第6話 吸血鬼 後編
『ええ! 実際に私もこの方法で生き長らえて来たのだから、実証済みよ。言ったでしょ?
『そうか! 効率云々を無視すれば他の方法でも、精気を補えるんですね。でも一体どうやって……』
『例えば誰かと触れ合う事、肌の接触だけでもほんの僅かに貰えるわ。それから口付けを交わすのは、もう少し効率が良いわね。更に良いのは性行為、試した中では吸血に次いで効率が……やだ、私ったら。御免なさいね
『い、いえ。大切な事ですから。じゃあ
『いいえ麗美は血を吸っているわ、でもちょっと特殊でね。
あの子に吸われても相手は
麗美は吸血鬼よりも人間の性質を色濃く受け継いで生まれてきたの、おかげで吸血鬼としての能力は著しく低いわ』
『成る程、だから日の光を浴びても平気なんですね?』
『それについては、私でも気合を入れれば平気よ?
もちろん肌をなるべく露出させない様にして、UVカットのファンデーションにサングラス、日傘も差せば完璧ね』
『た、大変ですね』
『まあね、でもその程度で普通の人達と同じ程度の生活は送れるの、ようは慣れね。
話を戻すけど、そんな訳で麗美は普通の人間に比べると少しだけ五感が鋭くて、身体能力が高い、それにちょっとした暗示の力を持っているだけの、普通の女の子よ。
だから、吸血による眷属化の能力は持っていないわ。
でも麗美しか持っていない能力も同時に存在していて、僅かな血と一緒に相手から負の感情を吸い取るの。だからあの子が血を吸うのは、負の感情が溢れた人からだけ。
例えば犯罪を犯す様な人とか、ね……』
『犯罪者、ですか』
『今日、晴明君が見た時はどんな状況だった?』
『麗美が男の首に齧り付いてて、もう一人知らない女の人が倒れてて……』
『うん多分その男性が、女性に暴行を加えようとしてたのね。今頃その男性は自首してるんじゃ無いかしら』
『負の感情が無くなった……から?』
『完全には無くなって居ないと思うけど、正の感情が負の感情を上回れば、ほとんどの人が自責の念に苛まれてそうする事が多いわ。まあ自首しないまでも、暫く同じ様な犯罪に手を染める事は無いはずよ』
『じゃあ、麗美は正しい事をしていると』
『正しいかどうかと聞かれれば、決して正しくは無いわね。
未然に犯罪を防いでいるとは言え、人を傷付けてる事に変わりは無い訳だから。
本当に犯罪を防ぐ為だけなら、通報でも何でもすれば良いのよ。
結局は精気を吸うと言う主だった目的が有って、防犯云々はあくまでオマケみたいな物だから』
『他に精気を得る方法が有るのに、何故そんな事を……』
『あの子少し引っ込み思案って言うか、人見知りな所が有るのよね』
『そ、そんな事で……』
『それと、私が吸血鬼になった経緯を話したから、かもね……
無理矢理吸血鬼にされた事と、今で言う性犯罪を結びつけて居るのでしょうね。
それ以来そう言った事に、酷く嫌悪感を抱く様になったわ』
『……出来れば辞めさせたいです』
『そうね、でも人間の性質を色濃く受け継いで居るとは言え、吸血鬼としての性質も少なからず受け継いで居るわ。
やっぱり精気を作る能力が、普通の人間に比べて少ないのは事実。私や主人から分け与える事も出来るけど、それにも限度が有るし』
『つまり誰かが精気を分けてあげれば、もうあんな真似をしなくて済むんですよね?』
『確かにそうね……晴明君、貴方がその役目を果たすと?』
『俺で良ければ、ですが。それに麗美には嫌われているみたいですから、本人が嫌がるかも知れません』
『あら、それについては大丈夫だと思うわよ? あの子も満更じゃ無いみたいだし』
『マジすか!? ……心を読んだとかですか?』
『マジよ、そんな事しなくても毎日見ていればその位気がつくわ。これでもあの子の母親ですからね!
晴明君が麗美の事をどう思っているかは、大体想像が付くわ。でも気軽に引き受けられるような事じゃ無いのよ?
麗美に一生を捧げる覚悟、貴方に有る?』
『一生……』
『そう、精気を分け与えると言う事は、共に同じ時間を歩むと言うことよ』
『精気の提供で、吸血鬼化は起きないんじゃ……』
『吸血鬼にはならないけど貴方が精気を与えると、麗美からもある程度精気が逆流するの、吸血鬼の精気がね。
その結果、貴方の寿命にも影響を与える事になる訳。簡単に言うと長寿になるわ、私の主人がそうだから間違い無い筈よ。
血を吸う場合は一方通行にも出来るけど、その辺少し融通が効かないわね』
『……じゃあ俺の血を吸わせれば』
『それは辞めておいた方が良いわね。僅かとは言え血を吸われると、身体にかなりの負担が掛かるわ。一回二回ならまだしも、頻繁に吸われたら逆に寿命が縮んじゃう』
『……』
『すぐに答えを出す必要は無いわ、もう少し良く考えてご覧なさい』
『最後に一つだけ聞いて良いですか?』
『なにかしら?』
『麗美の歳は……』
『安心なさい、
✳︎
月明かりが照らす夜の帷の中、自転車を全力で漕ぐ。
頭も脚もフル回転で考えを巡らす。
カーミラさんに提示された選択肢は二つ。
麗美に一生を捧げ、
麗美との関係や吸血鬼の事を全て忘れ、普通に生きて行くか。
俺は暗示が効き辛い体質みたいだけど、麗美より強い能力を持つカーミラさんなら俺の記憶も弄れるらしい。
俺はどうしたいんだ? 麗美の事は好きだ、じゃあ好きな人と長い時間一緒に居られるのは幸せなんじゃ無いか?
しかしそれは同時に、同じ場所に居続ける事が出来無いって事にもなる。
カーミラさんのご主人はとうに80歳を超えているが、見た目は30代後半らしい。つまり寿命が倍以上伸びている事になる。いや、出会った時点で30歳を超えて居たらしいので、実際はもっとだ。
歳を取らない人間は居ない。カーミラさん夫婦も一定期間を過ぎたら、別の街に移り住むと言う事を繰り返して来たとの事だ。
戸籍なんかはどうしてるのか聞いたら『ツテがあるのよ』の一言ではぐらかされてしまったが、そこはまあ何とかなるんだろう。
親を含めた親族や親しい友人とも、会えなくなるな……
唯一の希望は麗美が今の所、人間と同じように歳をとっている事。
今後は分からないが、もしかしたらこれからも普通に歳をとって行く可能性が有る。
それなら俺も同じ様に歳を取るだろうと、カーミラさんは言っていた。
……うん、これについては今考えてもどうしようも無いな。
何せ
じゃあもう俺の気持ちって言うか、覚悟次第じゃ無いか?
いや待て、一番大事な事を忘れてた。
いくら俺の心が決まっても、麗美の方はどうなんだ?
俺なんかが精気提供者で良いのか?
一生共にって、言ってみりゃ結婚するみたいなもんだ。
だとしたら、気持ちが一方通行でいい筈ないよな。
じゃあ、俺のすべき事は……
✳︎
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
玄関で靴を履き、今日も一日安部が鬱陶しく絡んで来るのかな……等と考えていると、チャイムの音が室内に響く。
こんな朝っぱらから誰が?
用心のためドアチェーンを掛けたまま扉を開くと、見慣れた制服姿の晴明がドアの前に立って居た。
「お早う、れ、
「なっ! なんで貴方が居るのよ!」
昨晩麗美の部屋で交わされたのと同じセリフをぶつけるが、晴明はさも当然の様な顔をしている。
「何でって、学校一緒に行こうと思ってな!」
「そう言う事聞いてるんじゃ無いわよ、大体入り口のオートロックはどうしたのよ!」
「暗証番号、カーミラさんに教えてもらったぜ? いつでも来てくれて良いってな」
「え゛っ」
ギギギっと振り返り後ろに立つカーミラの顔を見ると、それはそれは良い笑顔でパチッとウィンクされるが……
えっ!? 何に対するウィンク???
当の麗美には皆目検討が付かない。
「晴明君、考えは纏まった?」
「はい! 俺は高校生活の残り一年の間に……」
ちょ、ちょっと。ママと安部一体何の話しを……
「麗美を俺に惚れさせて、告白させてみせます!」
「はあ!?」
なななな何言ってるのよ!
「そう。分かったわ、頑張ってね晴明君!」
「はい!」
何なのよ……
「何なのよー!!!」
爽やかな朝日が降り注ぐ中、麗美の叫び声が木霊する。
こうして、二人の物語はここから始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます