年輪のない男

万年筆

年輪のない男 【短編】

年輪のない男


 年輪というものが、ある。

 季節が移り変わり、その温度差のために幹の成長速度が変わりそれが同心円状に広がる。私には、ない。


 自責と後悔に苛まれ続け、私は時を止めてしまった。自分の時を止めた。美しい記憶を何度も繰り返す。私は時が経ち季節が移りゆくのを拒んだ。


 ものが前に進むためには何かを後ろに置いていかなくてはならないと耳にしたことがある。私は、世界が時間を前に進んでいくためには、世界の機序が正常に機能していくためには、それが必要だと信じて、後ろに、過去にとどまることを決めた。


 煙草の匂いが染み付いて直ぐには取れないように、後悔の悪習、惰性からは簡単には抜け出せない。一定の運動を続けるものを別に動かすにはある程度の力が必要だ。錆び付いた歯車は、たやすく回り始めるものではない。


 外へ出て、彼女の姿を探した。太陽の照る日も、吐息の白い日もあった。しかし彼女が恐ろしかった。今の彼女は、過去から続く私を否定する。私は過去の彼女を探していた。過去の彼女が今の彼女に続いているという実感がない。


 散歩をした。駅の改札を通り抜けてホームに立っていた。特急の通過するのが、案内で知らされた。掲示板に光る文字や数字は目には入っていなかった。音が近づいてくる。レールと車輪の滑る音。目の前の空気が裂かれる。体を風が押す。轟音と銀色の壁が立ちはだかる。それが走り抜けた後も空気は電車を追って走っていた。死は延期され、再び後悔の繰り返しに私は戻っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年輪のない男 万年筆 @mannenhitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ