第2話 浦戸麗美 後編
放課後、家路に着こうと下駄箱で履き替えていると……
「よう! れ……
声の主を嫌々振り返る。
そこには、さも嬉しそうな笑顔を浮かべる
「何故貴方が居るのかしら、部活なのでは?」
「自主的にサボった! って言うのは冗談で、まあこんなご時世だからな。部活も自粛だとさ」
口を尖らせ、まるで子供が拗ねている様な表情の安部。
今世の中では、タチの悪いウィルス性の風邪がが大流行している。その為外出を控え、集団行動を避ける様呼び掛けられている。
学校での活動も自粛傾向に有って部活、特に運動部は活動を控える事と決まったのだ。
部活は剣道部……だったかしら? 確か主将だか副主将だかをやってるって言っていたような。
まあ、適当に聞き流していたから良く覚えてないけど……
「全く嫌になるぜ、いつになった
「そうね。じゃあ……」
さっさとその場を離れようと会話を適当に切り上げるため、お義理で『また明日』と言おうとした矢先。
「そんな訳でどっか遊びに行こうぜ!」
親指を立てながら、満面の笑みで私の肩に手をかけて来る。
「貴方……今どう言うご時世か自分で言ってたわよね? それがどうしてそう言う話になるのかしら? 第一何故私が貴方と遊びに?」
心底嫌そうな顔で振り返りながら、肩に掛かった手をパッパと払う。
「まあ、そう言うなって。そうだ! なんか甘い物でも食いに行こう、奢るぞ!」
甘い物……そんな物で、この私がノコノコ付いていく程安っぽい女だと?
「駅前に何だかって言うパンケーキ屋が出来たって、クラスの女子達が言ってたぜ? 結構美味いらしいぞ! 良く知らんけど」
じゃあ、その話をしてた『女子達』でも誘って行けば良いじゃ無い。本人は気が付いていないけど、貴方結構女子に人気有るんだから、言えばホイホイついて来るのが何人か居るはずよ……とは言ってやらない。
なんかムカつくから。
私としては全く興味は無かったけど、美味しいパンケーキとやらがどんな物か気になったので、スマホで調べて見る事に。
そう、これはあくまで好奇心。別に食べたい訳じゃ無い。
駅前……パンケーキ……開店……
ああ、多分これね。
開いたページには、いかにも若い女性が喜びそうな色とりどりにトッピングされた、オシャレなパンケーキが並んでいた。
「へーなかなか美味そうじゃ無いか」
耳に息が掛かりそうなほど近くから聞こえた安部の声に、ビクリと肩を震わせる。
横を見れば私の肩口からスマホを覗き込み、そんな感想を漏らす彼の姿が有った。
「覗き見はマナー違反よ、安部君?」
安部の顔面を右手で掴み
「ギブギブギブ! 悪かった! もうしないから!!!」
このまま握り潰しても良かったんだけど、本人も反省してるし色々面倒な事になるので解放してあげた。
「いっつ〜〜〜れ、浦戸は足早いだけじゃ無く、力も強いんだな。ビックリしたぜ」
多少危うげだけど、名前呼びをしない約束は守ってるのね……まあ、それなら少し位ご褒美をあげましょうか。
「いつまでも遊んでないで、行くわよ」
「へっ? 行くって、何処へ……」
「奢ってくれるんでしょ?」
✳︎
駅前の雑踏を避け、少し離れた場所に有る公園のベンチに腰掛け二人でソフトクリームを食べる。
「いや〜すまんかったな、たかがホットケーキがあんな高いとは思わなかった」
お目当てのお店には行ったものの、店頭に掲示して有るメニューの値段を見て安部は血相を変えたのだ。
下調べもしないで誘うとか、有り得ないわね。
しかもこんな寒空に、外でソフトクリームなんて……
まあ、これはこれで美味しいけど。
季節は2月、暦の上ではとっくに春だがまだまだ寒い。
「別に気にして無いわ」
極力素っ気なく言ってから、冷たいクリームをペロリと一口舐めとる。
「この埋め合わせは絶対するから、次はホットケーキだろうがパンケーキだろうが必ず……」
今は
安部に目で訴えてからは、お互いしばし無言でソフトクリームを堪能するが、その内安部が私の事をチラチラ見ているのに気が付いた。
「何かしら?」
「あ、いや……
「
「何も問題無いよ。ただ、そんな顔もするんだな……って」
その言葉と共に、私はベンチから立ち上がる。
「あっ! すまん! 気を悪くしたか?」
「黙って……」
まだ何か言いたそうな安部を黙らせ、彼とは全く違う方向を見ながら耳を澄ます。
二日続けてとは、随分豊作だこと。
思わず口元が綻び、伸びかけた犬歯を舐めるように舌を走らせる。
「安部君、貴方は家に帰りなさい」
彼の方は向かずそれだけ言うと、私は脱兎の如く走り出す。
「え、ちょ……」
物言いたげな安部を無視し、公園を走る。
時間的にはまだ然程遅くは無いが、日の落ちるのも早く人通りは少ない。
公園中央はちょっとした森の様になっており、そちらに近づくにつれますます人影はまばらになって行く。
この奥ね……
足音を殺し木々の間を抜けて行くと、暗がりの中に二人の男女を見つけた。
下になった女を男が組み伏せ、片手で女の口元を覆いもう片方の手にはギラつくナイフを持っている。
男は手にしたナイフを器用に操り、女性のブラウスを胸元から順に一つ一つボタンを切り飛ばして行く。
女の方は恐怖で硬直しているのか、それとも抵抗する気力すら失せてしまったのか。
ただ黙って、暗闇に染まりつつある空に視線を向けていた。
「特殊な性癖のカップル……と言うわけでは無さそうね」
私の声にビクリと肩を震わせ、驚いた様子の男がゆっくりとこちらを振り返る。
しかし、私の姿を認めるなり「たまにはガキも悪くない」等と口走り、下卑た笑みを浮かべ近づいて来た。
私もニコリと冷たい微笑を浮かべ、髪を解きながら男に手を差し伸べる。
「良いわ、お相手してあげる」
月に照らされ白銀に輝いていた髪が、突然真っ赤に染まる。
いや、染まったのは月の方。
赤く大きな月に背後から照らされた私に、男がフラフラした足取りで近づく。
その顔は大きく目を見開き、口元はだらしなく半開きで何事かをブツブツと呟いている。
耳を澄ませよく聞けば「やめろ……そんな、何故……」等と聞き取れた。
自分の意思に従わない身体、さぞ怖いでしょうね。
でも安心して、怖いのはほんの一瞬だから。
目の前までやって来た男の首に両手を回し、首筋に口を近付ける。
そして大きく口を開けると、男の首に伸びた犬歯を突き立てた。
時間にすればほんの数秒。
ビクビクと痙攣する男から手と口から解放し、半歩後ろに離れると男はその場に膝から崩れ落ち、白目を剥き倒れ動かなくなった。
口元を拭い女の方を見れば、先程と同じ格好のまま気を失っている。
記憶を操作する必要も無さそうね。
そう思いその場から離れようとした矢先、背後からガサリと下生えを踏み締める音が聞こえ振り返ると、さっき別れた安部が呆然とした表情で私を見ながら立っていた。
「浦戸……これはどう言う事だ? その男に何をしたんだ? まさか、ころ……」
「死んでは居ないわ」
「じゃあ一体……」
ふぅ……
本日三度目のため息。
この男に催眠は効かない、なら仕方が無いわね……
私は立ちすくむ安部の横を通り過ぎ、数歩離れてからゆっくり振り返る。
「貴方、
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