第9話 勇者パーティの崩壊 その2


「……それで、来てないのは誰なんだい? なんだったら、私が探してくるよ!」

「ゴルドムだ」

「……いや、顔も知らないのに名前だけ言われてもわかんないが? 見た目とかを教えてくれたまえよ。そのくらいわかるだろう普通。常識ないね☆ 私もないけど☆」


 注文したミルクに口をつけながら、ルドガーはふてぶてしくそう言った。


 それに対しエルネストは額に青筋を立てながら答える。


「……髭をはやした大男だ。常に黒い鎧を着こんでいるからどこに居ても良く目立つ」

「ぶーーーーーーーーーーーッ!?」


 口に含んでいたミルクをエルネストに向かって噴き出すルドガー。


「しししししつれい、すまない」

「……どうしたんだ?」

「い、いやぁ、ゴルドムかぁー、ゴルドムっていうのかー……良い名前だねー」


 見るからに取り乱すルドガー。


「黒い鎧を着こんだ……大男……ねー、はいはい……」

「お前、何か知ってるのか?」

「い、いやー、まったく心当たりがないなー!」


 エルネストはいぶかし気にルドガーの顔を見た。


「ひゅひゅひゅひゅっひゅっひゅー」


 そっぽを向いて、壊滅的に下手な口笛を吹くルドガー。


 その時、再び酒場の扉が勢いよく開かれる。


 肩を怒らせて入ってきたのは、ずぶ濡れになった黒い鎧の大男――ゴルドムだった。


「あ――」


 ルドガーは、口をぽかんと開けてゴルドムが入ってきた酒場の入口へ目を向ける。


「おいおい、なんだそのザマは? 傑作だな!」

「ぎゃはははは!」


 ずぶ濡れになったゴルドムを指さしながら笑うシリルとエイラ。


 ゴルドムは何も言わずにずかずかと酒場の中へ上がりこみ、空いていたルドガーの隣の席へ座った。


「や、やあ、ごきげんよう。キミが噂のゴルドムくんかな?」

「……ああ、そうだ。お前があのガキの代わりに新しく入ってきたって新入りか?」


 鎧の中から出てきた魚を、テーブルに叩きつけながらそう問いかけるゴルドム。


「わっ、私の前任者のことは知らないけど……そうだよ! あは、あははー」


 冷や汗をかきながらぎこちなく笑うルドガー。


「随分遅かったようだが、一体何があったんだ? 結論から話せ」


 エルネストが腕を組みながらゴルドムへ問いかけた。

 

「……誰かが後ろから突き飛ばして来やがった。お陰でこっちは川に真っ逆さまだ! クソが! F*ck!」


 ゴルドムは、腹立たし気にテーブルを殴る。大きな音が鳴りテーブルが、がたりと揺れた。


「どこのどいつだか知らねぇが……もし見つけたらぶっ殺してやるよぉ」


 顔を真っ赤にして激怒するゴルドム。周囲の冒険者が委縮し酒場の空気が張り詰めるくらい、この上なく怒っていることが一目でわかった。


「そ、その人も別に悪気があったわけじゃないと私は思うなー。あ、あははー……!」


 ルドガーがぽつりとつぶやいた言葉に、ゴルドムが反応する。


「悪気なく突き飛ばすヤツがいんのかよ? え? Pardon?」

「き、きっと軽い挨拶のつもりだったんだよ。ほ、ほら、ポンって人の背中を叩いたら思ったより力を入れすぎることってあるだろう?」

「Are you f**king kidding me!?」


 ルドガーは、ゴルドムが何と言っているのか分からなかったが、とても怒っていることだけは理解できた。


「そっかー、ないかー。そだねー」

「あんまふざけたこと言うなよ? 今のオレは誰でもいいからぶん殴りたい気分なんだからよォ!」

「さ、っさっせん誠に申し訳ございませしたーんでした!」


 言うまでもなく、ゴルドムを橋から川へ突き落したのはルドガーだ。本人の言う通り彼女にとっては、通行人にする軽い挨拶のようなものだったが、重い鎧を着こんでいたゴルドムは、奇跡的にバランスを崩して橋の底へ落ちてしまったのである。


 非力なルドガーに鎧を着こんだ大男を川から引き上げることなどできないし、そんなことができる魔法も覚えていない。幸い目撃者は存在しなかったので、ルドガーは死者へ送る祈りを捧げ、大男の無事を祈り、指定された集合場所へ急ぐことにした。


 ……その時の大男が、あろうことかこのパーティの一員だったのである。


「クソが……絶対見つけ出して****してやる……! その後は豚の餌だ、クソが!」


 ゴルドムは、ルドガーの隣でぶつぶつと物騒なことを口にしている。


「……さて、全員揃ったことだし、今度の依頼についてのサマリー概要を話すとしようか」


 テーブルを囲むパーティメンバー全員を見回しながらそう言うエルネスト。


「は、ははは、このテーブルは異国の言語が良く飛び交うみたいだね……ははは……!」


 ――私、この依頼が終わったらパーティ抜けよ。


 ルドガーは、心の中で密かにそう思った。

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