第13話 事件発生?
冒険者ギルドの入口の方へ振り返ると、そこにはひどく取り乱した様子の女がいた。
女は腰から剣をさげていて、鎧を着込んでいる。その装備からして、おそらく戦士だろう。
「おいおい、今度はなんだ?」
「俺、今度の仕事が終わったら結婚するんだ。厄介ごとは勘弁してくれよ……」
「わいわい」「がやがや」「ざわざわ」
並々ならぬ様子の女が駆け込んできたことで、ギルドの冒険者たちがざわつき始めた。
「あらあら、何事かしら?」
カーミラは、まるで騒ぎを楽しむかのような笑みを浮かべながらそう呟く。
「………………!」
ちなみに、クラリスはこれ以上失言をしないように自ら口をつぐんでいる。
「だ、誰でもいい! 俺の 話を聞いてくれ! 聞いてくれよおおおおおおおおッ!」
女戦士はかなり錯乱している様子だ。
「一体どうなさいましたか?」
受付嬢の一人が小走りで女戦士へ駆け寄り、そう問いかける。
「お、オレの……相棒が……!」
「死亡報告ですか?」
「ち、ちげぇよ! 縁起でもねえこと言うんじゃねぇ!」
「申し訳ありません。それでは、詳しい話はこちらで――」
「そんな場合じゃねえんだよ! 下水道で大ネズミの退治中に……オレの相棒がスライムに呑まれちまったんだッ!」
女戦士は悲痛な面持ちでそう叫んだ。すると、周囲の冒険者たちが笑い声を上げ始める。
「なんだよ、恐怖で頭がおかしくなっちまった新米か!」
「がっはっは! こいつはケッサクだぜ!」
「スライムに呑まれただって? あいつ、寝ぼけてるんじゃないか?」
冒険者たちの言葉に、女戦士はむきになって反論する。
「違う! 本当なんだ! 信じてくれよおおおおおおおおおおッ!」
「あの、もう少々音量を下げていただけませんか?」
迫真の叫び声を発する女戦士。見た限りでは、とても嘘をついているようには思えない。
「下水道のスライムって……人襲うんですか?」
マルクは首を傾げながらカーミラにそう問いかけた。
「いえ……町の下水道にいるのは、浄水用に品種改良された温厚で臆病な種のはずよ。一個体のサイズも小さいし、襲われて呑み込まれるなんてありえないはずだけれど……」
「やっぱり、そうですよね」
「マルクちゃんはあの女の言っていることが気になるのかしら?
「はい、少しだけ気になります……下水道のスライムが暴れているとなれば、大変なことですし……」
「そう。じゃあアタシが話をつけてくるわね」
「…………え?」
カーミラはそう言うと、マルクのそばを離れて女戦士と受付嬢の元へ歩み寄っていく。
「な、何をするつもりなんでしょうね、カーミラさん……」
「………………!」
クラリスからの返事はなかった。どうやら、まだ両手で口元を塞いでいるらしい。
「あの……クラリスさん。さっきのこと、僕は気にしてませんから、別に自由に話しても良いんですよ?」
その様子を見て、いたたまれなくなったマルクはクラリスにそう告げた。
「マ、マルクさん…………!」
目元を潤ませながら、じっとマルクのことを見つめるクラリス。その両手が、わなわなと動いている。
「なんてお優しいのでしょうかっ! ううううううううっ!」
「うわぁっ!?」
マルクは突然、クラリスに力強く抱きしめられた。全身がクラリスの体にうずまり、身動きが取れなくなる。
「む、むぐ!」
「マルクさんのその慈悲深く美しい心根、大変尊く思いますうううううっ!」
顔に押し当てられた胸のせいで、上手く呼吸ができない。
頑張って息を吸うと、せっけんの良い香りがした。
――あ……昨日のお風呂の匂いだ……。
マルクの頭にふとそんな考えがよぎる。そして風呂場でクラリスとカーミラにもみくちゃにされたことを思い出し、自分の体が火照っていくのを感じた。
頭がぼうっとして、心臓がどきどきする。
「やめ……て……
クラリスの抱擁力に耐えきれなかったマルクの腕が、だらしなく垂れ下がった。
「そのくらいにしてあげなさい。あんまりやりすぎると、マルクちゃんが死んじゃうわよ?」
その時、マルクの背後からカーミラの声が聞こえてきた。
「――はっ、ワタクシとしたことが! も、申し訳ありませんっ! マルクさん!」
そこでようやく、クラリスは抱きしめていたマルクの体を解放した。
「あ……ぼ、ぼくは……だいじょーぶ…………です……」
「ほら、こんなに赤くなちゃって。いじめたくなってしまうわね。うふふっ!」
カーミラは、妖艶な笑みを浮かべながらマルクのほおをつつく。
「あうぅ……」
そして、こう続けた。
「それじゃあ、行きましょうか?」
「……行くって……どこに行くんですか?」
マルクの問いかけに対し、カーミラはあっけらかんとして答えた。
「どこって決まっているでしょう。下水道調査よ。ちゃんとギルドから報酬も出るから、安心なさい」
「調査?」
「ええ、簡単な見回りと、ついでにあの新米冒険者さんの相棒――小人族の女の子を回収すれば依頼達成よ。さあ、行きましょう?」
そう言った後、カーミラは足早にギルドを出て行ってしまった。
「あ……行っちゃった……」
「まったく、一人で話を進めるだなんて、けしからんですね!」
「と、とにかく僕たちも付いていきましょう」
「あ、待ってください! ……まったく、マルクさんまで……」
仕方なく、マルクとクラリスもその後を追うことにした。
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