第3話 安部晴明 前編
何がどうしたって言うんだ。
突然走り出した
麗美が見ず知らずに男の首に、口付けをしていたのだ。
恍惚の表情を浮かべていた男だが、麗美が手を離すとその場に倒れて動かなくなっちまった。
まさか相引きか? とも思ったが、到底そんな風には思えない。
何せもう一人、気を失った女の人が居たからな。
そして麗美の言葉。
『貴方、
吸血鬼ってアレだろ? 人の血を吸って生きる化物で、日の光と十字架が弱点だっけか?
とにかく、それは物語りの中での話しで実在するわけ無い。
それに麗美は、普通に朝から日の光を浴びて登校してたぞ?
しかし、もし本当に麗美が吸血鬼だとしたらあの異常な瞬足や、馬鹿力も頷ける。
吸血鬼で無かったとしても、人間じゃ無い何か……
イヤイヤそんな訳無いだろ。
きっとアレだ、自分の事闇の眷属だーとか言う病気だろ?
厨二病とか言うやつ。
すげー身体能力を持った厨二病……
う〜ん、それも麗美のキャラとは合わない気もするが、吸血鬼とか言う人外の化物に比べりゃまだずっとマシだ。
「着いたわ。少し待ってて」
おっと、ぐちゃぐちゃ考えてる間に到着したか。
事情を説明する為家に連れて行くと言われ着いて来たが、ここは……
そこは駅から徒歩15分程に有る、ごく普通のマンションだった。
麗美は入り口に設けられたタッチパネルに、手慣れた手付きで暗証番号を打ち込みオートロックを開く。
うーむ。てっきり人気の無い町外れにひっそり佇む、古びた洋館とかに連れてかれると思ってた。
そんなもん有るって聞いた事無いけどな!
「こっちよ」
そう言ってマンションに入って行く麗美の後を追い、入り口を潜ると入ってすぐ左手に管理人室が有り、正面にはエレベーターが備え付けられていた。
至って普通のマンションだな……
いや、当たり前だ。麗美はごく普通のチョット痛めな女の子だって、さっき脳内会議で決着しただろ。
「マンションが珍しい?」
玄関ホールでキョロキョロしてた俺に、さっさとエレベーターに乗り込んだ麗美が声を掛けてくる。
「あっ、いやすまんすまん」
俺が乗り込むと、麗美は15と表示されたボタンを押し扉を閉める。
僅かな体重の変化と共に、静かに上昇を始めるエレベーター。
狭い密室で麗美と二人……ってイカンイカン、何考えてるんだ俺は。あ、でもなんか良い匂いがする……いや、だから! それじゃセクハラオヤジじゃねーか。
ん? 待てよ、俺汗臭かったりしないだろうな……
右腕を持ち上げスンスン鼻を鳴らしていると、いつの間にか顔半分だけ振り向いた麗美から放たれる、いつもの冷たい視線が俺に突き刺さった。
俺は誤魔化す様に上げた手で頭をポリポリ掻き、引き攣った笑顔を浮かべると麗美はプイっと顔を扉の方に向けた。
やべ〜焦った。でも部活上がりじゃ無いから、臭くは無いな安心したぜ。
その後は始終無言で、俺は数字が繰り上がって行く階数表示をただボンヤリ眺めていた。
その内、到着を知らせるチャイムの音と共に扉が開き、麗美と共にエレベーターを降りる。
俺を振り返る事も無くスタスタと進む麗美は、やがて突き当たりの部屋の前で立ち止まり「ここよ」と言いながら鍵を開ける。
ん? 鍵って事はまさか……
「もしかして、ご両親は留守なのか?」
はぁ……と、小さい溜息の後、俺に向けられる例の冷たい視線。
「何を期待してるのか知らないけど、マ……母が居るわ。習慣で居ても鍵は掛けてるの、変なのが紛れ込まない様にね」
最後の言葉と共に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる麗美。
そして扉を開き中に入ると、扉の陰から腕だけ出し俺を手招きする。
麗美のやつママ呼びなんだな……などと場違いな感想を抱きつつ扉をくぐると、麗美は脱いだ靴をキチンと揃えている所だった。
そしてなんか、ウサギ柄のやたら可愛らしいスリッパに履き替えている。
「ただいま」
「お帰りなさ〜い」
麗美の声に反応して奥から返事をしたのが、麗美のママさんなのだろう。
パタパタとスリッパの音が近づいて来た。
「麗美ちゃん遅かったのね……あら、そちらの方は?」
出迎えてくれたママさんは、流暢な日本語を話してはいるが明らかに日本人じゃ無かった。
北欧系の彫りが深い顔立ちに麗美と同じ銀髪を腰まで伸ばし、後ろで一纏めにした後更に先端で結んでいる。
街を歩けば十人が十人振り返る程の美人で、しかもこれまた日本人離れしたナイスなプロポーションをお持ちだ。
って言うかオッパイでけー!
部屋着なのか胸元がかなりラフな服を着ているので、谷間がバッチリ見えてて目のやり場に困る。
健全な男子高校生にとっては、少しばかり刺激が強すぎだ。
顔は麗美と似てるけど、胸は似なかったのかな……
何となく視線を麗美の方に向けると、冷たいを通り越し汚物でも見る様な視線を俺に向ける麗美と目が合った。
これは不機嫌なんてもんじゃ無く、ガチで怒ってらっしゃる?
「今とても失礼な事を考えているわね、
右手をワキワキさせながら、黒いオーラを発する麗美。
何で分かった! やっぱアレか? 吸血鬼だから心が読めるとかか!?
いやいやそんな訳あるか! そもそも麗美は吸血鬼なんかじゃ無く、普通の子だって決めたんだから。
そう、これは心を読まれた訳じゃ無い、麗美の被害妄想だ!
つまりまだ誤魔化せるっ!
……いや、そうじゃ無いだろう。心を読んだ訳じゃ無くても、
ならばそれに対して罪を償うのは道理。
分かったぜ麗美。お前からの罰、しかと受け止めて見せるぜ!
だがお前にも希望が有るって事、ちゃんと伝えるからな!
俺は一度天を仰ぎ見てから覚悟を決め、全てを悟った表情で再び麗美へ視線を戻す。
そして……
「大丈夫だ。今はそんな残念な状態だが、きっと将来はママさんみたいに大きくなるって。もしそうじゃ無くても俺は一向に構わなグギャー!!!」
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