第14話 下水道を這いまわるアレ

「……ほお、下水道ってこんな感じになってるんですね。初めて見ました!」


 クラリスは、町はずれにある下水道の入口から中を覗き込みそう言った。


「下水道の大ネズミ退治と言えば新米冒険者がこなす定番の依頼だけど、あなたやったことないの?」

「ええ。ワタクシは怪我や病の治療をするくらいで、あまり冒険者らしいことはしていません」

「ふうん、じゃあ見ものね」

「な、なにが見ものなんですかっ!」


 カーミラの言葉に対し、目に見えて動揺するクラリス。


「うろついている魔物の見た目がちょっとアレなだけです。スライムのおかげで臭いはそこまでひどくありません」


 マルクは、ポケットから取り出した予備の魔術師用手袋をつけながら答えた。


「あ、アレ……? アレって、一体何なのですか……?」

「――――行きましょう。僕としても、あまり下水道なんかに長居したくありません」

「マルクさん!?」

「うふふ……楽しみね……」


 こうして、一行は下水道へと足を踏み入れる。


「――――――――あれ?」

「どうかしましたか、マルクさん?」

「い、いえ、ただの下水道にしてはやけに魔力に満ちているような気がして……」

「そうなんですか?」


 首を傾げるクラリス。


「言われてみればそうね。まあ、気にするほどのことでもないんじゃないかしら」

「そうだといいんですけど……」

「とにかく進んでみましょう? そしたら何かわかるかもしれないわ」

「それもそうですね」


 こうして、マルクたちは下水道の通路を進み始めた。


 隊列は、先頭に松明を持ったクラリス、その後ろからマルクとカーミラが周囲を警戒しながらついていく形になっている。


「きゃああああああああああああああああああッ!」


 そして、クラリスが悲鳴を上げたのは下水道調査を初めてからすぐのことだった。


「な、なんなんですか……あっ、アレは……!」

「早速お出ましね」


 三人の前に立ちふさがったのは、羽を持ち、黒光りし、やたらと素早く動く巨大な虫だった。


「ビッグコックローチ……下水道を這いまわる魔物です――通称<G>!」

「お、大きすぎますッ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」

「どうしてよ。可愛いじゃない」


 カーミラはにやにやと笑いながら言った。どうやら、クラリスが取り乱す様を楽しんでいるようだ。


 やがて、<G>は口から捕食した大ネズミの骨を吐き出すと、三人目掛けて飛び掛かってきた。


「い、いやああああああああああああああああああああッ!」


 絶叫してその場にしゃがみ込むクラリス。


「ファイアボールッ!」


 マルクはとっさに、<G>へ向けて魔法を放つ。すると、<G>は炎に包まれながら下水の中へ落ちていった。


「た、助かりました……」

「……優秀じゃないマルクちゃん。嫉妬しちゃうわ」

「フレイムピラーッ!」

「……………マルクちゃん?」


 マルクは水の中へ落ちた<G>へ追撃する。水中から大きな火柱が上がり、周囲が炎に包まれる。


「ファイアボールッ!」

「マルクちゃん!」

「フレイムピラーッ!」

「それ以上やったらアタシたちまで巻き込まれちゃうわ!」

「アトミックファイアーッ!」

「お願い! もうやめてっ!」


 カーミラの叫び声が、下水道内にこだました。




「――ぜぇ……ぜぇ……これで大丈夫です……安心してください、クラリスさん」

「さすがです! ワタクシ、マルクさんに深く感謝いたします!」

「えへへ」


 マルクは恥ずかしそうにはにかむ。


「もう消し炭すら残っていないでしょうね……可哀そうに……」


 そんな二人の様子を横目で見つつ、カーミラはため息をつく。


「先へ進みましょう。またアレと遭遇したら厄介です」

「そうですねマルクさん!」

「…………そう、マルクちゃんもアレが苦手だったのね」


 カーミラは、ぼそりとそう呟いた。


 それからしばらくは、特に何事も起こらず、一行は順調に内部を進んでいく。


「そういえばちゃんと話してなかったけど、これの報酬いくら出ると思う?」


 途中で、カーミラが振り返りそんなことを言ってきた。


「えっと、わかりません。下水道の調査ですから……金貨十五枚くらいですか?」

「……残念はずれ。金貨三百枚よ。三人で山分けしたとしても、一人当たり百はもらえるわね!」

「さ、三百枚!? そんなにたくさん!?」


 驚愕するマルク。ちなみに、クラリスは報酬の相場にうといらしく、いまいちピンと着ていない様子だ。


「そんなにすごいんですか? マルクさん?」

「すごいもなにも……破格の報酬です……! どうしてそんなに!?」

「ええ、そうよ。ただの下水道調査なんて簡単な依頼で、こんなにもらえちゃうなんてラッキーよね。なんでも近頃、アタシ達と同じように下水道に入った冒険者たちがみんな戻って来ていないらしいの。それで、どんどん報酬が上がっていってこうなったらしいわ!」 


 カーミラの発言に、周囲の空気が凍り付く。


「え……それって……」

「明らかに、何かよろしくないことがここで起こっているのではありませんか……?」



「大丈夫よ! だって、アタシたちみんなそこそこ優秀じゃない。大抵のことじゃ全滅なんてしないわ!」

「全然大丈夫だとは思えないのですが……?」

「あと……そうそう、さっき言った新米冒険者さんの相棒を回収すれば、さらに金貨百枚上乗せよ!」

「その回収という言い方はやめていただけませんでしょうか! 不謹慎で――」


 その時、背後でぼとりと何かが落ちた。


 一行は、思わずそちらへ目を向ける。


「これは…………!」

「おいたわしや……どうか安らかに……」


 クラリスは、落ちてきたそれへ向かって手を合わせた。


 天井から落ちてきたそれは、人骨だ。しかも、最低でも五人以上のものが緑色の粘液でひとまとまりになって、混ざり合っている。


「――あらら……? もしかして、アタシが思っている以上に厄介なことになっていたりするのかしら……?」


 その様子を見たカーミラは、頭に手を当てながらそう言った。

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