第8話 勇者パーティの崩壊 その1

「どうしてっ!? どうしてマルクを追い出したりなんかしたのっ!?」


 頭から尖った獣耳を生やし、茶色い尻尾を持った犬の獣人の少女――リタは、テーブルに手をついてパーティメンバーを問い詰める。


「みんなどうかしてるよ! だってマルクはボク達の仲間じゃないか!」

「そう思ってたのはキミだけってことだぜ、子犬ちゃん」


 鋭い目つきをした、キザな男――剣士のシリルは、そう言いながらにやにやと笑う。


「そうね。ワタシもションベン臭いガキが居なくなってせーせーしてるわ」


 シリルに同調したのは、治癒術師の女――エイラだ。


「ひどい……! 大切な仲間によくそんなことが言えるね!」


 リタは二人に軽蔑の眼差しを向ける。その表情は怒りに満ちていて、今にも飛び掛かりそうだった。


「……落ち着けリタ。あいつはこれから先、このパーティにとって足手まといになる。だから追い出したんだ」


 そう言ったのはエルネストだ。


「――っ! マルクはキミのことを誰よりも尊敬してたんだよ!?」

「ああ、そうだな」

「マルクの魔法にどれほど助けられたか忘れたの?」

「今の名声があれば、もっと優秀な魔術師を仲間にできる。あいつは力不足だ」

「でも、マルクはずっとパーティに貢献しようって必死に頑張ってたじゃないか!」

「必死に頑張っていた? アグリー同意できかねる。大した結果も出さずに、頑張ってたなんて言い訳が通用すると思っているのか? お遊戯会じゃないんだぞ?」


 エルネストは、まるで聞く耳を持たない。


「オマエ……いい加減にしろよ……!」


 リタは怒りで声を震わせる。テーブルから身を乗り出し、今にもエルネストに掴みかかりそうだ。


「おっと、そこまでだぜ子犬ちゃん」


 シリルは、勢いよく立ち上がったリタを制止した。


「落ち着きなさいよリタ。あいつ、あんたに懐いてたから納得いかないのもわかるけど、客観的に見てこのパーティに不必要だったわよ。足手まといのガキなんて最悪じゃない」


 そう言ってニヤニヤと笑うエイラ。


「うるさいッ!」


 リタは怒鳴った。その様子を見たエルネストは深くため息をつく。


「……怒っているところ悪いが、マルクの次に使えないのはお前だぞ、リタ。お前には『将来性』があるから置いてやっているが」

「…………!」


 痛いところをつかれリタは動揺する。マルクの次に若い彼女は、このパーティ内において低い立場にあるのだ。


「他人の心配より自分のこと心配した方がイイんじゃな~い?」

「ま、捨てられたら俺が飼ってやんぜ、子犬ちゃん。」


 シリルはリタの肩に腕を回して笑う。


「触るな!」


 怒りが頂点に達したリタは、シリルの手に思いっきり噛み付いた。


「ッ! やりやがったなこのクソ女ッ!」


 シリルはリタを乱暴に振り払う。そして体を吹き飛ばされ地面に倒れたリタの胸ぐらを掴んで、殴りかかろうとした。


「……やめろ。無駄なことをして消耗するな。生産性が低いぞ。ベネフィット利益がない」


 とうとう見かねたエルネストは、シリルの腕を掴んで止めた。


「……ッチ。先にやったのはあいつだぜ。リーダーさんよ」

「お前は加減をしらないからな。俺が代わりに『教育』する」


 そう言って、エルネストは床に倒れているリタへ近づくと腹部を蹴飛ばす。


「ぐうっ……かはっ! ごほっ、ごほっ!」


 完全に不意打ちだった。リタはうずくまり、苦しそうに顔を歪める。


 エルネストは、そこからさらに二、三発ほどリタを蹴飛ばした。


「ぐぅぅ……うぅぅぅっ!」

「復唱しろ。勇者パーティーはとてもアットホームなチームです」

「うぅ……ぐぅっ……」


 リタは悔しさのあまり涙を流す。


「どうした。早くしろ。勇者パーティーはとてもアットホームなチームです、だ」

「ゆ、ゆうしゃぱーてぃーは……とても……あっとほーむなちーむ……です」

「……ふん。これに懲りたら、つまらない真似はやめろ。生産性が下がる」


 エルネストは、最後にそう吐き捨てた。


「ぎゃはははは! だっさ~い!」


 エイラは治癒魔法でシリルの手の傷を治しながら、リタをあざ笑う。


 エルネストは顔色一つ変えずに話を続けた。


「…………とにかく、お前以外は全員あいつの追放にさんせ――「ご機嫌よう諸君! 私が稀代の天才魔術師にして華麗なる元貴族、そして本日よりこの酒場のどこかにいる<勇者>パーティの後衛を担当することになったルドガー・フォン・アーデルハイト・バルドウィーン・エマヌエル・ユルゲン・モコモコ・パスティアーノ・ユルユル・ヒルシュフェルトえーっと……6世だ。よろしくぅ!」


 酒場全体が静まり返った。入り口には、男装をした見るからにやばそうな女が立っている。


「おっと? 返事が聞こえないが? よろしくぅ!」


 静まり返った酒場に再びルドガーの声が響く。しかし、当然返事はない。酒場中の視線が、ルドガーに注がれた。


「どうやらこの酒場にはシャイな人間しかいないようだね。……まあいい、勇者エルネストはどこだい? 新しい魔術師が来たよ! もっしもーし☆」

「…………こっちだ、来い」

「あ、発見☆」


 ルドガーは、手招きするエルネストへ向かって歩き始めた。


「おいおい、嘘だろ……? あいつがガキの代わりかよ?」

「うざすぎ」


 シリルとエイラは動揺する。


「……腕は確かだと聞いている。実力さえあれば本人の人格や恰好、主張の強さなどどうでもいい。ダイバーシティー多様性だ」


 すまし顔のエルネスト。


 リタは、何も言わずに席についた。


「言い争う声が酒場の外まで聞こえていたが……いきなり仲間割れかい? 連携もろくに取れてないような整ってないパーティのお守りは、勘弁しておくれよ」

「もう話はすんだ。気にするな」

「まったく、私は目立つのが嫌いなんだ☆ なるべく仲間内で争わず、慎ましやかにしてくれたまえ☆」

「は?」


 露骨に不愉快そうな顔をするエルネスト。


「――さて、一応謝っておく。遅れてすまない。もう本題に入ろうか。パーティメンバーは全員揃っているのかい?」


 ルドガーはまるで何事もなかったかのように、空いていた椅子に座り、真剣な顔つきをする。


「……まだ一人来てない」とエルネスト。


「まったく、遅れるなんてけしからんやつだな!」


 ルドガーは腕を組みながら、あっけらかんとしてそう言い放った。



 ――エルネストは、このパーティが破滅の道をたどりつつあることに気付いていない。

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