴方一人、このままじゃ廃部になるから……ね」


 部を存続させる為か。俺の事は去年剣道の大会で優勝した時、校内新聞に掲載された記事を読んで知ったらしい。

 しかしそれで見ず知らずの、しかも先輩相手に勝負を挑むとは、大した行動力だな。


「でもわざわざ俺を引っ張り込まなくても、今年の新入生が入部するんじゃ無いか?」


 晴明はるあきの言葉にフルフルと首を横に振り、否定の意を表す蘆屋あしや


「私が入部した年は私一人でした。その前の年は新入部員0でしたし、今年も期待出来ません」


 まあ先輩が三年生しか居なかったって時点で、予想はしていたがオカルトって人気無いのかね〜

 まあ俺もそんな部が有るって今日知った位だから、何も言えないが。

 実際オカルトには興味が無かったが、ごく最近は割と気になってる。

 何せ吸血鬼一家と顔馴染みになったんだ、そりゃ興味も湧くさ。

 それに人助けにもなるなら、入ってやらんでも無いんだが……


「そう言われても、俺は剣道部に入ってるしな〜」


「大丈夫です! 部の掛け持ちは可能と、校則にも書かれています!」


 蘆屋は晴明の発言に多少の希望を見出したのか、生徒手帳のページを開き晴明の目の前にグイッと突き付ける。

 しかも、やたらと期待に満ちた眼差しを向けながらだ。


「あ〜そうなのか。まあ剣道部は絶賛自粛中だしな、どれだけそっちの活動に参加出来るか分からんが、籍を置く位は構わないぞ」


「本当ですか! 有難う御座います、安部あべ先輩。

 それに……浦戸うらと先輩!」


「私も!?」


 突然自身もターゲットにされ狼狽える麗美れいみ

 そんな麗美を見て、逆に疑問符を浮かべる蘆屋。


「えっ、だってお二人は恋人同士ですよね? それこそ四六時中ご一緒に居る程の仲ですから、部活も一緒に入っていただけると……」


「私とコイツはそんな仲じゃ無いわよ! 一緒に居るのは、コイツが勝手に付き纏ってるだけ!」


「じゃあ入って頂けないんですか〜……」


 目をウルウルさせ、またもや泣き出しそうになる蘆屋を見て流石の麗美も言葉を詰まらせる。


「くっ、分かったわよ。籍くらい置いてあげるわ、その代わり活動に参加するつもりは無いし、そのダサイローブも着ないからね!」


「ダサくなんて有りません! それにコレは、れっきとしたオカ研のユニフォームです!」


 蘆屋と麗美がダサイ、ダサく無いで言い争っている間に晴明は生徒手帳に書かれた、部活動に関する校則のページを読んでいた。


「なあ蘆屋、校則によると文系部は最低四人居ないと部として認められないと有るが、もう一人に心当たりは有るのか?」


 晴明の言葉に表情を曇らせる蘆屋、どうやら最後の一人に目星は付いていない様子だった。


「それでも後一人です。今までに比べればずっとマシです。

 それに一応幽霊部員が一人いると言えば居るので……」


「何だ、じゃあ問題無いじゃないか」


 何とも歯切れの悪い蘆屋だったが、パッと顔を上げるとそそくさとベットから抜け出し上履きを履く。


「ともかく一度部室へご案内します。入部の手続きもしなきゃですので、私に付いてきて下さい!」


 すっかり元気を取り戻した蘆屋を先頭に、部室棟へ向かう一行。


 変なキャラ作ったりしなきゃ、素直で可愛い後輩なのにな。

 何とも勿体無い……


 晴明がそんな事を考えながら、しみじみと蘆屋の後ろ姿を眺めている内に、三人は校舎の外れにある文系部室棟に到着した。


 大きなプレハブの内部をいくつかに区切り、小さな部屋の一室が部室として割り当てられている。


「ここが我らオカ研の部室です」

 

 表に面した扉の一つには『オカ研』と、手書きの貼り紙が貼られていた。

 蘆屋は懐から鍵を取り出し、入り口に設けられた南京錠を外すと、少々建て付けの悪い横開きの扉を苦労しながら開き、入って直ぐに設置された照明のスイッチをパチリと付ける。


「さあどうぞ! ようこそオカルト文学研究部へ!」


 それが正式名称か。ただのオカルト研究部かと思ったら、文学が付いてるのか。

 まあその方が学校側の受けも良いだろうし、許可も降りやすいだろうからな。


 部室は思っていたよりずっと狭かった。

 四方の壁には本棚が設てあり、入り口側も奥側の窓も完全に隠れてしまっている為日の光はほとんど入って来ない。

 本棚には日本語やそれ以外の言語で書かれた背表紙がズラリと並び、中でも目を引くのが40年以上の歴史を持つオカルト雑誌、それが創刊号から揃っているのだ。

 それ以外にも、ちょっと触れる事すら憚られる分厚い革で覆われた表紙の本や、英語、フランス語、ラテン語等の辞書も置かれていた。

 部屋の中央には横長の折り畳み机が置かれ、対面で2:2の並びで丸椅子が設置されているが、反対側へ行くには尻で本棚の埃を落とさなければならない程の隙間しかない。


 もっとおどろおどろしい物でも置かれているかと思ってたが、どちらかと言うとすげー小さな図書室って感じだな。

 流石『文学』と付いているだけの事は有るか……


「ただいまー、幽子ゆうこちゃん帰ったよー」


 誰も居ない空間に挨拶しながら部室の奥へ進む蘆屋を見て、また何かのキャラでも演じているのか? はたまた孤独を埋めるためのナンチャラフレンドだろうか?

 と考えを巡らす晴明だったが……


「先輩方はそちらの席を使って下さい。

 こっちは私と幽子ちゃんで使うので」


 そう言って、こちら側から見て右側の椅子に腰を下ろす。


「あー蘆屋、今まで一人でよく頑張ったな。なるべく顔出す様にするから、もう無理しなくて良いぞ」


 余りにも蘆屋が憐れに見え、熱くなる目頭を押さえながら声を掛けるが、当の本人はケロッとしている。


「申し出は有り難いですが、特に無理はしていませんよ?

 先輩達が卒業してからは幽子ちゃんが話し相手になってくれてたんで、そんなに寂しくは無かったですし。ねー幽子ちゃん」


 蘆屋は隣の席に、さもその幽子ちゃんが座っているかの様に、笑顔で話し掛ける。

 そんな彼女を見て、晴明の背筋に冷たい物が走った。


 孤独に苛まれて、幻覚でも見てるんじゃ無いだろうな?

 ……救急車を呼んだ方が良いのか?


 しかし、隣に立つ麗美の反応は違った。

 蘆屋の隣、ポッカリと空いた席の辺りを目を細めジッと凝視している。

 そしてピクリと眉が跳ね上がったと思うと……

 

「そこに……いるのね?」


「凄い! 浦戸先輩にも分かるんですね。幽子ちゃん、この人達はオカ研に入ってくれる先輩方だよ、だから出て来て平気だよ!」


 蘆屋がそう言うと、確かに誰も居なかった場所に最初は薄らとした人型の白いモヤが、そして徐々にハッキリと見える様になり、やがて……


「は、初めまして幽子です。う、うらめしや〜?」


 完全に姿を現した半透明の少女が丸椅子に座った形で現れ、ついには挨拶までして来たのだ。


「幽霊部員って本物の幽霊かよ!」

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