第5話 吸血鬼 前編

「ん……」


 あれ……ここは私の部屋? 私どうしたんだっけ……

 確か安部あべを連れて来て、ママに見られた事言ったら久し振りに本気のアレ・・をされて……

 うっ……思い出そうとすると頭痛が……


 別に記憶障害とかでは無い、単純に痛みまで思い出してしまったのだ。


「おっ、目が覚めたか浦戸うらと。中々起きないから心配したぜ」


「へっ?」


 声のした方を見れば、ベッドの脇まで移動した学習机の椅子から、少し腰を浮かせて私の顔を覗き込む阿部あべの姿が。


「……!……!」


「どうだ? どっか痛いとことかないか? 主に頭とか……」


「な、無いわよ」


 なるべく素っ気なく答えてから掛け布団を引っ張り上げ、晴明はるあきに背を向け頭まで布団に潜り込む。


 何で安部が居るのよ!

 私が気を失ってる間ずっと居たの? 

 寝顔見られた? ……よだれとか垂らして無かったわよね?


 コッソリ口元を触って確認してみるが、そういった形跡は無くホッと胸を撫で下ろす。


「そうか、それなら良かった。しかし随分可愛らしい部屋だな。そこら中同じウサギで一杯だ、よっぽど好きなんだな」


 部屋の中は所狭しとウサギのぬいぐるみが並べられており、それは麗美れいみが小さい頃から好きなキャラの物で、今でも目にすればつい手に取ってしまう。

 そしてぬいぐるみだけでは飽き足らず、スリッパやパジャマ、ちょっとした小物からカーテン、それによくよく見れば通学用のカバンにも小さな人形を付けている程である。


 くっ! 私の密かな趣味が、よりにもよって安部にバレる何て。

 

「何よ。どうせ似合わないって思ってるんでしょ」


「いや、そんな事思ってねーよ。ちょいと数は多いが、可愛いくて女の子らしい趣味じゃないか」


「んな!」


 こいつ、なに真面目な顔で恥ずかしい事言ってるのよ!


 布団を跳ね上げガバッと起き上がると、精一杯冷静を装った声で、


「大体、何で貴方が私の部屋に居るのかしら?」


「いや何でって……カーミラさんに頼まれてお前を部屋まで運んだの俺だぜ?」


「はこ……んだ?」


「そう、こう言う感じで」


 そう言って軽く曲げた両腕を前に出して、ポーズを作る晴明。


 両腕で抱えられて……? それって所謂お姫様抱っこ……


 ボンッ! と、音がしそうな勢いで頭に血が上り一気に顔が熱を持つ。

 咄嗟に顔を背けたので赤面したのは見られなかったが、耳まで真っ赤なので見る人が見ればバレバレだろう。


 肩を貸したとかじゃ無く、抱えられた!? 憧れのお姫様抱っこ……私の初めてを、この男に!

 ……せめて意識が有れば、ってなに考えてるのよ!

 そうよ、気を失ってたんだからノーカンよノーカン。

 安部なんかが私の初めてで有ってたまるもんですか!


「いや〜浦戸が軽くて良かったぜ、カーミラさんみたいだったら運ぶのも大変だったろうからな!」


「あ゛?」


 あっはっはと笑う晴明は、麗美の変化に全く気が付いていない。

 先程までは顔を真っ赤にし、まともに顔を見る事も出来ない状態だったのが、今は普段通りいやそれ以上に冷たい眼差しで睨み付けて居る事に。


「安部君?」


「あっはっは……あっ」


 ようやく麗美から発せられる殺気に気が付いた晴明。

 そして氷の微笑を浮かべ、盃を掲げる様に右手を上げる麗美。


「潰す!」


「勘弁!」


 椅子を引っくり返し部屋の外へ逃げ出す安部の背に、逃がさんと言わんばかりに思い切り枕を投げつけるが、閉じられたドアに阻まれ虚しく床へ滑り落ちるのだった。


             ✳︎


「あ〜ヤバかった。今度こそ頭を潰される明確なビジョンが脳裏をよぎったぜ」


 つい思った事をそのまま喋っちまう、正直過ぎる性格は直さなきゃな〜


 その裏表の無い性格ゆえ、クラスでは男子生徒からも女子生徒からも人気が有るのだが、本人は気が付いていない。


「あら、晴明君。麗美は目を覚ましたみたいね」


「はい。なので俺もお役御免ですよ、そろそろおいとまします」


 麗美の様子を見に来たのか、丁度居合わせたカーミラに頭を下げる。


「そう? もっとゆっくりして行っても構わないのよ? 良かったら晩御飯一緒にどうかしら」


 今しがたまで食事の支度をしていたのか、エプロン姿のカーミラとキッチンから漂うカレーのスパイシーな香り。

 美味しいコーヒーを入れ、手作りクッキーを焼く人の手料理は正直食べてみたい。

 とても魅力的なお誘いだったが……


「いえ、今日は帰ります。さっきの話し自分なりに考えてみたいんです」


 俺の言葉に心底残念と言った表情を向けてくるカーミラを見て、少し決心がぐら付くが何とか思い止まる。


「そう……分かったわ、また何時でも遊びにいらっしゃい」


「はい。どうもご馳走様でした」


 もう一度丁寧に頭を下げ玄関に向かう。


「どう言う答えを出しても悪い結果にはならないわ。無理強いはしない、よく考えてみて」


「……はい」


             ✳︎


 マンションを出て暫く自転車を押しながら、麗美が気を失っている間にカーミラと交わされた会話を思い出す……

 

『……半吸血鬼ハーフブラッド。それがあの娘の正体よ』


『麗美が本当に吸血鬼バンパイアだったなんて……じゃあ俺が見たのは血を吸ってる現場って事ですか?』


『そう言う事になるわ、そしてわざわざ貴方を連れて来たって事は、貴方には暗示の類が効かないのね?』


『暗示……ですか?』


『そうよ、麗美の持っている数少ない能力の一つ。言ってしまえば催眠術ね、幻覚を見せたり相手の記憶を都合の良い様に書き換えたり出来るの』


『それをしなかったって事は……』


『そう、貴方には効かない。でも安心して、稀にそう言う人も居るから貴方だけと言う訳じゃ無いわ。

 だからあれ程、人には見られない様に気を付けなさいって何度も……』


『麗美が本物の吸血鬼だとすると、彼女に血を吸われた相手も吸血鬼になるって事ですか?』


『……晴明君は、吸血鬼が何故血を吸うか知ってる?』


『? ……食事みたいなものじゃ無いんですか?』


『一般的にはそう思われてるわね、でも実際は違うの。

 身体を維持するためだけなら、普通の食事だけでも平気なのよ、私もお料理は作るのも食べるのも大好きだし』


『カーミラさんの入れてくれたコーヒー、凄く美味しかったです。そう言えば麗美も普通に飲み食いしてましたね』


『有難う。それでね吸血鬼が吸っているのは、正確に言えば血では無く精気なのよ』


『精気?』


『精気って言うのはね、人の生命を活動させる元になる力。よく元気が無かったり、やる気が無い人に精気が無いって言うでしょ?』


『はあ……』


『でね、さっきも話した通り吸血鬼になった人間は一度死んでるわ、死んだ人間は自分で精気を作り出す事が出来ないの。普段の生活でも徐々に失われて行く精気、そして枯渇すればいずれ魂が死を迎える、そうなれば元々死んでいる体は朽ち果て土に帰っていく。だから他人の精気を奪う訳ね。

 そして一番効率の良い方法が……』


『血を吸う事……』


『そう、でもね血を吸う以外の方法でも実は精気をもらう事が出来るの』


『えっ! そうなんですか!?』

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