第5話 クラリス

「……それならいいわ。ここはあなたに免じて許してあげる」


 カーミラは武器を納めて構えを解く。


「……っ! あなたが許しても、ワタクシは許しませんよッ!」

「あらあら、せっかくマルクちゃんがこの場を納めようとしてくれているのに、そんな態度をとっていいのかしら?」

「ま……るく……!」


 クラリスは、はっとしたような表情をする。どうやら、マルクのことは知っているらしい。


「マルクって……あのですか?」

「そうよ。あの天才魔術師のマルク。<勇者>のパーティに最年少で加入したあの子。……あなただってさすがに知っているわよね?」

「し、知っているも何も、私は美少年と噂されるマルクさんの姿を一目見にこの町に……」

「ふぅん。あなたもなかなかイイ趣味してるじゃない。……それならなおさら、マルクちゃんの言うことは無視できないんじゃないかしら?」

「ぐ、ぐぬぅ……!」


 クラリスは、しぶしぶ構えを解いた。手に持っていたメイスは光に包まれ消え去る。


 どうやら危機は去ったらしい。


「アタシは彼の強大な魔力のたっぷりこもった血が吸えれば文句はないわ。欲を言えばおちn――」

「血だけですっ!」


 マルクは再びそう叫ぶ。


「マルクさんの前でそんなはしたない言葉を使わないでいただけますかっ!」


 クラリスは顔を真っ赤にして言った。


「そんなに怒っちゃって、アタシと戦いたいのかしら?」

「それだけはやめてください! 町がめちゃくちゃになっちゃいますっ!」

「こう言っているけれど?」


 カーミラは、意地悪な笑みを浮かべながらクラリスの方を見る。


「う……こ、ここは……マルクさんに免じて許します……っ」

「うふふ、それでいいのよ」


 カーミラはそう言いながらマルクの右腕に絡みついた。その胸がマルクの体を圧迫する。


「ひっ……」


 マルクは体が小刻みに震わせながら縮こまった。町の危機は去ったが、マルクの危機は何一つとして去っていないのである。


「それじゃあ、向こうに行きましょうか。マルクちゃ「ただし!」


 言葉に割り込むクラリス。カーミラは、鬱陶しそうな顔をした。


「……なによ」

「ワタクシもマルクさんに同伴いたします!」

「…………はい?」

「あなたのような破廉恥サキュバスと、マルクさんを二人っきりにしておくなんて、聖職者としてできませんっ!」

「そんなこと言って、あなたもマルクちゃんにおさわりしたいのでしょう? むっつりスケベのセイショク者さん?」

「口を慎みなさい! マルクさんはワタクシが守ります!」


 クラリスはそう言いながら、マルクの左腕をがっしりと握った。カーミラとはまた別の甘い匂いが、マルクの鼻腔をつく。


「えぇ!? ちょ、ちょっと……!?」


 マルクはじたばたと体を動かすが、かえって二人の胸にうずもれるだけだった。


「あ、あうぅ……はなし……てっ……!」


 マルクの声は二人に届かない。


「むぐっ……むぐぐっ……!」


 やがて二人に完全に体を押しつぶされ、声すら発することができなくなる。


 カーミラとクラリスの甘ったるい香りに包まれ、温もりと柔らかさに包まれ、加えて催淫魔法まで食らっていたマルクはその刺激に耐えきれず、のぼせ上がって気絶した。


「ってきゃああああああああ! マルクさんっ!?」

「あらあら……うふふっ」

「わ、笑ってる場合ですか! 早く休ませてあげねばなりません! ワタクシが滞在している宿屋へマルクさんを運び込みますっ!」

「それなら、アタシも手伝うわ」

「わ、ワタクシ一人で持てますっ! 邪魔をなさらないでください!」

「そう? でもあんまり動かすと、マルクちゃん死んじゃうかもしれないわよ?」

「……っ! それなら、あなたは足の方を支えてください! おかしな気を起こしたら浄化いたしますっ!」


 クラリスはカーミラをにらみつける。


「とにかく急ぎましょう?」

「……こちらです」


 こうして、カーミラとクラリスは二人がかりでマルクを宿屋へ運び込んだ。


 *


 マルクは夢を見た。何かに押しつぶされそうになり、手足を必死にじたばたと動かしてそれを払い除けようとする夢だ。


「く、くるしい……たすけて……!」


 もがき苦しむうちに、やがて一筋の光が差し込む。


「う……ぅん……?」


 マルクは目を覚ました。頭には濡れた手拭いが置かれていて、ひんやりとする。


「良かった。目が覚めたんですねマルクさん!」


 クラリスはずれた眼鏡を直しながら喜んだ。どうやら、マルクはクラリスに膝枕をされていたようだ。柔らかい太ももが後頭部に、そして柔らかい胸がほおにあたっている。


「は、はい……」

「いけない! また赤くなっています!」

「あの僕は大丈夫ですので、どいてくだ――」

「大丈夫ではありません! それもこれも、全てあの破廉恥サキュバスのせいです……!」


 マルクの言葉は憤るクラリスによって遮られた。


「聞こえてるわよ、むっつり聖女さん」


 その時、カーミラが部屋の扉を開けて入って来る。クラリスは一瞬だけ殺気立ったが、神に祈るポーズをして必死に自分の心を落ち着かせた。


「……でも、どうして幼いマルクさんが一人でこんな夜の街に?」

「僕……パーティを追放されちゃったんです。あと僕は幼くありません。もう十一歳です」

「なんと! パーティを!?」


 驚愕するクラリス。その拍子に眼鏡がずれる。


「ほんと……バカなことをしたものね。あのパーティの中核を担っていたのがマルクちゃんってことくらい、わかりそうなものだけれど。第一、あのパーティが急速にランクを上げていったのは、マルクちゃんが入ってからでしょう」


 腕を組むカーミラ。


「どういう……ことですか?」


 マルクは不思議そうな顔をして、カーミラに問いかけた。

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