俺の周りには変な女ばかり集まるんだが好きになった子が一番変だった件

ジョンブルジョン

第1章

第1話 浦戸麗美 前編

 赤い月を背に佇む小さな人影。

 足元には倒れ伏し、ピクリとも動かない男達の身体が数体転がっている。

 

「これに懲りたら、オイタは程々にする事ね」


 まるで鈴の音を思わせる、美しくも儚い声が辺りに響く。

 声を発した小さな影は足音も立てず、まるで舞でも踊るかの様に軽やかな、それでいて見る者を魅了する足取りで地面に転がる男達など見向きもせず移動すると、傍で座り込み自らの肩をいだきながら震える女性の前に立つ。

 怯えた表情の女性と目線を合わせるように腰を折った小さな影は、月明かりに照らし出され銀色に輝く腰まで伸びた美しい髪をかき上げ、月よりも赤い瞳で女性の目を正面から射抜く。


「早くお家へお帰りなさい。そして今日有った事は全て忘れるのよ」


 その声を聞いた途端、女性の怯えた表情は不意に消え失せ惚けた顔で一つ頷くと、フラつく足取りで通りに消えて行った。

 それを見送った小さな影は、まるで闇に溶け込んだかの様にスッとその場からかき消える。

 いつの間にか赤い月はその姿を消し、白い月明かりに照らし出された地面には、物言わぬ哀れな男達の身体だけが残されていた。


            ✳︎

 

 朝日の中、通学路を歩く少女。

 身に纏うは埼玉県南部に位置する、地元御神楽みかぐら市立高等学校のブレザー。

 日の光に照らされ煌めく銀色の髪は、後頭部で一本の大きな三つ編みに纏められ、先端は歩くに合わせ腰のあたりでユラユラと揺れている。

 日本人離れした美しい顔立ちだが、病人を思わせる青白い肌と赤みがかった瞳はまるでアルビノを連想させた。


「おはよう! 麗美れいみ


 背後から掛けられた声と共に、自転車に乗った長身の少年が追い付き彼女の横に並ぶ。


「お早う、安部あべ君」


 麗美と呼ばれた少女は、目も合わせず振り向く事さえせず、素っ気ない態度で挨拶を返した。


「相変わらずクールだね〜乗ってくか?」


 安部と呼ばれた少年は、自転車のスピードを歩く速度に合わせつつ、ポンポンと自転車の荷台を片手で器用に叩く。


「結構よ」


「そうか? 遠慮しなくて良いのに。それはそうと寒く無いのか?」


 今はまだ2月。周りを見ればコートを着込んでいる学生もまだまだ多いにも関わらず、彼女は制服のみで有る。寒そうに見られても確かにおかしくは無い、が……


「寒さには強いの。そう言う貴方だって上着は着ていないじゃない」


 安部も制服に首元だけマフラーを巻いた姿で、彼女と然程変わりはない。


「俺はチャリ漕いでる内に暑くなってくるからな!」


「そう。それはそうと……」


 麗美は僅かに瞳だけを動かし、気温よりもなお冷気を孕んだ冷たい視線を安部に投げかける。


「貴方とは名前で呼ばれる程、親しい間柄では無かったはずだけど?」


「つれないこと言うなよ、友達じゃないか。じゃあ代わりに俺の事も名前で呼んでくれて良いぜ『晴明はるあき』ってな!」


 安倍晴明。2年に上がった時のクラス替えで同じクラスになったから、知り合ってほんの一年足らず。

 当の本人は『友達』と言い張っているけど、私にそのつもりは全く無い。

 確かに教室ではやたらと話し掛けて来るし、登校中もこうやって纏わりついて来る。

 幸い彼は部活をやっているので、そうで無い私と下校時間まで被らないのが唯一の救い。


 はぁ……と、小さくため息をつく。


「遠慮しておくわ、馴れ合いをするつもりは無いの。大体何故名前で呼びたがるのかしら?」


「好きなんだよ」


 思いがけない言葉に、心拍数が跳ね上がる。

 人との接触を避ける様に生きて来た私に好意を向けて来る者など、今まで居なかったからだ。

 つまりは慣れていないのである。

 

「何を言っているの! お互い良く知りもせず好きだなんて軽々し……」


 なので、ついつい大きな声を出してしまうのも致し方ない事なのだが……


「麗美って名前さ、綺麗な響きじゃん。それに浦戸うらとって言い難くてな〜って、おっ! やっとこっち見てくれたな!」


 思わず彼を睨み付けた結果、図らずとも目が合う事になってしまう。


 名前の……事……くっ!


 色白な麗美の肌が、みるみる桜色に染まって行く。


 何て勘違いを! いえ、悪いのは紛らわしい言い方をした安部よ。

 もう面倒だから催眠をかけて……はダメね。


 以前試したのだが、何故か彼に効果が無かったのを思い出す。


「大丈夫か? 顔が赤いぞ、熱でも有るんじゃ無いか?」


 彼の大きな手のひらが無造作に前髪をかき分け、私の額にピタリと張り付かせて来る。


 ……!!!


「熱は無いみたいだな、むしろヒンヤリしてて心地……」


 彼の言葉を最後まで聞くこと無く、私はその場から駆け出していた。


「ちょっ! 急にどうした、つーか足はえーな!」


 背後から叫び声を上げ安部が自転車で追い縋って来るが、本気で走れば私の方が数倍早い。

 十字路に差し掛かったところでサッと身を翻し、彼の視界から一瞬姿を消す。

 後を追って来た安部も、ズザザーっと後輪を滑らせ自転車を真横に向かせて急停車するが……


「居ない……だと?」


 暫く辺りをキョロキョロ見回していたが、そのまま首を傾げながら学校の方に自転車を漕いで去って行く。

 そんな彼を私は屋根の上から眺めていた。


 何故逃げ出す様な事をしてしまったのか、自分でもよく分からない。

 ただ彼に触れられた途端、溢れ出した様々な感情が渦巻き居た堪れなくなって思わず走り出してしまったのだ。

 

「はぁ……今日はもうサボろうかな」


 本日二度目のため息をと共にそんな事を呟いてみたが、首を一振りし学校へ向かう。


 ダメね、ママにバレたら殺されちゃう。


           ✳︎


「うお! 麗美、なんで先に来てるんだ!? つーかお前、足早かったんだな!」


 安部が教室で私を見つけるなり、暑苦しく話し掛けて来る。って言うか、近い!


「余り耳元で大きな声を出さないで。後、名前で呼ばないでって言わなかった?」


「呼ぶなとは言われて無いな!」


 ちっ!……確かに。


「じゃあ改めて言うわ。名前で呼ばないで」


「断る! 俺は呼びたい様に呼ぶ!!」


「そう……好きにすると良いわ。その代わり、名前で呼ばれても返事はしないから」


 そう宣言すると、教科書を揃えてから片手に持ち席から立ち上がる。


「麗美、どこ行くんだ?」


「……」


「麗美さん?」


 彼の言葉を無視して、教室の扉に手を掛ける。


「……浦戸」


 私の本気具合がようやく伝わったのか、渋々と言った感じで苗字を呼んできた。


「一時間目は化学、理科室へ行くに決まってるでしょ」


「マジかっ!」

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