第99話「レグルス・アンリミテッド」

「超常たる神の力、その一端をお見せいたしましょう。」


 ダネルのその言葉と同時に、清志たちを取り囲むように大量の巨大魔道具たちが地面から現れた。それらはどれも現代武器とは異なる様々な色や形をしていたが、長い首と銃口を持ちこちらを狙い撃とうとしていた。


「プレイヤーの次は魔道具の軍隊か。さすがに芸がねえな。」


 清志は「変身」と唱え金色の鎧をまとう。防御力の高い洋子と機動力の高いククリは十分対処できると判断した清志は同時に足場を展開し、出現した魔導具を破壊しようと跳躍した。たとえ破壊できなかったとしても銃口をずらし、同士討ちで自滅させられればいいと考えていた。しかしそれは机上の空論と化す。


「行かせませんよ。無視だなんて寂しいではありませんか。」


「おまえ…!?ぐああ!」


 跳躍した先の目の前にその天使は突然現れ、清志に向かってナイフを振るった。それを受け止めるが、あまりの威力に地面へと吹き飛ばされる。地面に激突すると思われたその時、その落下地点にダネルが待ち構えていた。そして清志を蹴り飛ばした。


「うああああ!」


「清志!っきゃあああ!」


 清志に気を取られた洋子とククリにも魔導具による砲撃が加えられた。とっさの防御を行うが、巨大な火炎球は洋子のシールドを回り込み少なくないダメージを与えた。ククリは何とか攻撃を回避し、彼女の元へ駆け寄った。


「洋子ちゃん大丈夫か!?」


「だい…じょうぶなのです!清志は!?」


 エネルギー充填時間のため魔導具の砲撃が止み、洋子が清志の吹き飛ばされた方向へ目を向けた。そこには洋子以上の集中砲火を受け、鎧の至る部分が損傷しひび割れたレグルスの姿があった。


「はあ…はあいってえ…。」


 ダネルは笑みを浮かべながらなんとか立ち上がる清志を見下げた。


「それが魔導王から盗んだ…神器の力なのか。」


「盗んだとは心外ですね。これは我が主の御力、時を操る神器「ルフォン・クロノス」。神に仕えし私が持つべきものです。」


 その神器のことは少し前に魔導王から聞いていた。時を操るという人間には到底実現できないであろうまさに神の力、実はいくつかは魔術で疑似的に再現できるらしいが、そんなものをなんで盗まれているんだと清志は本気で怒った。おそらく先ほどの超速移動はダネル自身の時を加速することで、清志に追いつき攻撃したのだろう。ククリの能力に近いものを感じるが、自由に時の加速減速を操れるのだとしたら彼でも手こずるのは明白だ。


「小休止は済みましたか?それでは次に移りましょう!」


 ダネルの体がまるで残像を残して消えたかのように加速され、清志へと突撃した。清志は居合切りの体勢をとり、間合いに入る瞬間を待つ。ダネルは加速した状態で清志の周りをまわり、瞬間清志の間合いまで足を踏み入れる。


「うおおおお!」


 その一瞬を感じた清志は刀を抜き、ダネルを切り裂いたはずだった。それすらも残像、刀は空を切り、背後から強力な一撃を受けた。


「かっ…!」


「速度において自らよりも圧倒的に上回る相手と戦ったことはありますか?」


 体勢が崩れたと同時に、ダネルの攻撃は機関銃のように激しくなった。胸、背中、横腹、肩、首、まるで何人もの暴徒が一斉にリンチしているかのように絶え間ない暴力の嵐が清志を襲う。そして空中へ吹き飛ばされ、魔道具の一斉攻撃を食らう。


「ぐ…あ…。」


「ふほほほほほほほほほほ!」


 ダネルの奇妙な笑い声が響く。洋子とククリは魔道具により牽制され、瞳は現在ダウンした皆夫や気を失ったプレイヤーたちを守るのに手いっぱい。清志を助けられる余裕などありはしない。


「素晴らしい!これぞまさしく神の力!魔導王が作った魔道具ごときがこれを上回るはずもない!最強の力だ!」


 レグルスの鎧の損傷はかつてないほどで、防具は全体にひびが回り今にも崩れそうだ。これ以上魔導具の攻撃を受け続ければ清志は死ぬ。


「リフレクタルインパクト!」


「天逆鉾!」


 ゆえに二人はためらいなく切り札を切った。洋子の「エクエス」とククリの「アシラ」それぞれの最強技。強力であるが魔力消費量がとてつもなく連発どころか一度打てば戦闘不能になりかねない技だ。それにより魔導具の半分ほどが破壊された。洋子はブースターの魔力供給のおかげで何とかエクエスを維持しているが、それでも途方もない体力消耗に膝をつく。それはククリも同様で息も絶え絶えだった。


「清志立ってください!まだ終わってないのです!」


「立ってくれ!お前がいないと勝てないぞ!」


「騒がしい方々ですね。」


「「ぐはっ!」」


 容赦ない砲撃が洋子たちを襲う。著しく体力を消耗した彼女たちにそれが防げるわけもなく、あまりの衝撃に地へ伏せる。ダネルはそれを満足そうに見つめて両手を広げた。


「ふほほほほほほほほほほ!なんと哀れで貧弱な生き物なのでしょう!?見なさい魔導王!戦いとは始まる前にすでに決着しているこれこそがその証左ですよ!」


『む?すまん、半分以上聞いてなかった。』


 ダネル高まり切った高揚感は一瞬にして崩れ去る。自らの背後にいた魔導王の声が彼をこおりつかせた。振り返りながら魔道具で砲撃するが、魔導王はそれを立った一枚の札を用いて防ぎきる。さらに驚愕したことに、彼の両腕に抱きかかえられていたのはダネルによって地面の底に隠されていたはずのリズがいたのだ。


「いつの間に…いや一体どうやって!?」


『なにこの程度の魔法、どうとでもなる。別に俺は逃げも隠れもせん、これは返してもらおう。』


「くうう!」


 ダネルは先ほど清志にやったように魔導王の周囲を高速で回り、攻撃を仕掛ける。それに対して魔導王は複数の札を同時に展開し全方位へシールドを展開した。


『それにしても何を手こずっているのだ清志?まともに使いこなせない神器使いごとき、まさか勝てんとは言わないだろうな?』


「くそおおおお!」


 ダネルが雄たけびを上げながら、攻撃を続けるがその時シールドを展開していた札が発光し同時に爆発した。そして発生した煙の中からおそらくバリアを用いて絶えたであろうダネルが飛び出る。消えた煙の中にはすでにもぬけの殻で、気づけば瞳や森人たちが集まっているエリアまで魔導王は戻っていた。


「どこまでも…!」


「ほん…とうふざけたやつだよな。けほっ…こちとら死にかけてるってのに…手の一つくらい貸せっての。」


「愚か、そのまま寝ていれば、死ぬこともないというのに。」


 全身から煙が立ち上り、今にも意識を失いそうな状態で清志は立ち上がった。


「洋子、ククリ…魔導具を何とかしてくれ。多分、横入がなければ俺が勝てる。」


「…今なんといいましたか?」


 清志の言葉をダネルは理解することができなかった。いままで手も足も出なかった。ただの一撃すら充てることのできなかった子供が、いったい何の根拠を持って勝てると言い張るのだろうか。神器による超スピード、今まで集めたプレイヤーたちの魔力とそれを用いた超強力なバリアと膂力。たとえ神器がなくとも一対一では勝ち目などあるはずもなかった。


「苦し紛れの嘘で仲間だけでも逃がそうという魂胆ですか!?それは残念、このセントラル一帯には強力な魔術結界によって誰も…!」


「嘘じゃねえよ。」


「なんですって?」


「お前は俺が倒す。絶対に、絶対にだ!」


 清志は地面に刀を突きさし、その柄に両手を置いた。ダネルはとっさに魔道具によって攻撃を加えようとするが、その攻撃はククリによって移動した洋子が受け止める。


「こちらは任せろなのです。絶対に手は出させません。」


「サンキュー。これで心置きなく戦える。」


 砲撃が降り注ぐが、それを洋子は受け続けた。ダネルの表情に焦りが見え始めた。その防御は彼らを取り囲むように無数の盾が現れたように見えた。


「ファランクス!」


「アーマーオフ。」


 そして金色の鎧の壊れた防具たちが一つまた一つとはずれ、光へ消えてゆく。それと同時に青く美しい光がその周りを取り囲んだ。そしてそれは彼の首元へ巻き付くマントのように形を成す。


「レグルス・アンリミテッド!」


 その姿はもはや金色の鎧とは表現することはできないだろう。防具と呼べそうなものは肩や肋骨部、ひざなどの関節部のみ。腕や手足からは魔術回路が露出し、胸部の中心には動力コアである魔術結晶がむき出しになっている。変身時に現れた光のマントは消え、その姿は以前のような重厚感のある力強さは感じない。ただの一撃でも攻撃を受ければ集まった花弁が散るかのように崩れる、それほどの心もとなさすら感じる。


「ふ、ふほっ、ふほほほほほほほほほほ!何をするかと思えば、鎧を脱ぎ捨てるとは!それで身軽になったおつもりですか!?私のスピードに追い付けるとでも!?」


「…御託はいいよ。さっさとやろうぜ。」


「そういうものをただの自暴自棄というのですよ!」


 予備動作なくダネルは加速し、目ではとらえられなくなる。余計なものをすべて取り除いたレグルスであってもおおよそ追いつけないであろう超速。一撃でも受ければ致命傷になる貧弱な敵を前に、ダネルは既に勝利を確信していた。最も無防備な場所を観察し、一気に走り出しナイフを振るった。そしてその刃は清志を豆腐のように切り刻む…はずだった。


「な…何?」


「お前のそれは、馬鹿の一つ覚えっていうんだよ。」


 しかしその一撃は清志の刀によって防がれた。ナイフをはじかれたダネルは信じられないような顔をして清志を見た。


「馬鹿な!」


 しかし再度ダネルは加速し攻撃を加えようとする。しかし清志ははじく、はじく、はじく、そのすべてを刀ではじき防いでいく。先ほどまで手も足も出なかったはずだ。ダネルにとって相手は亀のように鈍足な獲物でしかないはず、しかしただの一撃も入れることができなかった。


「な、なぜだ!何をした!?」


「いいのかよ加速やめて?もう降参?」


「お前の能力は不可視の足場、それ以外は身体能力を向上させる鎧しかないはずだ!時を加速させた私の動きについてこれるはずがない!」


 動揺するダネルに清志は仕方ないと首を振った。そして問う。


「なんでお前は加速を続けない?無限に時を加速して俺を攻撃すれば、俺なんてすぐに倒せるはずだ。今まで何度もそれが可能だったはずだ。それはなぜか?」


「!」


「ルフォン・クロノスは時を操る神器だからだ。時間以外に関係ない超パワーを与えてくれるもんじゃない。時を加速させてもお前自身が強くなれはしない。」


「それがどうしたああああ!」


 ダネルは再度時を加速させ、清志の周りを回り始めた。先ほど以上に時を加速させこの一撃で仕留めようというのだ。ダネルから見て清志はスローカメラに映された被写体だ。その弱点であろう胸部の魔術結晶を狙って全力で突撃する。その時ダネルは気づいた。自らと清志を取り囲む空間にうっすらと青く輝く小さな光の球が大量に存在していることに。それらは結合し形を成していく。そしてダネルがその光にある程度近づいた瞬間、磁石のように体が引き付けられる感覚に陥った。


「これは宗次と同じ!?いやその逆!物体をはじくベクトルを持った力場か!」」


 そして次の瞬間ダネルは自らの腹部まで清志の刀が近づいていたことに気が付いた。体勢が崩れ回避は不可能。だが自らに展開したバリアは何百人というプレイヤーから集めた魔力で作られたものだ。一撃で破壊できるものかと高をくくった。


「な、なにいいいい!?」


 しかし清志の刀はいとも簡単にダネルのバリアを突破し、その腹部を切り飛ばした。


「ぐあああああああ!」


 たまらずダネルは加速を解き、傷口を押さえてうずくまった。


「腹の傷が治らない!これは刀にもあの力場の効果が…!?」


「神器は超常の力だが出力されるのはこの世界だ。神器の力の結果何が起こったのかよく考えてみろ。なんていきなり言われてさ。最初はわけわかんなかったよ。だけど確かにその通りだった。時を加速するなんて小難しいこと考えてたら対処できることもできねえもんな。」


「なにを…!」


「ニュートン力学においてエネルギーとは質量と加速度の積だ。エネルギー自体が変わんねえなら加速すればその分質量が下がることになる。っていうのはこじつけだけど、要するに神器を使うとお前の力は加速のために大半が使われてそれ以外がもろくなるってわけだ。だからこそ無限に加速なんてできないし、攻撃するときは一度加速を止める必要が有る。」


「ぐ、ぐおおおおお…!」


「そして重力などの時間にとらわれない要素は十分通用する。それこそレグルス・アンリミテッドの能力、足場ならぬ「力場」もな。魔導王の奴、最初からここまで考えてたのかよったく。」


 レグルス・アンリミテッドとなった金色の騎士の刀は力場により、刃に対して垂直方向に広がる力が発生している。これにより刃という極薄空間において強力なせん断応力が発生し大抵のものは容易く切ることができる。その上ダネルは加速状態での一撃により強力なバリアすら突破されたのだ。


「ふざ、ふざけるなあああ!神の力があんな魔物の作った不良品ごとき負けるはずがない!」


「神器は負けてねえよ。負けてんのはお前自身だろダネル。」


「うおおおおあああああああ!」


 また時の加速を始めたダネルに清志はため息をついた。そして居合切りの姿勢をとっていった。


「それはもう見切った。終わりだダネル。」


シュンっ


 次の瞬間、清志の背後に背を向け立つダネルがいた。その眼は充血しながら見開き、言葉の一つも発さない。一方の清志は抜いた刀を静かに鞘へ戻した。その瞬間ダネルの全身から血が噴き出す。


「や、やった!清志の勝ちなのです!」


 必死に魔道具の攻撃を防ぎすべて破壊した洋子が叫ぶ。そして清志はゆっくりとダネルの方を向いた。全身から血が噴き出し瀕死のダネルは、荒い息を吐きながら地面を握り締める。


「ち…畜生…畜生どもめが…!」


「…投降しろダネル。別に命まで奪うつもりはねえよ。」


 どちらも満身創痍ではあったがこの戦いの照射がどちらかそれは明白だった。清志はダネルに投降を勧め回答を待った。もう殺さないと了司と約束したからだ。だがすぐにその判断に後悔することとなる。


「ふ、ふふ、ふほほほほ!…なにを勝ち誇った顔をしているのですか?ほほほああ…そう…そうだ。後悔するでしょう。私にこれを使わせたことを!」


 ばさりと血まみれの羽を広げ飛び上がるダネル。その右手には先ほどまで持っていたナイフの代わりに黄金に輝く果実があった。それは電波塔前に生えていた大樹と共鳴するように光を発した。大樹に実っていた果実が光の粒子と化しダネルの元迄集まっていく。悪寒を感じた清志とククリはすぐに攻撃するが、ダネルの周りに展開されたバリアによって防がれる。その光景を眺めながらダネルは嫌らしく大口を開けて黄金の果実へかぶりつく。果汁を口元から滴らせてすべて完食すると、両手を広げて笑い出した。


「素晴らしい!素晴らしい力だこれこそが私の求めていた力の極致!さあ醜き劣等種どもをごろzzzzrararoaigrahoiggGRRRRRRRRR!」


 ダネルの体は何かが噴き出し彼を取り囲むように形を成した。そしてそれは電波塔を上回るほどの巨大なドラゴンへと変貌した。あまりの巨大さにそこにいる誰もが言葉を失った。もう一度攻撃しようと清志は刀を振るうが、それもドラゴンの周りに今なお展開されていたバリアによって防がれてしまう。


「くそっなんて硬さだよ!」


 その硬度は先ほどまでのダネルとは段違いだった。そして攻撃の隙にドラゴンの一撃が清志を襲った。巨大な尻尾による攻撃が直撃し、大樹へと叩きつけられた。


「かはっ…!」


 体を鞭うち清志はぐったりと倒れ込んだ。


「「清志!」」


 洋子たちの叫びに清志は反応しなかった。ドラゴンとなったダネルは人の言葉をなくしたのか意味の分からない咆哮を轟かせ暴れまわる。戦況はまた圧倒的劣勢へと追いやられたのだった。

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