第4話 旅の聖女
突如としてマルクの周辺に光の粒が降り注ぐ。すると、カーミラに噛まれた部分の傷跡が癒えた。
「これは……」
光属性の治癒魔法だ。
「ぎゃあああああああ!?」
魔法が直撃したカーミラは絶叫して気絶し、どさりと地面に倒れる。魔族のカーミラに対しては攻撃魔法になるらしい。
「よ、良かった……間に合ったようですね」
若干手遅れ気味である。カーミラに散々弄ばれたマルクはそう思いながらも声のした方向へ視線を向けた。
そこに立っていたのは、修道服を着た女の人だ。目が悪いのか、丸眼鏡をかけている。
女の人はずれた眼鏡をかけ直しほっと一息つくと、マルクに走り寄ってきた。
「大丈夫ですか? 怪我などしていませんか?」
「は、はい、怪我
マルクは涙と口元を、服の袖でごしごしとぬぐいながら続ける。
「……あなたは?」
女の人は、なぜか両手を合わせてマルクを拝みながら答えた。
「ワタクシ、名をクラリスと申します。困っている方へ通りすがりに治癒魔法をかける、旅の聖女です」
「旅の……聖女……?」
話には聞いたことがある。神を信仰する者たちの一部は、自らの徳を積むためにそのようなことをしながら各地を巡るのだ。
「と、とにかく、助けてくれてありがとう……ございます……」
マルクはクラリスにお礼の言葉を述べた。
彼女からはカーミラのような妖しげな雰囲気を感じない。金髪の髪に、少し尖った耳、そして眼鏡越しに光る青い瞳。
その容貌からして、おそらく温厚かつ冷静沈着な種族として知られているエルフだろう。マルクは少しだけ安心感を覚えた。
「お、お礼なんてっ、ぜんぜんいいんですよっ! うふ、うふふふふっ!」
クラリスは顔を赤くしてマルクにそう答えた。そして、倒れているカーミラをにらみつけながら叫ぶ。
「――さて、そこの者。魔族が路上で他の種族を襲うことは法律によって禁止されているはずでしょう! そ、それもこんな年端も行かない少年を襲うなんて、卑劣すぎますっ!」
「……僕はもう大人です」
マルクは小声でぼそりとクラリスの発言に抗議した。
「そんな……大声で言わなくても聞こえてるわよ……」
それに対し、頭を押さえながらゆっくりと起き上がるカーミラ。
色々な種族が共存するこの国、エルドアでは、それぞれの種族間に細かい取り決めがあるのだ。カーミラの行為はあきらかな違反行為である。
「……まだすこーしだけ血と、可愛いお口を吸っただけよ。本番はしてないから見逃してちょうだい」
「ほ、本番!?」
マルクは驚愕する。これ以上一体何をしてくるつもりだったのだろうか。
「な、なんて
そしてクラリスは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……残念だけど、そんなことをしても無駄よ。アタシ、衛兵にはちょっとだけ顔がきくから」
「言っている意味がわかりません。己の罪から逃れようとしないでください」
「Aランク以上の冒険者は、ちょっとした罪なら見逃されやすいの。知らなかった? 強者の特権ってやつね」
カーミラは不敵に、そしてふてぶてしく笑う。
「……つまり、あなたは自分がそうだとおっしゃりたいんですか?」
「二刀流のカーミラって言えばわかるかしら?」
その時、マルクは彼女について思い出した。二刀流のカーミラ。
「――っ!」
「どうやら、坊やの方は知っているみたいね」
「ぼ、坊やじゃありません!」
「あらあら、今はどうでもいいでしょう。そんなこと」
しかし、クラリスは知らなかったらしい。
「だったらなんなのでしょうか? これ以上、あまり意味のわからないことをおっしゃるようなら、浄化いたしますよ?」
眼鏡を直しながら、カーミラに
「あらあら、アタシとここでやりあえば、負けるのはあなたの方だと思うのだけれどね」
カーミラは舌なめずりをして、腰に差していた双剣を引き抜いた。
「それでは仕方がありません。
クラリスが天に向かって、弧を描くように右手を動かすと、巨大なメイスが落ちてくる。
そのメイスをクラリスは軽々と受け止めた。
「…………!」
――静謐のクラリス。
マルクはその通り名を知っている。カーミラとほぼ同時期に
「ふぅん、知らないけど。少しはホネがありそうね」
しかしカーミラは知らないらしい。マルクは焦った。これほど実力のある者同士が街中で戦えば、街がめちゃくちゃに破壊されてしまう。このままではまずい。
「や、やめてください! 僕は大丈夫ですから!」
マルクは慌てて二人の間に割って入り制止する。
「なりません。こんな不届き者を放置しておけば、またか弱い少年の血と精気が吸われてしまいます」
「あらあら、随分と不寛容な聖職者さんだこと。そのくだらない正義感を根元からずたずたに崩してあげるわ」
「あなたに神の救済があらんことを!」
にらみ合う二人。明らかに、一触即発の状態だ。マルクはおろおろとする。
「僕の血なら吸わせてあげますから!」
そして、そう叫んだ。その言葉を聞いたカーミラはぴたりと動きを止める。
「え……いいの……?」
「ちっ、血だけなら!」
「ふぅん。おちちだけなら吸わせてくれるの。アタシとしてはおちん――」
「血だけなら!」
マルクの叫びが街中にこだました。
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