第100話「パラディンズ・オーナー」
事態は最悪に向かっていた。ダネルは黄金の果実を食べることで巨大なドラゴンに変貌し、清志は攻撃を受け戦闘不能。ククリや洋子もほとんど瀕死といっていいほどの消耗具合だ。皆夫たちの回復剣防御に勤めていた瞳はその光景に息をのむ。
「嘘…。」
「清ちゃん…。」
『瞳、お前はすぐに清志の回復に向かえ。皆夫は洋子たちを避難させあのトカゲを…いや無理だな。あれについては俺が出る。』
魔導王は両手に大量の札を取り出し、ドラゴンへと走っていった。
「一人で大丈夫なの!?」
『大丈夫ではないな。だがお前たちがあの攻撃を受ければ即死だ。』
「GRRRAAAAA!」
ドラゴンの口が発光をはじめ魔導王に向かってブレスを放った。その鈍色の光を魔導王はしょへきを展開することで防ぐ。それに加えてその足に着けていた刃型の魔道具をもちいて攻撃する。それもドラゴンのバリアに防がれた。
『このブレスはどうやら時の神器の影響を受けているらしい。かすりでもすれば最後、お前たち人間の寿命は一瞬で消し飛ぶぞ。』
魔導王によってはじかれたブレスの一部がセントラルに乱立するビルに直撃した。ブレスはビルを貫き同時にまるで一瞬で粉々に分解したかのように、ビルは倒壊した。
「それやばいじゃん!」
『だからお前たちはさっさと仕事をこなせ。俺が抜かれれば、お前たち全員死にかねんぞ?』
一方の瞳は急いで清志の元へと向かった。変身は維持したままであるが、その体はぐったりと動かない。死んでいないことはわかるが、いつ死んでもおかしくない危険な状態であることは確かだ。
「ホーリーヒール!」
必死にかけるのは今まで何度も使ってきたアンゲルスの回復魔術。しかしこれはゲームの世界のようにかければ体力が全快してすぐに戦えるようになる、そんな便利な代物ではない。致命傷を回復できる保証もないし、欠損部を元に戻せるも尾でもない。故にどれほど魔力をつぎ込もうとも清志が目を覚ますかなど分かりはしないのだ。
「目を覚ませ清志君!清志君!」
瞳は両目から涙をこぼしながら必死に呼びかける。レグルス・アンリミテッドの弱点である防御力の低さにより今の清志の耐久力は普通の人間とそう変わらないだろう。そんな彼があのドラゴンからの攻撃が直撃したのだ。瞳の脳裏に死の一文字が浮かび上がっていた。
気が付くと知らない場所だった。そこは真っ白な空間というわけではなかったが、物体らしきものもなく少し黄色みがかった光が精霊のように揺蕩う不思議な場所。そこに一人寝そべっていた。
「よう清志。久しぶり。」
声が聞こえた。それは男の声、最初はだれのものか全くわからなかったが、しばらくして気が付いた。これはあの日あった狂人、御手洗宗次のものだ。確か武との勝負に勝った彼は指輪をそろえバトルロワイヤルを勝ち抜いたはずだ。それからどうなったのか。
「実はあの天使にはめられて木になっちまったんだよ。ほらいまお前が寝そべってるそのでかい樹。」
ふと気が付くと、自分の下にある地面が木の根の間に位置していることを知覚した。地面から露出した木の根はごつごつと固いが、なぜか安心する。樹を見上げれば、数えきれないほどの葉と黄金の林檎。たしかダネルがあれを食べて、ドラゴンへと変化したのだ。
「あれは罰だ。ふさわしくないやつが林檎を手に入れたことへの罰。あいつは力と引き換えに永遠に怪物として暴れ続けるんだ。それはそれで面白そうだけど…。あの林檎を手にできるのは英雄のみ。試してみるか?」
すると目の前に黄金の林檎が現れた。手を伸ばせば届くほど近くにあのドラゴンを倒せる可能性があった。だが手にするメリットは感じない。理性を失って暴れるだけならみんなに敵をさらに増やすことになる。それはだめだ。
「なんだよせっかく残しておいたってのに。…まあそれでいいんだろうな。お前は人間だから。ならこっちをやるよ。これはあの天使が折れに埋め込んだ、神器の一部。いや出来損ない?もちろんあの怪物を倒すほどの力はないけれど…。」
林檎が消え、現れたのは小さなかけら。メダルというには小さくチップのようだ。いや丸い球?形が一定しない。起き上がり手につくころにはその形にとどまった。球の奥には何か文様のようなものが透けて見えるオレンジ色の何かだ。
「お前と戦えなかったのは残念だけど、まあこれも自業自得だな。おとなしく地獄へ落ちるとするよ。その前に神の果実になった俺からささやかなプレゼントだ。清志、お前があんまり早くこっちへ来ないことを祈ってるよ。」
手に収まった球から光がはじけた。
魔導王はドラゴンを一人で足止めする中、皆夫は洋子とククリに合流しマナの補給を行っていた。外部を覆っていた魔術結界は消失し、森人族の兵士たちによりプレイヤーたちの避難も完了した。ちなみにDjトルティーヤは気絶していたのでこれも運ばれた。
『さて神器を回収するにしてもこのままでは無理だな。おい、回復は済んだか?できれば足止めが欲しい。』
「ククリさんと洋子ちゃんはしばらく難しいよ!さすがに僕一人じゃその攻撃さばききれないんだけど!」
『ふむ面倒だな…もういっそのこと切り札を使ってしまうか。町が吹き飛ぶかもしれんがいいか?』
「いいわけないよ!?せめて清ちゃんが回復するまで待っててよ!」
『札が切れたらそれ以上待てんぞ。』
ドラゴンの猛攻を防ぎきる魔導王、しかしある時ドラゴンの口の発光色が変化しオレンジに近い炎のような光に変化した。その光線がブレスとして魔導王を襲う。それは魔導王の障壁を破壊し、左腕を吹き飛ばした。
「「「魔導王!」」」
続けざまにドラゴンの腕が魔導王を薙ぎ払い、地面へ激突する。皆夫たちが叫ぶが魔導王はいつもの声色で言った。
『まさか突破してくるとは想定外だな。…神器の効果を省くことで威力をあげたか。なるほど俺にとってはこの方が厄介だ。』
ドラゴンとなったダネルは四方八方無茶苦茶に攻撃を飛ばすが、それでも全員が無事なのは魔導王が札をためらわず使い防御しているからだ。洋子たちの回復はまだ十分ではないが、このままではじり貧であることは明らかだった。皆夫が出撃する覚悟を決めたその時だった。
「えーうっそぅ。」
皆夫だけでなくこの場全員の人間にとって想定外のことが起こった。
「うおおおおおおお!」
大樹から光が集まり一気に破裂したかと思えば、ドラゴンの目の前に巨人が現れたのだ。それもただの巨人ではない。その金色の姿は忘れようもないレグルス・アンリミテッドであった。つまり清志が巨大化した。
「「「えええええええ!?」」」
巨大化した清志は、素手でドラゴンを攻撃しバリアを突破して組み合っている。その戦いはまるで特撮映画。世界観がひっくり返る心地がした。
「な、なんなんだあれ!?魔導王がなんかやったのか!?」
『いや俺は巨大化機能などつけていない。…なるほどうれしい誤算というやつか。ふふふふ…。』
魔導王はひとしきり笑うと瞳に洋子たちの回復を命令した。
『どうやら奴らは同じエネルギー源から力が供給されているらしい。故にバリアが機能していないのか。ならば少しは余裕ができる。さて、どうしようか。』
「手伝ってやろうか?」
手の空いた魔導王に声をかけてきたのはリズだった。保護していた千歳の元から走ってきたらしい。
『たわけお前の出番なぞ…。』
「魔導王。一人じゃないぞ。」
魔導王の手を握ったリズの髪は長くウェーブのかかった美しい金髪に変化した。それと同時にそのアメジストのような瞳の奥に燃えるように紅い光が灯っていた。彼女に触れられた魔導王の体に魔力がほとばしり、一瞬で失われた左腕が再生する。
『…捕まれ。振り落とされるなよ。』
「おう!」
魔導王はリズを背負うとその両手から真っ赤な刃の双剣を生み出した。そして跳躍する。レグルスにも劣らぬスピードでドラゴンへと突撃し、双剣を突き立てた。しかし双剣はドラゴンのバリアに阻まれた。
『さすがに数か月準備された魔力だ、簡単には突破できんな。』
「足りないか?」
『何問題ない。魔法と魔術で大切なのは量と質、その両方において俺に分がある。ならば足りぬことなぞありはしない。』
突き立てた双剣から炎が巻き起こり、バリアを侵食していく。そして刃を振り切ると同時にガラスを割るがごとく破壊した。
『さてこちらも返してもらおう。貴様なぞには過ぎた宝だ。』
バリア内部へ侵入した魔導王は双剣を一つに融合し、炎の長剣に変化させた。瞬く間にドラゴンの体中を切り、お返しといわんばかりに片腕を落とした。そしてその胸部に長剣を突き刺す。
「いっけえええええ魔導王うううう!」
「GRRRRRRROOOOO!」
ドラゴンの全身が発光し、爆発した。それはドラゴンの攻撃で魔導王たちと巨大化したレグルスは吹き飛ばされた。魔導王はリズを抱きかかえ何とか着地するが、清志は大樹へと倒れ込み、大樹は折られ巨大な体も元へ戻った。
「大丈夫!?」
千歳が魔導王に駆け寄る。抱きかかえられていたリズはまた気を失っているようだが大事はないようだ。千歳にリズを任せ魔導王は全員に念話をかける。
『神器は回収した。後はそのトカゲだけだ。わかっているな?』
「あとは任せるってことだよね。」
「やってやるのですよ。」
「瞳は清志を頼む。無理させてごめんな。」
「任せろ!」
「おじさんも頑張っちゃおーっと!」
「えっ団さん!?」
神器が奪われた影響かドラゴンにも苦悶の様子が見て取れる。魔導王が一度破ったバリアも修復されたが、弱体化が見られるのも確かだ。洋子たちの回復も間に合い、一気に仕掛けようとしたとき、皆夫はようやく自らの隣に火縄銃の団がいることに気が付いた。
「どうして?」
「いやあ図太いおじさんでもさすがに子供たちに任せっきりでのんきにはできなくてね。あのバリアを破って攻撃したいんでしょ?ちょっとは手伝えるかもってごまをすりに来たわけよ。」
「…背中撃たないでくださいね。」
「撃たない撃たない。前にも言ったけど僕は約束守るおじさんだよ。」
「分かりました。攻撃できるのは魔導王の札が残っている間だけです!一気に攻めましょう!」
「「「おう!」」」
それからも激戦が続いた。ドラゴンのブレスは魔導王が防ぐものの、物理的な攻撃は洋子が受けるほかなく、攻撃してもバリアが防ぐ。今まで瞳の防壁に何度も助けられてきたが、いざ的になるとこれほどに鬱陶しいものはなかった。
「きりがない。なんて硬度だ。それに破壊したところで、さっきみたいに修復されたら…。」
団の銃撃とククリの連撃、皆夫の暴風攻撃を受けてなおバリアは破壊できない。このままではまた魔力が尽きて戦闘不能になってしまう。温存するべきか、全力で当たるべきか判断がつかなかった。
「いいや僕が思うに割と優勢だね。あの樹を見なよ。さっきはあんなに青々していたってのに今は枯れかけだ。あの樹がダネル君の魔力の源だとすれば、限界は近いんじゃあないかな?」
「僕たちも枯れかけどころかすでに搾りかすなんですけどね!」
「あめの…さか…ぐっ…。」
最初に脱落したのはククリだった。彼のエピックウェポンは大量の魔力を消費するうえ、ブースターを持っていないククリは限界だった。
「ククリ!」
「しょーじきおじさんもやばいかも。もういい歳だしねここらで一発でかいのがくれば破れそうなんだけど…。」
「皆夫、おじさん。しばらく耐えてほしいのです。考えがあります!」
「洋子ちゃん?」
「でかいのお見舞いしてやるのです。」
洋子の提案は皆夫にとって判断が難しいものだった。十中八九洋子はリフレクタルインパクトを発動するつもりだ。しかしそれを放ってしまえば、戦闘不能は逃れない。彼女の守り抜きでそのあと戦えるだろうか。もしかしたら大したダメージにはならないかもしれない。むしろ窮地に追い込まれる可能性すらある。
「…いや違うよね。」
皆夫はその考えに首を振る。この半年、誰よりも彼女たちを見てきた自分が信じずにどうするというのか。彼女は強い。清志も瞳も強いことを知っている。ならば信じてその次を考えようとそう思った。
「任せるね洋子ちゃん!」
「はい!私がいない間死なないでくださいね!」
「オッケー!ウォールオブハリケーン!」
竜巻を大量に作り出しドラゴンをかく乱する。その間に団が攻撃を続けた。魔力消費はひどいが、マナもまだ残っている。皆夫は時を待った。
「マナブースト…マナブースト…マナブースト!」
洋子は皆夫が持ってきた今までみんなで集めたマナをブースターに詰め込み、魔力を充填した。
『おい、それはさすがに危険だ。』
魔導王の念話が来る。それは洋子にもよくわかっていた。彼から与えられたエピックウェポン「エクエス」の能力は「吸収と放出」。二つの能力を合わせて初めて戦いが成立する武器だ。しかし大前提として吸収したエネルギーを貯蔵する、それがエクエスの強みだ。しかしこうも大量に詰め込めば、いつ破裂してもおかしくない。だが洋子はためらいなくマナをブースターに詰め込んだ。
「分かっています。私は無謀で馬鹿なことしてるってよくわかっているのですよ。でも勝つために、勝ってみんなで帰るためにはこの程度のリスク背負わなければいけないのです。誰一人失わないために!」
以前敵プレイヤーとしてリクが使ったエピックウェポンを犠牲にする大技、あれを見てどれほどのマナならば耐えられるか推測できた。そして魔導王のエピックウェポンならばそれ以上にと。直視できないほどの光を発するエクエスを構え、洋子はドラゴンと対峙した。後ろで回復を受ける清志を感じながらつぶやく。
「いっつも足を引っ張ってました。でもずっとあなたの役に立ちたかった。だからこの一撃はその借りを返して見せるのです!」
限界をはるかに超えたエネルギーを内包し、エクエスが悲鳴を上げるのが聞こえる。今までその強靭な体で、みんなを守り戦う騎士のようであった相棒に洋子は感謝をささげた。
「さよならなのです。パラディンズ・オーナー!!!」
その魔力の濁流は音を呑み込み、ドラゴンを呑み込み、洋子を吹き飛ばした。
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