第10話 マルクの受難

「うーん……うぅぅぅ……」


 マルクは悪夢にうなされていた。


「やめて……やめてくださいっ……」


 迷宮探索でスライムに敗北し、全身をつっつき回される夢を見ているのである。必死に腕を振り回し、スライムを追い払おうとするが、弾力に押し返されてしまう。


「うー……うー……」


 ちょうど、そこで目が覚めた。



「あら、おはよう。マルクちゃん」


 マルクの目の前には、カーミラの顔がある。


「……ほはようほはいはふおはようございます


 カーミラが指で頬をつついているせいで、上手く話せない。マルクは何も言わず、不服そうにカーミラの目を見た。


「お腹、ほっそいわね。羨ましいわ」

「ひゃうっ!?」


 しかし、カーミラにはまったく通用しない。今度はお腹をつつかれ、マルクはくすぐったさのあまり身をよじる。


「お、怒りますよっ!」

「あら怖い。でも、先にアタシの胸を触ってきたのはマルクちゃんの方よ。うふふ、いけない子なんだから……」

「…………え?」


 予想外の発言に、マルクは目を大きく見開いた。まるで身に覚えがない。


「い、言いがかりですっ!」

「昨晩、マルクちゃんは寝ながら私の胸を何度も何度も手で触ってきたのよ? 一体何の夢を見ていたのかしらね……?」

「…………あ」


 その時、マルクは思い出した。自分がスライムに押しつぶされそうになった夢のことを。


 思えば、あの時のスライムの感触はとても柔らかくて弾力があったかもしれない。まるで、カーミラの豊満な胸のように。


「あぁ……!」


 マルクは急に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。


「どうやら何か心当たりがあったみたいね? これで信じてもらえたかしら」

「うぅ…………っ!」


 両手で顔を覆うマルク。カーミラはその隣に寝転がり、耳を舐めた。


「ひゃうっ!?」

「すごいわ、お耳も顔も真っ赤っか」


 マルクの耳に吐息を吹きかけ、長い舌で気のすむまで舐めまわす。


「あっ……あっ……やめて……やめてぇ……」

「マルクちゃんがそうやってイイ反応をするからいけないのよ。……いじめたくなっちゃう。うふふっ!」


 やがて、カーミラはマルクの耳から唇を離し舌なめずりをした。


「……それじゃあ、今度はこっちもいただこうかしら」


 カーミラは、マルクの下腹部に手を当てて呟いく。


「だめっ……だめです……ひっぐっ……うぅ……!」

「小さな天才魔術師くん、いただきまぁ「聖なる雨ホーリーレインッ!」


 その時、カーミラに光の粒が降り注いだ。


「ぎゃあああああああ!?」


 カーミラは悲鳴を上げてベッドの上を転がりまわる。


「まったく……この破廉恥サキュバスは油断なりませんね!」


 クラリスは、眠そうに目をこすりながらそう言った後、あくびをする。


「ふわぁー……っと、おはようございますマルクさん! よく眠れましたか?」


 起き上がり、眼鏡をかけるクラリス。髪がぼさぼさで、聖女にしては少しだけだらしない。


「は、はい。あの……助けてくれてありがとうございます」

「礼には及びませんよー」


 マルクはほっと胸をなでおろした。しかし、どきどきが収まらない。カーミラに耳を舐められた感触が、生々しく残っている。


「……大丈夫ですか? マルクさん?」

「は、はい」


 マルクは深呼吸をした。やはり、年頃の少年にこの環境はあまりにも刺激が強すぎたのである。


「いたた……それで、マルクちゃんはこれからどうするつもりなのかしら?」


 その時、カーミラが起き上がって言った。


「えっと、どうにかして僕を受け入れてくれるパーティを探そうかなって思ってます……」

「……そういえば、マルクさんはパーティを追放されてしまったのでしたね。でも……そもそもどうして冒険者をしているのですか?」

「確かに、その年で冒険者なんて危険な仕事、普通しないわよね。何か事情があるのかしら?」


 クラリスとカーミラは、不思議そうにマルクを見た。


「それは……かくかくしかじかで……」


 二人に問いかけられたマルクは、今までのいきさつを話す。

 

 病に倒れた姉のこと、この国にやってきてはぐれた師匠のこと、姉を治す薬を手に入れるお金を稼ぐために冒険者をしていること、そして役立たずとしてパーティを追放されてしまったこと、その他もろもろのことを簡潔に。


「そうなんですか……大変だったんですね……っ!」


 その話を聞き、クラリスはあまりの波乱万丈さに涙ぐんだ。


「なんて……なんて健気けなげなのかしら……そんな子をアタシは……たぶらかしてっ!」

「勝手に僕がたぶらかされたことにしないでください」


 そして、カーミラは己の行いを恥じ反省する。


「……とにかく、そういうわけなので僕にはたくさんのお金が必要なんです」

「マルクさん……」


 マルクは二人の方を向きながら、床に両手をつき平伏した。


「……ですからお願いします……もしよければ、僕を雇ってください……言われたことなら何でもやりますのでどうか……」

「「えっ、なんでも!?」」


 クラリスとカーミラの大声が宿屋中に響き渡った。



 ――マルクの運命やいかに。

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