第7話 蘆屋満 前編
「また貴方と同じクラスだなんて最悪だわ」
「仕方ないだろ? うちの学校じゃ、三年に上がる時はクラス替え無いんだから」
四月、
今日から三年生、高校最後の年が始まる。
知り合ったと言っても、ついこの間までは晴明が一方的に絡んでいたのだが、そんな関係も麗美の正体を知ってからは、ほんの少し変化する事になる。
晴明は麗美の
先ずは毎朝家まで迎えに行き、一緒に登校する事にした。
学校と反対方向に位置する麗美の家に寄るのは、少しばかり遠回りだが自転車なら大した距離では無い。
今までより15分も早く出れば事足りる。
クラスも一緒で都合の良い事に部活も暫く休みなので、帰宅部の麗美と共に帰る事も出来る。
つまり平日は朝から夕方まで、ほぼ一緒な訳だ。
晴明の最終的な目標は、麗美から俺への告白。
精気提供者になれば、長いこと共に過ごす事になる。
それこそ『死が二人を分つまで』
晴明自身の気持ちは決まっていて、麗美の事は好きだし、一生一緒に居ても良いと思ってる。
だが想いが一方通行では不味い。
なので残り一年の高校生活で、何としても麗美を自身に惚れさせて告白させる。
と、そう言う結論に達したのだった。
因みにその辺の事情説明は、麗美本人に一切していない。
事情を話した上で麗美と付き合うのは何か違う。
晴明がそう思ったからだ。
しかし一緒に居る時間を増やすだけで、麗美からの好感度が上がる訳も無く……
「はあ……」と、麗美の小さな桜色の口からため息が漏れる。
どんなに晴明が話し掛けようが、そんな事は歯牙にもかけず、それどころか彼の方を向こうともしない。
終始憂鬱そうな、はたまた機嫌が悪そうな表情を崩さないでいた。
変化したのは晴明の決意だけで、麗美の態度は依然として変わらない。
同じ秘密を共有する仲になったにも関わらずだ。
普通これ程の態度を取られれば脈無しと諦めるところだが、当の晴明はそんな麗美を見て『どんな表情の麗美も可愛いな』等と、彼女の思惑とは全く正反対の感想を抱く始末。
この男どれだけメンタルが強いのやら……
「それで、貴方はいつまでそこに居る気かしら?」
麗美は晴明が当然と言わんばかりに、自分が座った席の隣に腰を落ち着けている事に対し、至極真っ当な疑問を口にする。
「今日は取り敢えず自由だからな、席が決まるまではここに居るぜ」
「そう、じゃあ貴方はそこに居なさい。私が移るわ」
そう言って立ち上がる麗美だったが……
「よーし、ホームルーム始めるぞ。お前ら適当な席に着け」
時すでに遅し。
ガラリと扉を開けて入って来た担任の一声により、麗美もその場で着席せざる終えなくなってしまった。
見回してみれば教室に空いている席は既に無く、これで少なくとも今日一日は今の席で過ごす事になる。
席順が言い渡され、正式に決まるまでの辛抱。そう思った矢先……
「お前らも今年は受験生だ。席決めなんて面倒な事なんざしないから、好きな席で一年過ごせ。最後の高校生活を謳歌しろ!」
担任の宣言に教室は沸くが、麗美の思惑は脆くも崩れ去るのだった。
因みに担任の
しかしその性格が、今回ばかりは麗美にとって裏目に出た訳だ。
絶望の表情を浮かべる麗美を他所に、その後はホームルーム始業式と筒が無く日程を消化し本日は半ドンの為、昼で解散となる。
と、なると……
「浦戸、どっかで飯食って帰ろうぜ!」
麗美が晴明から解放されるのには、もう少し時間が掛かりそうだった。
✳︎
「ん? 何だこりゃ」
安部が余りに必死な顔で昼食に誘うものだから、取り敢えず奢りデザート付きで手を打ってあげたのだけど……
「手紙?」
晴明の下足入れに、朝は確かに無かった筈の封筒が置かれて居た。
これはまさか……ラブレター!
あの安部に? いや、彼は人気が有るし、本人が気が付いて居ないだけで割とモテる。
十分有り得るわね。
まあこれで他の異性に気が移れば、私にまとわり付いて来る事も無くなるはず。
……でも何だろう……なんかモヤモヤする。
麗美が一人モヤついてる間に、晴明はガサガサと中身を取り出し手紙を読み始めていた。
「何て?」
「ん〜何か俺に話したい事が有るから、今日の放課後来て欲しいとよ」
「そう……行くの?」
間違い無い! これはラブレター、そして安部に告白するつもりね。
ふっ……でも残念だったわね。安部は私と食事に行くのよ、急に呼び出されて約束を反故にするわけ……
「ああ、行ってくる」
「なんでよ!」
「いや、だって俺が行かないと手紙の主はずっと待ってるって事だろ? そりゃ流石に悪いじゃないか」
くっ! そうだった、こいつはそう言う奴だったわ。
って言うか、まさか
「貴方、それが何か分かってる?」
「手紙だろ?」
何言ってるんだ? 位のテンションで聞き返して来る晴明。
それに対し心底呆れた顔を返す麗美。
「貴方それ、ラブレターよ?」
「ラブレター? 俺に? まっさか〜」
無い無いそんな訳無いと、笑っている晴明の手から素早く便箋を奪い取り、目を走らせる。
『貴方にどうしてもお伝えしたい事が有ります。
本日の放課後、体育館裏でお待ちしております』
名前は無いけど、字体は丸文字で明らかに差出人は女性ね。
しかも、体育館裏なんて如何にも
でもお生憎様ね、安部は私に好意を持ってる
私はどうでも良いんだけどね!
「じゃあ行こうぜ」
「はあ!? 何で私まで一緒に行くのよ」
「一回別れて後で合流するの面倒臭いだろ? それに浦戸、先に帰っちまいそうだし」
ちっ、読まれたか。
「どれだけ信用無いのよ、私は約束を破ったりしないわ。
まあ、貴方に好意を持つ物好きがどんな子か気にはなるし、仕方ないから付き合ってあげる。
その代わり……デザートは大盛りよ!」
澄まし顔でビシっと指を突きつけ、なるべくクールを装う麗美だったが最後の一言で全て台無しである。
「おう! 任せとけ」
✳︎
そんなこんなで、指定された体育館裏までやって来た二人だったが……
「お待ちしておりました、安部先輩」
そこで待って居たのは小柄な下級生、長身の晴明からしたら頭二つ、下手すれば三つ分も違う。
胸元のリボンから二年生と分かるが、中学生でも通用しそうだ。
可愛らしい顔をしているが、緊張しているのか表情はやや強張って見える。
手入れの行き届いた艶のある長い黒髪を腰の下まで真っ直ぐ伸ばし、その全体的な雰囲気から日本人形を彷彿させた。
それだけなら、至って普通の美少女なのだが……
……なんでマントなんか着てるんだ?
少女は黒い布地の、晴明はマントと形容したがフード付きのローブを羽織っており、左手には分厚い辞書のような本を抱える様に持ち、右手には30センチ程の木で出来た棒を持っていた。
「なにその変な格好……厨二病?」
麗美が率直な感想を口にするが、その言葉に晴明は思わず吹き出してしまう。
俺も麗美の事を、そう思っていた時期が有ったな〜……
しかし言われた当の本人は眉一つ動かさず、右手を前に突き出し持った棒の先端を麗美に向ける。
「これは由緒正しきオカ研の正式なユニフォームです。先輩とは言え侮辱は許せません、浦戸先輩」
どうやら麗美の事も知っている風の少女は、無表情とは裏腹にややうわずった声で宣言する。
「へぇ、許さなかったらどうするつもり?」
少女の言葉に薄ら笑いを浮かべ、右手を上げ指をワキワキさせる麗美。
ダメだ麗美、いたいけな少女にその技はいけない!
向こうも麗美の思わぬ迫力に当てられたのか、表情に余裕が無くなってる。脂汗をダラダラかいて目が泳ぎ出していでるし……
って言うか麗美のやつ、やけに食って掛かるな?
「まあまあ、お二人さん。ところで俺に用事が有るんだろ?
ええと……」
晴明の言葉にハッとした表情を浮かべる少女。
「そ、そうですね。本題に入りましょう」
そう言うと麗美に向けていた棒を、今度は晴明に向けながら……
「私はオカ研部長、
「はあ!?」
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