第4話 安倍晴明 後編

「あらあら、いつまで夫婦漫才を見させられるのかしらね?

 仲良しなのは良い事だけど、そろそろ上がったら?」

 

「ママ! 何言ってるのよ、誰がこんな奴と!」


 ママさんの一言でようやく正気を取り戻してくれた麗美れいみから解放され、今はリビングに置かれた4人掛けのソファーで、ズキズキと痛む頭をさすりながらくつろいでいる。

 因みに麗美も同じソファーに腰掛けているが、間二人分空けてだ。

 つまりお互い端と端に座っている事になるのだが、露骨に離れ過ぎじゃありません?


「どうぞ、コーヒーで良かったかしら?」


「あ、有難う御座います」


 目の前に置かれた上品なコーヒーカップからは白い湯気が立ち上り、ほのかな香りが鼻腔を刺激する。

 それ以外にも紙ナプキンを敷いた木皿に、綺麗に並べられた一口大のクッキーがテーブルに用意されていた。

 

「頂きます」


 そう言ってカップを手にし一口啜ると、香りと苦味、そして僅かな酸味が口の中に広がる。


 美味いな、ブラックって普段飲まないんだけどこれは全然飲める。インスタントじゃ無く、きちんとドリップした物だからかな?


 今度は木皿からクッキーを一つ摘み上げる。

 クッキーは一つ一つ僅かに不揃いで、市販の物とは明らかに違って見えた。


「今日焼いてみたのよ。お口に合うと良いけど」


 テーブルを挟んで俺たちの正面、毛足の長いフカフカのカーペットに正座で座り、にこやかに話す麗美ママさん。

 一口齧るとチョコチップの甘みに混じって、フワリとシナモンの香りが感じ取れた。


「手作りクッキーなんて初めて食べました。とても美味しいです」


「そう、良かったわ」


 俺の言葉にニッコリと微笑み、魅力的な笑顔を返してくれる麗美ママ。

 その笑顔の破壊力が凄すぎて、思わずドキドキしてしまう。


 大人の女性って感じだな……うちの母さんとは大違いだ。

 いや、母さんだって十分美人の部類に入るんだけど、この人はレベルが違うって言うかなんと言うか……


 ボンヤリ考えていると、視界の外でせわしなく動く気配を感じそちらを見れば、左手にマグカップを持ち右手は口元とテーブルをいそがしく行き来させ黙々とクッキーを頬張り、砂糖とミルクをタップリ入れたコーヒーで流し込む麗美の姿が。


 さっきのソフトの時と良い、ほんと甘い物好きなんだな〜今度はちゃんとパンケーキを奢ろう。

 しかし、次々とクッキーを口に詰め込み、頬を大きく膨らませている麗美は小動物的可愛さが有るな!


 等と普段はあまり見る事の出来ない彼女の姿に癒されつつ、和やかな空気の中時間が流れる……


「って、ちょっと待て! 何呑気にお茶してんだよ、俺に話しが有ったんじゃ無いのか!?」


 そう麗美の家に来たのは、なにも美味いコーヒーをご馳走になりに来た訳じゃ無い。

 吸血鬼がどうたらって、麗美の正体について話すと言われて来たんだ。


「そうなの? 麗美ちゃん。もしかして告白? ママ席外す?」


「違うわよ! んんっ……そうね、そうだったわね。マ、お母さん、実は……」


 ママって呼んじゃえば良いのに、もうバレバレなんだから……


 言い出そうとするが、モジモジして中々言い出せないで居る麗美。しかしやっと決心が付いた、と言うか覚悟を決めた表情で切り出す。


「正体がバレたの、現場を見られたわ……」


「あら……そう……」


 一大決心で話した割に麗美ママの反応は薄い……

 いや、そんな事なかった。


 スッと立ち上がった麗美ママは麗美の前まで移動すると、ズイっと顔を近付ける。それはお互い鼻の頭が触れ合うのでは? と思われる程の距離だ。


「ママ言ったわよね? 細心の注意を払いなさいって、あれほど口を酸っぱくして言ったのに。口で言っても分からない子には……」


 麗美の顔からみるみる生気が抜けて行く。元々色白なのが、今は真っ青だ。


 麗美ママの表情は変わらず笑顔なのだが、さっきまでの笑顔とは確実に違う。なんと言うか、怒りを隠す為の笑顔とでも言うのだろうか。

 そんな麗美ママが右手をワキワキさせ……


 あ、これ知ってるわ。


「お仕置き!」


「ミギャーーーーーー!!!」


 成る程、あのアイアンクローは母親譲りだったのか……


             ✳︎


 カーペットの上に転がり頭からプスプスと煙を上げる麗美を他所に、俺と麗美ママはお互い正座で膝を突き合わせていた。


「さて……そう言えば自己紹介がまだだったわね。私はカーミラ、麗美の母で吸血鬼よ」


「俺は、れ……浦戸うらとさんのクラスメイトで安部晴明あべはるあきって言います、って! カーミラさんも吸血鬼なんですか!?」


 なんか、凄いアッサリとんでもない事言われたんですが!?

 いやしかし、麗美が吸血鬼と言うなら母親も吸血鬼なのは当たり前……なのか?


「そうよ、正真正銘の吸血鬼。突拍子も無い話で、すぐには信じる事も出来ないでしょうけど」


 先程までのにこやかな表情は引っ込み、真剣な顔でそう言われれば冗談と笑い飛ばす事も出来ない。

 しかし、おいそれと信じる事が出来ないのもまた事実。


「流石に……何か証拠でも有れば」


「そうね……じゃあ、これならどうかしら」


 その言葉と共にカーミラさんの姿が突然目の前からかき消え、その場には今しがたまで着ていた衣服だけがパサリと音を立てて残される。


「えっ! えっ!? カーミラさん!?」


「こっちよ」


 声の方を向けば、キッチンの入り口からひょっこり顔だけを出しているカーミラさんの姿が有った。


「今のは……イリュージョン?」


 言ってから、そんな訳有るかっ! と心の中でセルフツッコミを入れる。


「能力の一つよ、霧になって移動したの。服を一緒に移動出来ないのが難点ね、だからあんまりこっち見ちゃ駄目よ」


「失礼しましたー!」


 その後カーミラさんの衣服を一纏めにして手渡し、今は奥で着替えの真っ最中。

 キッチンから時折響く衣擦れの音が艶めかしく、つい想像してしまい頭に血が上る。


「お待たせ、これで信じてくれたかしら?」


「ええ、まあ……」


 歯切れの悪い返事を返すが、能力とやらを目の当たりにしてしまうと信じない訳にも行かない。


「因みに他にはどんな事が?」


「そうね〜オオカミやコウモリに化けたり、化けなくても羽だけ生やして飛ぶ事も出来るわね。後は……晴明君、私はいくつ位に見える?」


 いくつって歳のことか? う〜ん、多分うちの母さんと同じ位だとは思うんだけど、外人さんだからかもう少し若く見えるな。

 母さんは早婚で、19で俺を産んだって言ってたから今は36だったはず……じゃあ。


「余り女性の年齢には詳しくないんですが……32、3って所ですか?」


「あら、若く見てくれて嬉しいわ。でも残念外れよ、150歳を超えた辺りから数えるのやめちゃったから、正確な年齢は私にも分からないのだけど」


「ひゃく!」


「これも能力の一つ、不老不死。一度死んでるから正確には不死では無いのかな?」


 そう言って、悪戯ぽい笑みを浮かべるカーミラさん。


「一度、死んでる……?」


「そうよ。人としての生が終わって、吸血鬼として蘇ったの。だからその時一度死んだ事になる訳ね」


 カーミラさんは何でも無い風に言っているが、内容としてはかなり衝撃的だった。


「どうして吸血鬼なんかに?」


 やはり永遠の若さとかだろうか? 女性ならそう言うのも有るかも知れない。特にカーミラさんみたいに美人なら尚更……


「好きでなったのでは無いわ。私を吸血鬼にした主人……あっこの場合の主人は夫の意味じゃ無く、主従関係の主人よ。

 とにかくそいつは酷いやつでね、ちょっと良い女と見れば手当たり次第に従属させて、手元に置きたがる変態野郎だったわ。しかもサディストときてたから、何人もの女性が酷い目に遭ってたの。

 私はまだそいつのお気に入りだったからマシな扱いを受けてたんだけど、そうじゃ無かったら今頃ここには居なかったわね。兎に角そいつから逃れる為に、当時イケイケだったハンターさんにチクって退治して貰ったって訳よ」


 ケラケラ笑いながら身振り手振りを交えつつ、近所の奥さんと井戸端会議でもする様な口調で語るカーミラさん。

 だが内容はとても、笑って話せる様なもんじゃ無い。


「は、はあ……ハンターって狩人とかの事ですか?」


 もうどこから突っ込んで良いか分からず、我ながら間抜けな質問だな〜とも思ったが……


「いいえ、特別な訓練を積み特殊な道具を使って、そう言う『人ならざる者』を専門に狩る人達が居たのよ」


 なんか、想像の斜め上を行く答えが返って来ちゃったんですけど!?

 聞けば聞くほど現実離れして行く内容に、俺の頭は既にパンク寸前です!


「そして今の主人、あっこの場合の主人は夫の方ね、ちゃんと人間よ。その主人との間に生まれたのが麗美。あの子は人間と吸血鬼の合いの子、半吸血鬼ハーフブラッド。それがあの娘の正体よ」

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