第98話「最後の戦い」 

 清志たち4人は魔導王に魔道具の最終アップデートを施されたのち、この異界でその性能になれるべく修行を行っていた。もはや人もアンノウンもいなくなったクレイジー・ノイジー・シティは寂しさすら覚えるが、たまにククリたちとも交流しながらまじめに訓練を続けた。


「第3回バトルロワイヤル…結局いつになったら終わるんだろ?もう何週間も音沙汰なしだよ。」


「武とも全然連絡とれねえしな。セントラル行っても何にもわかんなかったしさすがに修行も飽きてきた。」


 黄金の指輪をめぐるこのバトルロワイヤル。洋子は健也に洗脳された際に奪われ、了司も欲しいならくれてやると奴に渡してしまったらしい。その健也はククリが倒したので、指輪をそろえながらも健也は敗退したわけである。残りの所持者は御手洗宗次と、泣き女の指輪も所持していた武のみだ。御手洗に至っては第2回バトルロワイヤル以来姿を見ていないし、武とも音信不通。だいぶ心配だが、個人を手掛かりなしに探すにはこの異世界は広すぎる。ククリたちにも捜索を手伝ってもらっていたある日のことだった。


「みんな早く来るだよ!」


 突然演習場へ走ってきたククリに呼び出され、向かった先は森人村にある救護施設。そのベッドに横たわっているのは全身に大けがを負い、意識を失っている武だった。ククリの精霊樹によって体を包まれ、クルルの魔道具を併用して治療を行っているが容体は良くないらしい。


「死ぬことは多分ねえが、気を抜いたら危ないだ。しばらくは安静にするしかないだよ。」


「いやあ、ありがとうねかわいいお嬢さん。おじさん子供に死なれたらさすがにメンタルクライシスだったから。」


「お前…!?」


 武の隣に座っていた人物を見て清志たちは驚いた。それは何度も敵対した火縄銃の男、団であった。ククリの話によれば、瀕死の武を背負ってここまでやってきたのだという。場所も場所だけに戦闘は回避したが、以前緊張状態の中彼の話を聞いた。


「なんでお前が…確か魔導王が言ってた盗人の仲間なんじゃねえのかよ?」


「傭兵ね、さすがに縁切ったよ。おじさんには手が負えなくなってきてね、彼と御手洗君の戦いに乗じて逃げてきたってわけ。って言ってもおじさんこの世界から出る方法持ってないから、君たちを探してたんだよね。」


『それは何とも図々しいことだ。』


「魔導王!」


 突然ぬっと入ってきたのは魔導王と千歳。それを見て団はへらへらと笑った。


「これはこれは魔導王様。タイミングが良いことで…でもこんな貧相なおじさんのためにわざわざ来たわけじゃないんでしょう?」


『当然だ。貴様なんぞいつでも始末できるからな。さてガキども、盗人の準備もできたらしい。お待ちかねの最終決戦だ。準備しろ。』


「はああ!?いきなり何言ってんだよ!?」


 入ってきた瞬間とんでもないことを言ってくる魔導王に清志たちが動揺しないわけがなかった。声をあげる清志に魔導王は心底わからないといった風に言った。


『2週間以上前から言っていただろう?そろそろ最終決戦だと。そのための訓練をさせてきたはずだが忘れたか?』


「いや聞いたよ!?それは聞いたけどさ、なんつーかこうそういうのはあと三日前くらいに通知あってもよくない?ゲームアップデートみたいな感じで!」


『ちなみにリズはさらわれた。』


「「えええ!?」」


『またお前たちが失敗した場合、この異界どころか現世の街も消滅の危機だ。』


「「「「えええええええ!?」」」」


 この魔導王という男はいつも突然重大な情報をよこしてくる。清志たちは驚くばかりであったが、ククリやクルルたち森人族は冷静に彼へ質問した。


「おらたちはどのように?」


『ククリは借りる。ほかはこの村の防衛で構わん。…いや兵の三割も借りよう。村までの迅速な移動ルートが欲しい。』


「分かりましただ。すぐに手配します。」


『ああ。』


 ククリが外へ向かい、森人たちは迅速に行動を始める。一方でのんきに座る団は彼に尋ねた。


「君に勝算はあるのかな?最後の状態を見た僕から言わせるとかーなり厳しそうだけどねエ。」


『俺がいるのだから勝つのは当然、問題は勝ち方だけだ。貴様は自分ことでも心配してるんだな。ガキども、何を呆けている?行くぞ。』


「は、はい。」


「…おう。」


 清志たちが外へ出たのち、声がかかった。武の治療を行っていたクルルだ。


「魔導王様、彼らについては心配なさらず。…ご武運を。」


『そこについては心配してない。以前言ったこと、頼んだぞ。』


「はい。必ず。…っ。」


 クルルは魔導王を抱擁し悲しそうに下を向いた。魔導王はそれに対し彼女の背中をやさしくさするとすぐに離れ部屋を出ていった。


 魔導王が先導し千歳、清志たちが続きさらに後ろに森人族の兵士たちが並ぶという大所帯。まるで従軍しているかのような感覚にすらなる。瞳や洋子の表情からは困惑が読み取れた。今まで影も形もなかったこのバトルロワイヤルの黒幕と戦わなければならないのだから仕方がない。清志自身も相手が黒幕で割るものという意識が低いせいか、あまり戦闘意欲がわかなかった。魔導王が言うにはリズもさらわれているというし、何とかしなければならないのは事実だ。しかし彼が言うにはリズ自身に手は出せないらしい。以前のように魔導王の自作自演のようなきがして緊張感が持てない。


『清志、皆夫。』


「どうかしたの?」


「なんだよいきなり。」


『今回の戦闘、俺は基本指示はしない。使える手ごまはククリを含めたお前たち5人と考えろ。リズと財宝の回収は俺がやる。』


「丸投げかよ…。いいのかそれで?」


『その方がいいだろう。まあ気楽にやりたまえ、最悪お前たちの町が消滅するだけだ。』


「いやいやいやそれ滅茶苦茶困るんですけどね!」


『ならしっかりやれ。着いたぞ。』


 クレイジー・ノイジー・シティのセントラル、これまで何度も訪れた異界の街。その中心にある電波塔は一等巨大なモニターがあり、Djトルティーヤのやかましい声を何度聞いたことか。そこへ向かいセントラル入り口の門を通った瞬間、スピーカーの起動する音が聞こえた。


『この半年間、このクレイジーな世界でたくさんの熱い戦いが繰り広げられてきた!だがそれはなぜ、何のために!?誰もが心の隅で思っていた疑問が今日明かされる!すべてはこの戦いのためにあったのだ!あの日突然あの悪魔は現れた。残虐非道な悪魔はか弱き子供たちを誘惑し、修羅へ堕とした。そんな子供たちを救うため、強大なる魔の王を倒すため、彼は探していたのだ!悪魔を倒しうる神の使途を!そしてすべての準備が整った!聖戦ジ・ハードが今始まるぜえええええ!』


「うるせええええ!なんなんだよこいついつも声でかすぎなんだよ!ツーかだれなんだよDjトルティーヤって!?」


 最後最後といわれ続けてさすがに我慢できなくなってきた。このやかましい実況はずっと無視してきたがうるさくてかなわなかった。黒幕の前にこいつをぶっ飛ばしたいと清志が叫ぶ。それに対して瞳が言った。


「清志君清志君、あれ。」


 そう言って瞳が指さした先には小さなテントがあり、テーブルとともにマイクを持った男が座っていた。緑色のジャージを身に着けたマッシュルームカットの男は、こちらに気づくとびくりと体を震わせた。


「ど、どうも。」


「…マジですか。」


「…なあ魔導王、黒幕の前にあいつ一発ぶん殴ってきていい?」


『くぎを刺す程度にしておけ。それより問題はあっちだ。』


 これは後々分かったことだが、彼はDjを目指して上京したが女性に騙され琴線をだまし取られたのち人間不信になって引きこもっていたニートだったようだ。この異界に引き込まれたのち、バイトとしてここで実況を行っていたという。正面から話す彼は気弱で、今回の戦いも実況することになっているようだがあまりうるさくしないように念を押した。そして魔導王が指さした電波塔についてだが、おとといほどに訪れたときとは様子がまったく違った。


「またこれはすごいね。本当におとぎ話の世界みたいだよ。」


 電波塔の前には巨大な幹から多数の枝葉が茂り、無数の黄金に輝く果実が実る大樹があった。神樹ほどではないにせよ、これほど巨大な樹を間近で見るのは全員初めての経験だっただろう。その樹の前にはコンサート会場のように階段が設置され、奥には屈強な獣の姿をした白磁の石像たちが立ち並んでいた。この近代的なクレイジー・ノイジー・シティのなかでそこだけが西洋的な教会のようだ。そしてその中心に一人の天使が現れた。


「ようこそ皆さん。まずは自己紹介を。私の名はダネル、貴方たちの言葉では天使と呼ばれるものです。」


「天使?」


 ダネルと名乗った天使は礼儀正しくお辞儀した。確かにその姿も声色も天使といわれて納得するしかない。それほど彼は清志たちの感覚通りの天使であった。純白の羽、ギリシャ神話のキトンらしき衣服…しかしなぜか清志たちにはぞっと背筋を凍らせる何かがある気がした。


「先に称賛させてください。よくぞここまでこの異界で戦い抜きましたね。特に清志、つらい過去と向き合い友を救ったあなたの勇敢さには感服いたしました。」


 ダネルはぱちぱちと笑顔で称賛の拍手を送る。いきなり敵を誉めだすという異常な光景に4人は困惑した。


「…リズはどこだ?」


「はて?」


「とぼけないで!あんたがさらったリズはどこ!?」


「…失礼しました。こちらに。」


 ダネルが地面に手をかざすと、地面から光が発生しそれとともにリズが現れた。彼女は無表情のまま石造のように動かない。それを見た清志たちはいっせいに武器を構える。


「てめえ…!」


「訂正しておきますが、彼女の状態は魔導王による呪いのためですよ。私は彼女を連れてきましたが、一切手を出しておりませんしそのつもりもありません。私の目的はその悪魔を滅することのみ。それが達成できるのでしたら、すぐにでもお返しいたしましょう。いかがでしょう皆さん、私に協力してはいただけませんか?」


「どういう意味だ?」


「魔導王と手を切り、私とともに打倒していただきたい。もちろんそのお礼はさせていただきます。彼の悪辣さはあなた方も痛感しているものでは?」


 提案は魔導王を裏切れというものだった。悪辣と表現された魔導王の性格は正直否定しづらいもので、少しだけ清志は周りに視線を向けた。まあ性格はよくないなと皆の表情が言っている。しかしそれと同時に意見の合致があった。


「悪いけど、人質とるような奴に裏切れって言われても、はいそうですかとは言えねえな。そこまで馬鹿じゃねえし、魔導王はそれを許すほどやさしくない。」


「それは残念です。しかしそれでは困ってしまいますね。」


 ダネルは悲しそうに眼もとをハンカチで抑えながら、また地面に手をかざした。それと同時にダネルの背後の階段の上に何人もの魔導具らしき武器を持った少年少女が現れた。彼らは貫頭衣かんとういのような質素な服装に統一され、目元にはそれぞれ三本線が刺青のように書かれている。さらに階段の後ろに置かれていた獣の石像が割れその中から石造のデザインと酷似したアンノウンが現れた。


「彼らは私のもとに集まった選ばれし神の使途。彼らと私、そのすべてを相手取ることが果たしてできるでしょうか?」


 数十いや百以上いるかもしれない人と怪物の入り乱れた神の使途たちは一斉に攻撃の準備を始めた。


「こいつらもしかして行方不明のプレイヤーたちか!?」


「どうするんだこれ!?そうだ魔導王まえに使ったドラゴンの魔道具で!」


『あーあれはリズがいなければ使えん。』


「三秒待ちましょう。こちらにつくか、戦うかお好きにどうぞ。」


 カウントダウンが始まり、攻撃のための光がどんどん強まっていく。森人たちは動揺し、ククリはとっさに魔法の木の壁を創り出したがおそらくその程度では吹き飛ばされてしまうだろう。


「3,2,1…残念です。」


 そして攻撃が一斉に発射された。轟音があたり一帯に響き渡り、地面は割れ大量の土煙がわいた。少し遠くからそれを観察していたDjトルティーヤは一瞬気絶した。


「ほう。」


「「セイクリッド・キャッスル!!」」


 土埃が収まるとダネルは感心したように声を漏らした。洋子と瞳の合体技である聖なる城が清志たち全員をあの攻撃から守り切ったのだ。それでも城には多くのひびが割れぎりぎりであったことは間違いない。二人は冷や汗を流しながら、疲労感に膝をついた。


「まさかあの攻撃を耐えきるとは、想定以上でした。」


「人海戦術に離れてますからね。主に受ける方でなのが人望のなさといいますか。」


 そう言って皆夫は前へ出た。少し困ったような顔をしながらダネルを見つめる。しかしその眼は決して恐怖に臆したものではなかった。


「まさか君一人で戦う気ですか皆夫?」


「…今回位僕がをやりたかったんですけど、こういう状況なら仕方ない。人には能力ごとに役割ってものがありますからね。」


 皆夫は自らの刀を構え目を閉じた。それと同時にあたりに風が巻き上がり始め、じりじりと周囲に魔力が集まりだした。それは暗雲のように立ち込め電気が走る。まるで豪雨でも始まるかのように。


「テンペスタス…『ザ・テンペスト』!!!」


 その言葉と同時に皆夫の体は風の力で空中へ持ち上がり、あたり一帯が暗雲へドジ込められた。そして四方八方から強風と雷が立ち上る。神の使途もとっさに皆夫へ攻撃を仕掛けるが、攻撃の多くは雷に撃ち落され、残りも瞳のホーリーギフトにより攻撃は阻まれた。


「ありがとう瞳ちゃん。後は大丈夫。もう何もできないから。」


 突然神の使途の一部が吹き飛ばされた。それは皆夫のサイクロンスラッシュが直撃した時と酷似している。またある場所にはアズール・ライヨの青き雷が使途を襲う。ある所にはまた別の雷、竜巻が。何度も何度も断続的に無数の攻撃が四方八方から巻き起こる。それはまるで嵐の中に身を投じているようだ。


「…強い。強すぎる。」


 以前皆夫に特訓と称して何度か皆夫のテンペスタスを体験していたククリだったが、改めてその圧倒的な力を痛感した。現在のククリですら手こずるであろうプレイヤーとアンノウンの大軍を皆夫はたった一人で、ものの数分のうちに片づけたのだ。


「ふー、さすがにもう持たないや。ブースターも空。清ちゃんあとは任せるよ。もー最後位ラスボス倒したかったなあ。」


「おう。さすが皆夫だ。早めに回復させて戻ってきてくれていいんだけど。」


「勘弁してよ清ちゃん。僕か弱い男の子なんだよ?。」


「瞳、回復頼んだ。」


「おっけー!」


 マナブースターを全開で使い、もって数分すべての体力を使い果たした皆夫は一時戦線を離脱した。だがその戦果は十二分以上だ。清志、洋子、ククリはダネルの前に立ち武器を構える。森人の兵士たちは魔導王の指示で気絶したプレイヤーを回収し始めた。


「相手取ることができるでしょうかだって?たった一人でできたわけだけど、何か言うことはねえのかよ天使様?」


「うちの皆夫は雑魚狩りなんて楽勝なのですよ!なめんじゃねえのです!」


「なんで二人が偉そうにしてるんだ?」


 ダネルは一瞬笑みを消失するも、すぐに気を取り直したのか笑顔をつくり直し拍手した。素晴らしいとたたえ、地面から剣と丸い金属のようなものを取り出した。


「それでは次にまいりましょうか。超常たる神の力、その一端をお見せいたしましょう。」


 最後の戦いの第二ラウンドが始まる。

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