第3話 カーミラ

 マルクはカーミラにのしかかられ、完全に身動きを封じられる。独特な香水の匂いがして、頭がくらくらした。


 そして、大きな柔らかい胸に体を押しつぶされる。


「っ!?」


 完全に不意打ちだったせいで反応が遅れた。マルクは、己の無警戒さを悔いる。初めに声をかけられた時点で距離を取るべきだったのだ。


「……というのは冗談だけど、アタシ、ずっとあなたが一人になる瞬間を狙っていたの」


 カーミラは、マルクがしている手袋をゆっくりと外しながら話す。マルクは、魔道具なしで魔法を放つと、体内の魔力が乱れ、反動で体を内側から傷つけてしまうのだ。


 つまり、反撃するチャンスを潰されてしまったということである。


「ど、どうして……っ!」


 大切な武器を奪われ、狼狽ろうばいするマルク。相手はかなり手慣れていた。もしかしたら、冒険者を襲い金品を奪う闇ギルドの盗賊なのかもしれない。


 マルクは必死に頭を回転させ、この状況を打破する術を考える。


「可愛らしくて、中身には魔力がたっぷり、肌はとてもしなやか。ああっ……見ているだけでよだれがたれてしまいそう」


 しかし、相手の狙いは金品ではなく、マルクが持つ魔力だった。


「え……?」


 カーミラ は恍惚こうこつとした表情で舌なめずりをし、逃げようとするマルクを両腕でがっちりと掴む。


「あなたがこの町に来ていると耳にして、狙わない理由はどこにもないでしょう?」


 そう言って、カーミラは獲物を狩るような目でマルクのことを見つめた。


 理解不能な存在を前にしたマルクは恐怖心でいっぱいになりながらも、必死に助けを呼ぼうとする。


「た、たすけ――」


 しかし、マルクはカーミラに唇を奪われ、開いた口を無理やりふさがれた。


「んっ……んっ……!」


 ――最悪なタイミングで大人の階段を登ってしまった。


 目から溢れ出した涙がマルクのほおを伝う。カーミラの唇は柔らかく、意に反して胸が高鳴ってしまうことが惨めで仕方なかった。


 強引に屈服させられたマルクの体は、その場に釘付けになって動かなくなってしまう。 


 やがて、カーミラは、放心状態のマルクから唇を離し舌なめずりをした。


「小さな天才魔術師くん、いただきまぁす」


 ろくな事が起こらないという事は分かっていた。それでも、マルクはカーミラの纏った甘ったるい匂いのせいで、何も考えられない。


「やめ……て……」

「うふふ、嫌よ」


 かろうじて絞り出した言葉は、あっさりと却下された。


 そして、カーミラは勢いよくマルクの首筋に噛みつく。


「う、うわああああああっ!」


 マルクは恐怖と痛みで絶叫する。そして体の力が抜け、全身がゾクゾクするような感覚に襲われた。痛いはずなのに、なぜか気持ちいい。


「あっ……うっ……!」


 マルクは思わず声を漏らす。体じゅうが熱くなって、小刻みにぶるぶると震えた。


 足をばたばたと動かして、必死に抵抗するが、カーミラはものともしない。


 マルクはなす術なくカーミラに血を吸われ続けた。


「はぁ……はぁ……っ!」

「きもちいでしょう?」


 やがて疲れ果て息を乱すマルクの耳元でカーミラはささやく。そして、首筋から流れる血を舐めとり、くすくすと妖しく笑った。


「もう……っ、やめてっ……! たすけて……っ! ……ひっぐ」


 カーミラに散々もてあそばれ続けたことで、マルクの戦意は完全に喪失している。もはや、マルクには助けを乞うことしかできなかった。


 やがて、カーミラの顔がマルクの首から離れる。


「……それじゃあ、今度はこっちもいただこうかしら」


 カーミラは口に付いた血を下で舐めとると、マルクの下腹部に手を当てて呟いた。


「や、やだ……っ! やだぁ!」


 まだ何かするつもりらしい。ようやく解放されたと思ったマルクは、それが思い違いだったと知り絶望する。


「ふふふ、嫌がったって、誰も助けてくれないのよ?」


 絶体絶命の状況に陥ったその時――


聖なる雨ホーリーレインッ!」


 何者かがそう叫んだ。

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