第48話 勇者エルネストの没落 その7
「世界の半分……だと?」
エルネストは後退りながら呟く。目の前の老人には、確かにそれを可能にすることができるほどの力がありそうだった。
――これは……どうしたものか。
生唾を飲み込み、ファクトベースで現在の状況を分析するエルネスト。
「そうじゃ。さあ、お主の答えを聞かせてみろ勇者よ」
「――もし仮に断ったら……貴様はどうするつもりだ?」
「ふむ、そうじゃな……」
その言葉を聞いた老人は、近くに居たスライム達を右手で軽く振り払う。
すると、スライムは三体とも一瞬のうちに消し炭となった。
「……こうなるのう」
「何だと…………?!」
エルネストの頬を冷や汗が伝う。
――やはり、まともにやりあって勝てる相手ではない。しかし、自分には勇者としての使命がある。
「なるほどな……」
「選ぶのだ勇者エルネスト。ワシに手を貸し、恥と引き換えに権力を手にするか、それとも誇り高き使命の元に殉じるか」
「…………………………………………」
自らの命か、勇者としての使命か、エルネストは激しく葛藤する。
「ぺろぺろっぺろぺろぺろッ!」
「な、なんじゃ!?」
――はずがなかった。
流れるような美しいフォームで土下座に移行し、老人の靴を舐め始めるエルネスト。
彼の突然の奇行に、さしもの魔王も動揺せずにはいられなかった。
「生意気な口を利いて申し訳ありませんッ! あなたに服従いたしますううううううううッ! ぺろっぺろぺろぺろッ!」
「お、お主に……勇者としての矜持はないのか……?!」
無い。なぜなら彼は勇者である以前にエルネストであるからだ。
彼の辞書に、葛藤や矜持などという生産性のない文字はないのである。
「なんでもしますううううううううッ!」
「……この恥知らずが……!」
全力で土下座し、老人の靴を舐めながら服従の意思を示すエルネスト。
そこに、かつて勇者と讃えられた者の威厳はなかった。
――くだらないプライドなど投げ捨てる。勝てない勝負はしない。
それが、彼の人生における……勇者としてはおおよそ褒めるに値しないモットーだったのである。
「ぺろぺろっぺろぺろぺろッ!」
「もうやめろッ!!!!」
エルネストによる全力の媚売りは、魔王を圧倒した。
「もう宜しいのですか?」
「やめろと言っている!」
「かしこまりました」
魔王の指示に従い、エルネストは立ち上がる。
――まったく、こういった事態に備えて、靴舐め要員としてリタを……あの犬女をパーティに入れていたというのに…………使えん奴だ。つくづく、俺はパーティメンバーに恵まれんな。
その内心では、そんなことを考えていた。
「ま、まさか……現代の勇者がここまでプライドの欠片もないクズになっているとは思わなかったわい。……こりゃあ、案外簡単に世界を征服できそうじゃのう」
「魔王様のお力があれば、その程度造作もないかと」
「そうかそうか! 勇者が言うのじゃから間違いないのう!」
「はい!」
気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべて魔王の言葉を肯定するエルネスト。
「……それで魔王様。私に力を取り戻すのを手伝って欲しいとほざい――仰っていましたが、今はまだ万全な状態ではないのですか?」
「うむ、その通りじゃ。ワシの封印は、まだ完全に解け切っとらん」
「なんと……! まだ隠し持っている力がお有りとは……!」
「ふふふ、魔王をみくびるでないぞ」
「さすが魔王様!」
適当におだてられ、得意げな魔王。
「そこで、お主にはワシの封印を完全に解くのを手伝って欲しいのじゃ」
「そのような大役を私が……! 光栄です!」
「じゃが……封印を解くのにはとてつもない危険が伴う。果たしてお主にできるかのう?」
エルネストのことを試すかのように、そう問いかける魔王。
――そんなもの、内容次第に決まっているだろう。いちいちくだらない定型文でのやり取りを俺に要求するな。先にサマリーを話せこのクソ●●●。
「はい、私にお任せください!」
エルネストは、魔王の勿体ぶった話し方に内心苛つきながらも、そう言った。
「ですが……一つ、お願いしたいことがございます」
「ほう。それは何じゃ?」
「大変お心苦しいのですが……任務の遂行に当たって、私に魔王様お力を分け与えてはいただけないでしょうか?」
「ふむ……そうじゃな」
魔王は、しばらく考えてから答える。
「よかろう、お主に魔王の力の一部を分け与えてやる」
「ありがたき幸せ!」
エルネストは、深々と頭を下げる。
――所詮は老ぼれか。……クククッ!
そして、魔王の見えないところで顔を全力で歪ませてほくそ笑んでいた。
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