第12話 冒険者ギルド

「おねがいしますぅぅぅ! もう一度っ、もう一度だけチャンスをお与えくださいぃぃっ!」

「見捨てないでっ! アタシのこと見捨てないでえええええぇ!」


 宿屋を後にしたマルクは、後を追ってきたクラリスとカーミラに付きまとわれていた。


「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくださいっ! 僕は別に見捨てたわけじゃ……」

「ではなぜワタクシを置いて出て行ってしまったのですかっ!?」

「アタシだって、まだ吸わせてもらってないのに置いてくなんてあんまりよ! ウソツキ!」

「うぅ……誰か助けて……」


 人通りの多い町中で、圧の強い二人にしがみつかれたマルクは、困ったように歩みを止める。


「――と、とにかく、落ち着いてください。……大の大人が、みっともないですよ!」


 そして、たまらずそう言った。


「うぐぅっ!」「はうぅっ!?」


 マルクの何気ない一言は、二人に予想以上のダメージを与えたようだ。


「あ……ごめんなさい。言い過ぎました……」


 とっさに、先ほどの発言を謝罪するマルク。


「やめてちょうだい……謝られると、かえって傷が深くなるわ……」

「おお神よ! 愚かなワタクシに罰をお与えください……っ!」


 しかし、逆効果だったようで、二人はより一層落ち込んだ。


「と、とにかく、僕はお二人にこれ以上迷惑をかけたくないんです。……さっきはちょっとだけ気が動転してて雇って欲しいなんて無理を言っちゃいましたが、もう大丈夫です」

「迷惑だなんて、思っていませんよ? それに、マルクさんを一人にしておくことなど、神が許してもワタクシが許しません!」

「えぇ……」


 クラリスの半ば信仰を捨てているかのような発言に、マルクは困惑する。


「それに、今のマルクさんはとても危険な状況にあるんですよ? だからワタクシがお守りしなければなりません!」

「そうよ、あなたの魔力を狙う不埒ふらちな輩は沢山いるわ。なにせ<神童>だものね。それに、アタシだってまだちゃんと吸ってないし……」


 その発言に、クラリスはむきになって噛みつく。


「ほら見てください! マルクさんはこういう危ない人たちに狙われているんです!」

「でも大丈夫よ。アタシ以外にマルクちゃんは渡さないから」


「一番危ないのがあなたなんですよ! 理解してください!」

「いいえ、自覚のないむっつりすけべ聖女様の方が危ないわ」

「ワタクシはむっつりすけべなどではありません! ああ、すけべなどと……口に出すことすらはばかられるというのに……!」

「ほおら! やっぱり自覚ないんじゃない!」


 マルクを取り合い、わいのわいのと盛り上がる二人に、通行人の視線が集中する。


「あうぅ……」


 マルクはとても恥ずかしい気分になった。周囲の視線が突き刺さって胸が痛くなるような感じがする。


「わ、わかりました……僕はこれから冒険者ギルドに行くので、もう好きにしてください……」


 そして、とうとう折れてしまったのだった。



 マルクがギルドの扉を開けると、周囲の視線が自分の集中しているのがわかった。


「おい、あれが噂の……」

「ああ、なんでも最近、勇者のパーティを追放されたらしいな」

「美しいおみ足だぁ…………」

「けッ、生意気そうなガキだぜ。実力も大したことなさそうだな」


 どうやら、マルクが勇者パーティを追放されたという話は、ギルド中に広まっているらしい。


「お、おい、後ろにいるのは……!」

「ひぃぃっ!」


 しかし、今回はなぜか他の冒険者が絡んでこない。マルクの背後にぴったりとくっついたカーミラとクラリスが、周囲の人間を威圧しているのだ。


「なんであんな痴女どもが……あいつの後ろに……!」

「や、やめろ、目を合わせるんじゃない! 命がいくつあっても足りないぞ……!」


 怯える冒険者たちをよそに、マルクは依頼が貼りだされた掲示板の前までやってくる。


「ふぅ、なんだか今日はギルドの様子がいつもと違いますね。少し安心しました。……えっと……どの依頼にしようかな……」

「ゴブリン退治に薬草採取…………あんま良さそうなのはないわね」

「お、こっちにはくらうどふぁんでぃんぐ? とやらの募集がありますよ。ええと、なになに……勇者エルネストに助けてもらう権利……金貨五千枚……! な、なんたる守銭奴……! ――はっ!」


 クラリスは、マルクのことを追放したエルネストの名前を口に出してしまい、慌てて口元を塞いだ。


「クラリス、ここにはお金を稼げる依頼を探しに来ているの。あなたは少し黙っていなさい」

「……はい、そうします」


 カーミラに怒られ、肩を落としてしょんぼりとするクラリス。


「う、うーん……やっぱりカーミラさんの言う通り、どれもいまいちですね――」


 その様子を見たマルクは、気まずい空気をなんとかするために、話題を変えようとする。


「そうね。やっぱりカジノに――」


 カーミラがそう言いかけたその時、突如としてギルドの扉が勢いよく開け放たれた。


「だ、だれかっ! 助けてくれっ!」


 そして、ギルドの中へ駆けこんできた何者かがそう叫ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る