最終話「セイクリッド・セイバー」

「う…あ…。」


 清志が目を覚ました時、未だ鼓膜が破れそうな戦闘音が響き続けていた。気が付いたことに喜ぶ瞳を見て清志は驚く。


「瞳…鼻血出てるぞ。」


「ちょっと頑張りすぎたかな?」


「…戦況は?」


「魔導王が神器を取り出したからちょっとは弱ってそうだけど、まだ全然元気。皆夫たちが頑張って抑えてくれてるけど…攻撃が全然通ってない。」


「分かった。瞳、回復サンキュー。俺もすぐに…。」


「清志君。あれを使おう。」


 すぐにでも立ち上がろうとする清志を引き留め、提案する瞳に清志は驚き考え込んでそれを否定した。


「練習してたやつだろ?バカあれは万全の状態でもぎりぎりだったじゃねえか。ずっと働きっぱなしでブースターあってもきついんだろ?」


「それは君だって同じことだろ?回復したって言っても、ボロボロだ。私一人の力に抑えられてる今の状態がそれをよく表してる。その変身もいつまで持つか。」


「十分回復したよ。あいつを倒すためならこの位問題ねえ。」


「そうさこの位問題じゃない。そして清志君、私はただ後方支援でぬくぬく待ってるようなだけの女じゃないぞ。」


 瞳は杖を構え魔力をためる。ブースターを併用するも身体への負担が大きいのか血涙が流れるが目を瞑って耐える。


「君がボロボロになるなら私もボロボロになって戦おう。君が死にそうになりながら戦うっていうんなら私だって死にそうになって戦ってみせる。それが共に戦うってことだ。だから甘えたこと言うんじゃないぞ。君一人命を懸ければいいなんて、そんな都合のいい話はないんだよ。」


「…っ。怖くないのかよ?」


「怖いさ。君よりずっとその感覚はまともだよ。清志君、私は君が戦う中、必死で耐えて役目を全うした。次は君の番だ。信じるって苦行を耐えきって見せろよ。」


 瞳の表情は真剣そのもの、強い覚悟を感じた。目の前では洋子がとってつもない光を内包した大剣を構え、あんなにも巨大なドラゴンに退治している。一度魔力も体力も使い果たして戦闘不能にまで追い込まれていた皆夫が、彼女を守るために必死に戦っている。


「仲間…か。」


 なぜか突然デビファンのことを思い出した。自分がハマっていたゲーム。この異界に招かれた一因、不謹慎にもあのゲーム世界で思い描いた幻想がこの現実と重なっていた。頼れる仲間とともに全身全霊で強大なボスに挑み勝利する。それは大変だけど、勝てれば楽しい。いやその冒険自体が清志の夢であった。それが今目の前にあった。


「行こう瞳、ラスボス戦だ。ポーション一つないしHPもほとんどない。だけど勝ちたいんだ。みんなで。」


「ああ行こう!私たちの冒険の世界へ!」


 洋子の会心の一撃がその火ぶたを切った。




「うっ…。」


「すごいな。あんなに硬かったバリア見事に破壊しやがった。さすがうちの最強火力だ。」


 吹き飛ばされたはずの洋子は力強い腕に抱きかかえられていた。見上げた先には青く輝くマントを首に巻いた金色の英雄。彼が空中で洋子を抱きかかえる姿はまるで小説のワンシーンのようだ。


「清志。バトンはつなぎましたよ。あれなら勝てそうですか?」


 エクエスは崩れ、洋子の姿も元に戻っていく。


「どうだろうわかんねえ。…だけどお前がまたつないでくれたんだ。負けるわけにはいかねえよな。」


 洋子の頭をやさしくなで地面へ降りる。そして穏やかにそして力強く清志は言った。


「勝つよ。」


「はい!」


 さすがのドラゴンも、洋子最大の攻撃を受けてバリア完全に破壊され全身から煙を発していた。いまだ再生が行われているがそのスピードは遅い。団と皆夫が攻撃を続け再生阻害を行っているが、また暴れだすのも時間の問題だろう。


「皆夫、あとどのくらい行ける?」


「死ぬ気でやれば5分は持つかな。」


「私が援護すればもう少し持つだろ?」


「瞳ちゃん血涙出てるけど大丈夫?」


「死ぬ気でやれば大丈夫!」


「3人でドラゴン退治か。デビファンで最初に戦った時を思い出すな。」


「能力結構違うけどね。一時間はかけたくないなあ。」


「何心配しなくていいさ。いまの私たちなら負ける気がしない。」


「「「行こう!」」


 瞳が後方から杖を構え、清志と皆夫は走り出した。


「雷鳴印テンペスタス・ハリケーン!」


 皆夫は自らの刀に雷と暴風をまとわせた。それと同時に清志が左手をかざして叫ぶ。


「ヴィーア・レオニス!」


 清志はドラゴンを取り囲むように無数の力場を発生させる。それらはいくつかで集まりながら形を成す。清志と皆夫はそれぞれその上に飛び乗ると、磁石がはじかれるように加速する。そしてそのままドラゴンへと突進し切り裂いた。


「GRRRROOOOO!」


「清ちゃん速すぎ!タイミング合わせられないって!」


「このマントも力場だから追加で加速できるんだよ!タイミングはこっちが合わせる!」


 皆夫が一撃を入れる間にニ撃、三撃と攻撃を加える清志。二人の攻撃によりドラゴンの外皮はどんどんと傷が増えていく。


「GRRRRAAAAA!」


 ドラゴンの口が光り輝き、ブレスが放出される。その光を知覚した瞬間瞳は叫んだ。


「セイクリッド・ランパード!」


 瞳の用いる最強の守りがブレスを防ぐ。しかしその聖なる城壁はバーナーで金属が解かされるように削られていく。


「やあああああ!」


「アサルト・トルネード!」


 清志と皆夫の同時攻撃がドラゴンの頭部に直撃し、ブレスは電波塔を切り裂きながら消えた。ドラゴンは負けじと腕で二人を薙ぎ払う。地面にたたきつけられた二人は何とか倒れないように耐えた。その一撃で清志の左腕が折れ、苦痛に息を漏らした。


「はあはあ…くっ!」


 行きつく暇もなくドラゴンの追撃が二人を襲いバラバラな方向へと回避した。とっくの昔に限界を超えている二人はいつ気を失ってもおかしくない状態だった。清志に至ってはレグルスの変身体が点滅し今にも解けそうになっている。


「清ちゃんもうあっちも体を再生できなくなってる。僕が引き付けるから、あれをお願い!」


「…あれ使ったらもう変身は維持できねえぞ。それに俺と皆夫どっちが抜けても詰むじゃねえかこれ。」


 ヴィーア・レオニスも解除されている。下がった機動力でなお食らいついていけているのは二人で負担を分割しているからだ。とても一人であのドラゴンを対処できるものではない。


「テンペスタス、『ザ・テンペスト』!」


 答える前に皆夫は彼の持つ最強の技を発動した。ドラゴンを取り囲み、嵐に結界が展開される。皆夫は吐血し鼻血や血涙も流しながらそれを維持する。


「一分持たせるから早く!」


「…頼んだ!」


 清志はその場を皆夫に託し、瞳の元へ向かった。


「いいんだな瞳!?」


「ああ!信じろ!アンゲルス!」


 瞳は清志に杖を向け魔力を限界以上に流し込む。清志は刀を構え、その時を待った。彼女のエピックウェポン「アンゲルス」の能力は「回復・防御障壁・魅惑チャーム」の三つだとこれまで思われていた。しかし魔導王は最初から二つが付けられる能力の限界だといっていた。これはどういうことなのか、最終更新を受けるとき瞳はその理由を聞いていた。


『お前たちの武器には要望通りの2能力に加えて基礎能力として自己回復や防御障壁が存在する。どちらも気休め程度だが、これがあるだけでなかなか戦いやすいものだっただろう?お前の回復や防壁はこの基礎能力を高めているにすぎない。つまりその武器の能力は「魅了」ともう一つ「強化」だ。』


 アンゲルスの真の能力は他者のエピックウェポンに自身の魔力を注ぎ込み、選択的に強化することだったのだ。そして今、瞳は持てるすべてのエネルギーを清志へと注ぎ込む。回復のためでも防御のためでもなく、あのドラゴンを倒すために。清志は意識がもうろうとし、右手だけでは刀を落としそうになるが瞳がそれを支えて言った。


「さあ行こう清志君!これが私たち二人の力だ。」


「ああ。これが俺たちの必殺技だ!」


 皆夫の結界が破壊され、傷だらけのドラゴンが二人を見据えた。口に光がたまりブレスの準備が完了する。清志と瞳はそれに真正面から立ち向かった。青く輝くあまりに巨大な大剣をその手に持って。


「「レグルス!セイクリッド・セイバーああああああああ!!!」」


「GRRRRRRRRRRAAAAAOOOOOO!!!」


 青光の剣はドラゴンのブレスにぶつかりそれを弾き飛ばしながら進んでいく。


「いけええええええ!」


「ふんばれなのですううううう!」


「「うおおおおおおおおああああああああああ!!!」」


 そしてついにその剣はドラゴンへと到達し消し飛ばした。


「GRAAAaaaa……a…。」


 ドラゴンが消え清志の変身も解け、二人は膝をついた。だがまだそこにいる全員勝利の余韻に浸る暇はなかった。ドラゴンが消滅した土煙の中から、右腕を押さえて立っていた天使が残っていたからだ。


「はあ…はあ…馬鹿な…。」


「「うおおおおおお!」」


 清志と皆夫は刀を持って走り出す。ダネルも満身創痍ながら短剣を構えそれに応戦した。ダネルは限界に達しているというのにその二人の攻撃を捌き攻撃する。身体能力が多少上回っていたとしても対応できるものではない。二人はダネルの高い技量に驚愕した。


「負けられない!負けられないのだ!私が私こそがああああ!」


「がっ…!」


 ダネルの蹴りが皆夫に直撃し崩れ、すぐに攻撃を加えた清志を回避し短剣を突き刺した。すでに限界を超えていた二人は倒れ込む。


「清志!皆夫!」


「ホーリー…くっ…。」


 回復しようとした瞳ももはや何の力も残っていない。杖を構えるがそのまま倒れてしまった。エクエスを失った洋子はもはや何もできない。目の前の全員が敗北した事実を確認したダネルは短剣を持った左手で額を押さえて笑い出す。


「ふふははははは…!勝った!私はついに勝利したのだこの試練に!ふふっほほほほほ!」


 ダネルはゆっくりと清志の前に行き、ナイフを振り上げた。


「これで終わらせてあげましょう。感謝しますよ、我が主への貢ぎ物よ!」


『撃て。』


 ナイフを振り下ろす瞬間、ダネルの額に光の矢が突き刺さった。ずっと息をひそめていた千歳の矢が彼を穿ったのだ。そして次の瞬間に彼の胴体は魔導王によって切られていた。ダネルは完全に意識の外であった悪魔を視認しながら地面へと倒れ込んだ。

 

「…なぜだ?私は完璧であったはずだ。兵も道具も魔力も…神の力すら。それをなぜこんな小童共ごときに?」


『俺と敵対した時点でお前の敗北は決まっていた。問題は勝ち方だけだった。…だがもし理由をあげるとするならば、お前は兵を使えども活かしはしなかった。お前は唯一の神であろうとし、俺は王であった。質の差だ。』


「私が神に?…なんという傲慢。魔導王、やはり貴様は邪悪な悪魔だ。…ゆえに貴様は世界を滅ぼす…貴様を救った英雄たちは…きっと後悔するでしょうね。ふふ…ほふほほほ…。」


 ダネルの体は焼けるように崩れ完全に消滅した。魔導王がそれを見届けている間に、クルルたちが現れ魔道具で清志たちの治療を行った。魔導王が右手を開く持っていたルフォン・クロノスが光になって消えていった。千歳は魔導王の元へ走り声をかける。


「やったね!ボロボロだけどみんな無事みたいで…。」


 千歳が言い切る前に、魔導王はあおむけに倒れた。それを見て千歳は悲鳴を上げる。


「ねえどうしたの!大丈夫!?」


 その声に治療を受けていた清志たちも気づきそこへ向かった。魔導王の体は先ほどの神器と同じように光の粒子が発生している。まるでアンノウンが消滅するかのようだ。


『ふぃ…疲れた。これからもう百年は働かん。もともと過労気味だったというのにあの天使め、最後の最期まで。』


 その恨み言をつぶやく姿に清志たちはいや結構大丈夫そうだと思ったが、やはり光は消えない。


「魔導王…お前。」


『今までご苦労だった。これで俺との契約は完了だ。腕輪は外せるようにしてやろう。魔道具は手間賃にくれてやる。好きに使え。…洋子はそうだなこれを代わりにやろう。』


 洋子の手元に土星のようなわっかが幾つも回っている球体型の魔道具が渡された。それは以前何度か使っていたジャンクドラゴンの魔道具だ。


『お前ではあのドラゴンは呼び出せんが、機能の一部なら使用可能だ。うまく使え。』


「え…ありがとうございます。」


「消えるのか魔導王?私たち、まだわからないことがいっぱいあるんだが、何も言わずに?」


『知ったことか。…だがそうだな、ちょうどいい場面だ。言うべきことは言っておくか。』


 魔導王は皆夫の方向を向き言葉を続けた。


「お前は状況を把握する能力が高い。だが過剰な楽観視や極端な警戒、判断能力はまだまだだ。最善を見極められるように努力しろ。」


「そんなに極端かなあ…はーいわかりました。」


 次に洋子を見る。


「お前は…父親の影響か辛い物を喰いすぎだ。とりあえず味覚検査して控えろ。いつか胃に穴が開くぞ。」


「え、そこですか!?今わざわざそれですか!?」


 そして瞳へ


「お前は……まああれだ。あんまりはっちゃけすぎるな。」


「どゆこと!?私そんなにはっちゃけたことあったか!?なんか適当すぎないか!?」


 抗議する女性陣を無視して魔導王は清志を見た。


「清志、お前は英雄になる男だ。何度挫折しようともその歩みを止めるなよ。」


「っ…。」


 清志もほかの全員それがどういうことなのかわからなかった。清志が聞き返そうとするも魔導王はやはり無視する。


「さて千歳…む?」


 千歳に向って何か言おうとするも魔導王は彼女に抱き着かれ、一度言葉を止めた。抱き着いた千歳は嗚咽を漏らしてすがるように言った。


「やだよお。行かないで。ずっと一緒にいてよ…。」


『…。』


 千歳にとって魔導王との日々はかけがえのないものだった。今まで触れることのなかった大人からの愛情と安心、どこまでも甘い毒だ。もう抜け出せない、抜け出したくないほど彼女はそれに浸りきった。


「私頑張ったよ!今まで何度も死にたくて消えたくて寂しくて…でもやっと幸せだって。いいでしょ一つくらい…私にだって。またあんな人生やだよ。」


 魔導王は右手で彼女の背中をさすった。その体は少しずつ透けていく。それが止まる気配はなかった。


『出会いと別れは表裏一体だ。どんなに泣きわめこうとも俺ですら逃れられなんだ。だからお前には不可能だ。あきらめろ。』


 どこまでも非常なその言葉、だが千歳はその続きがあることを知っていた。抱きしめる腕の力はそのままにそっと耳を傾けた。


『お前が別れを惜しむというのなら誇るがいい。それだけ良い出会いをしたということだ。一度あるなら何度でもあるさ。するべきことはそれを逃さんことだ。お前の人生、そう捨てたものではない。それに死に別れというわけでもあるまい。』


「…また会える?」


『はてさてどうだろうな。…とりあえず人間関係はそこで眠りこけたリズとそこのあほガキどもで我慢しろ。後はお前次第だ。』


「…。」


『そろそろ時間か。』


 魔導王の姿はもうほとんど透明になってしまった。最後全員に向けて彼は言った。


『くれぐれも人の道は違えるな。魔道に落ちれば俺と敵対することになる。…まあすきにすればいいさ。その時は一切のためらいなく殺してやるとも。ふふふふふふ。』


 その挑発的な物言いに清志たちは少々の怒りを感じるが、そのおかげかこの別れに寂しさも感じなかった。四人は彼に微笑んで言った。


「サンキュー魔導王。またな。楽しかったぜ。」


「ありがとうございました。」


「…少しは世話になったのです。」


「次会う時はもうちょっとその皮肉屋治しておいてくれよ。」


 魔導王が小ばかにしたように小さく笑う。その時千歳は彼の頭を抱きしめ、キスをした。その行動に全員が硬直する。


「——————!」


 そして千歳は彼の耳元で何かを囁いた。それをどう思ったのかフルフェイスヘルメットからはわかりようがなかったが。


「どこまでもたわけたことを…。」


 魔導王は千歳の頭をひと撫ですると、光の球に変化し空へのぼりながら消えていった。



 それから清志たちはククリたちに連れられてセントラルから出た。そしていつも使っていた公園へとつながるゲートの前につく。ダネルが倒され魔導王が消えたことで、異界と現世をつなぐ境界がなくなり、もうしばらくすればこのゲートも開かなくなるという。ククリとクルルにもあまり大した挨拶ができなかった。


「ククリ、クルル。今までありがとう。また会いたいな。」


「おらたちの方こそありがとうだよ。」


 クルルは涙をこぼしながら洋子と瞳を抱きしめた。清志はいまだ眠っているリズを背負ってククリに言った。


「次会った時は全力で勝負しようぜ。」


「いやいやいやだよ!オラはかわいい嫁さん見つけて平和に暮らせればそれでいいだ。」


 そう言えばこいつブス専で嫁探してたなと思いだしているとククリがこちらに手を差し出してきた。


「だけんど、もし困ったことがあったら力になるだよ。きっとまた会える。その時は必ず。」


「おう。」


 握手を済ませゲートをくぐった。


 外は既に真っ暗な夜だった。いったいどれほどの時間がたっていたのだろうか。すると武を背負った団が言った。


「武君は僕が責任をもって送り届けるから、安心してね。くれぐれも今回あったことは内緒。あ、あとダネル君にとらわれてた子供たちもちゃんと届けるから大丈夫だよ。」


「…あれそういえば彼らはどこに?」


 すると団の背後にたくさんの武装した大人たちが現れた。団に敬礼すると何やら彼に伝えていた。


「ありがとうねエ。この子たちは大丈夫だから、そっちよろしく。」


「…あんた一体?」


「大してお礼もできなくてごめんね。でもいつかまた会う日があるかも。その時はまたよろしく。」


 そう言って団はそそくさとその場を去ってしまった。追いかけようにも誰もそんな体力は残っていない。見送るしかなかった。


「帰ろっか清ちゃん。」


「だな。もうくたくた。クルルのおかげで傷は割と大丈夫だけどさ。」


「私ももう眠いよお。っていうか帰ったら院長先生に怒られそう。」


「…あー麻里佳さんも怒りそうなのです。清志、身代わりお願いします。」


「えーやだ。」


 あれほど激しい戦いがあったというのにこの公園は驚くほど静かだ。風が吹き木々が揺れる。少し寒いと感じたとき、清志の背中から声がした。


「おー、綺麗な月。」


「あ、起きたんだ…すごい、紅い月…初めて見た。」


 清志たちも空を見上げる。そこには驚くほど紅い満月が見下ろしていた。ゲームタイトルになる赤い月はホラーティックなイメージがあるが、なぜだろうかその月はとても暖かな月でもあるように感じた。あの皮肉屋な悪魔のように。


エピローグ


 剣を振る。剣を振る。剣を振る。ただ一本の木を見据えて剣を振る。強くなるためではない。ただ剣を振るために剣を振る。熱を帯びた体からは少し冷えた秋風を浴び蒸気を発し、対してその表情は気が抜けていた。


「…清ちゃんそろそろ立ち直ろうよ。」


「漫然と振りやがってよ、それでも剣士かよ。」


「うるせー。これが、これだけが俺に現実を忘れさせてくれるんだ。」


 毎朝の日課には一人、人が増えていた。了司である。いつもならその口の悪さに突っかかっていたであろう清志が、今日は全くその意志を感じなかった。その様子に皆夫と了司はため息をつく。


「んで理由は?」


「僕たちが遊んでたゲームのデビファンがサービス終了したんだよね。」


 なんでもゲーム会社の幹部が巨額の横領で捕まり、その影響かはわからないが過度なゲーム内インフレが、課金洋装の追加でユーザーが大幅に減少しついにはサービス終了を決めたという。つい半年前にアーケード版が発売されていたほどであったのに、まったくの予想外のことであった。


「世の中クソだ。滅びろこんな世界。」


「ダメだこいつ。」


「とりあえずコーラ飲んで落ち着いて。」


 その日の朝は清志を慰めることに費やされた。


 最後の戦いからしばらくたった。異界へのゲートは開かなくなり、日常へと戻った。清志たち以外世界を覚えているものはもういない。たまにあの日々がすべて夢だったのではないかと思うほどだ。しかし清志たちに残された魔導具たちがあの非日常を今も証明し続けている。


「清志君、今度孤児院でハロウィンパーティーがあるんだ。人手が足りないから手伝ってくれ。」


「うん。わかった。」


「あ、あとクリスマスもお願い。」


「うん。わかった。」


「皆夫、なんかめっちゃ素直なんだけど!?」


「今日はもうだめかもしれないね。」


「洋子あたりにかつ入れてもらおうか。」


 未だ気の抜けた清志を皆夫と了司が支え、一階の洋子たちのいる教室へ向かう。了司は以前の瞳への負い目から手伝わされた。


「ここで会ったが百年目なのですー。」


「百年目ー。あれ道着?」


「ええ。そろそろ大会があるので昼休も稽古です。」


 洋子は剣道の秋大会に向けて精を出している。半年前よりも実力がはるかに上がった彼女は優勝すら視野に入れているらしい。その向上心に瞳は感激した。


「そこでこの腑抜けたやつに、一発頼む。」


「分かりました。へいやっ!」


「あべし!」


 洋子は何のためらいもなく清志に平手打ちした。皆夫が教室をのぞくと、千歳とリズがいた。おどろたことに千歳がクラスメイトと笑顔で談笑している。こちらに気が付いた彼女たちはそのままやってきた。


「どうしたんですか瞳先輩?」


「いやあ、ちょっと清志君がダメになってたから気合を入れてもらってたんだ。」


「いってえ扱い酷くない?」


「清志ならいいんじゃないですか?」


「千歳俺先輩なんですけど!?」


 笑顔で肯定する千歳に清志が突っ込みを入れた。どうやら平手打ちの痛みで少しは正気を取り戻したらしい。


「あ、そういえば先輩。再来週の土日予定ありますか?」


「再来週?大丈夫だと思うけど。」


「よかった。実は。」


「シド兄さまが山形の怪物の調査するから来いって。清志と皆夫は強制だって言ってたぞ!」


「「ええ!?」」


「山形かあ。うまいもんあるかなー?」


 リズもこの通り元気いっぱいである。しかし清志たちはそれを少しだけ素直に喜べなかった。なぜならリズはあの日の戦いの影響かあの異界における記憶をすべて失ってしまったからだ。シドが言うには未熟な状態で魔力を使いすぎたショックではないかといわれてたが、今のところ記憶が戻る気配はない。魔導王との記憶も何もかも。


「…シドが呼ぶってことは。」


「やっぱりあれだよね。」


 清志と皆夫は左手にはめた腕輪を見た。外れるようになったがもはや外すと違和感すら感じる思い出の品。


「ったくいいよな。俺も魔道具もらっときゃ良かったぜ。」


「次会ったら頼んでやるよ。きっと会えるさ。」


「だね。それじゃあとりあえず再来週は。」


「怪物退治だな!」


 魔導王との出会いから始まった非日常、俺たちの青春の一ページ。誰も知らない俺たちだけの物語だ。そしてその青春はまだ終わらない。


                           「紅い月の下で」 🈡


―——「黄金騎士と破滅の世界」へ続く

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