第97話「不動と引力」
宗次の右腕からは少なくない血が流れ落ちていく。その光景を見て宗次は面白くなさそうな顔をした。武のエピックウェポンは「
「お前のエピックウェポン、小さい物体ならそれに蓄えられたエネルギー事静止できるってわけか。」
「俺の武器は攻撃向きじゃないからな。この場所全体に大量の弾丸を用意した。俺は静止を解くことで、それらを発射できる。」
「へーそれで?」
「お前は既に詰みということだ。」
宗次には一体どこに弾丸のトラップが存在するのかわかることは決してない。それは武器を持った兵士が、無数のガンナーに囲まれていることと同義だ。たとえ彼の持つ武器が強力なマシンガンだとしても、その状況を覆すことなどできない。
「おとなしく投降すれば命だけは助けてやる。」
「またそれか。それで、俺を仕留めるには十分な数なんだろうな?この程度の威力じゃ、頭か心臓に数発あてでもしなけりゃ死にはしない。」
「十全にだ。」
宗次の語りかけに武は不敵に笑った。もちろんそれはブラフだった。不動明王の静止できる対象は無機物に限り、その上体積に上限がある。できる限り体積を絞ったとしても、静止できる最大個数は四つが限界だ。つまり弾は後三つしかない。
「はあ、ああ、ああ、ああああ、あああああ!!」
突如宗次は頭を押さえ体をひねりながら叫びだした。理解できない奇行に武は一歩後ずさる。
「つまんねええええ!てめえは本当にマジで心の底からつまんねえんだよ!何が命だけは助けるだ投降だ!?つまんねえ仕込みにつまんねえセリフどこまでもてめえはいけすかねえ!」
宗次の血走った眼は今にも破裂しそうな勢いだ。その眼で武をにらみつけ地団太を踏む。
「いい加減死ねよ。鬱陶しい。てめえはココには必要ねえ。」
「投降しないのか。ならば多少の痛い目は覚悟しろ。」
そしてまた両者は打ち合いを再開した。小細工の存在しない正面からのぶつかり合い。武の利があるとすれば、残り三つの弾丸と手持ちの静止能力。だが武にとって弾丸の罠は本来の戦い方ではない。あれは静止能力の効かない巨大なアンノウンや、多数のプレイヤーを制圧するための策の一つだ。なにせプレイヤー同士の一対一の戦いにおいて武はほぼ無敵であったからだ。
『一体どこにあるんだ…奴のエピックウェポンは…!』
静止それはどこまでも単純で使いにくく、ファンタジー小説でも大した扱いはされないような矮小な能力だ。だが目を見張るべきはその強制力、相手のエピックウェポンを静止させれば、もはや何もできない。殺さずに敵を倒す最も効率的で絶大な効力を持つ戦法だ。たとえ格上の相手でも今まで戦い抜くことができた。だが目の前の宗次はどうだ?彼の体のどこにも武器らしきものは見えない。まるで超能力者だ。しかしこの戦いの原則は覆るはずはない。少なくとも以前の宗次はただの人間であった。それは間違いない。ならばどこかに必ずエピックウェポンが隠されているはずだ。それを見つけ出さなければならない。
「うおおおおお!」
「あああああ!」
正面からの近接戦は拮抗し続ける。相手素手、武は巨大なハンマー、だというのに一方的なダメージにはなっていない。エピックウェポンによる身体強化だとしてもおかしい。少なくとも武がまともにエピックウェポンの攻撃を受ければ、数度撃たれれば致命的なダメージになる。攻撃は武器で受けるしかない。それが原則だったはずだ。一瞬ひらりと御手洗の右腕に何かが見えた。ほとんど透明でその一瞬光が反射して知覚できたのは、点だ。そして一気に体が引きずられた。まるで体がロープにつながれていたかのように、その点に向かって体が引きずられ同時に御手洗のこぶしが目の前に飛んできた。それを必死にガードする、そして同時に引きずられた体にも同じ点が存在したことに気づいた。
「はあ!」
武は静止していた弾丸の一つを開放する。完全な無意識下からの攻撃を、宗次は神がかり的反応速度で回避する。それは武の想定通りだった。同時に武自身も攻撃を仕掛け、はさみ打つ。
「無駄だよ!」
宗次は武をエピックウェポンを用いて引きずり、体勢を崩した。そしてその腹に膝蹴りを加えた。クリーンヒットしたその一撃でろっ骨が折れたのか武は吐血しながら、宙を舞う。敵の不気味な笑みを見ながら、倒れ伏す。その瞬間だった。
シュン
宗次の目の前に何かが通り抜けた。それは武が仕込んでいた、弾丸の一つしかし先ほどまでとは比べ物にならないスピードだった。それは彼の脇腹から胸部にかけて貫通し、驚きながらこちらも吐血する。先ほどまでの二つの弾丸すらブラフだった。この一撃を与えるために、すべては仕込まれていた。さすがの宗次も傷くちを押さえて前かがみに倒れこみそうになった。腹部を抑えながら立ち上がる武を見て、少しだけ笑った。
「つまんねえ…。」
「お前の武器の能力は「引力」…だな?自分と対象を点で結び、どちらかを引き寄せる。その反応速度とこの強制力…からくりがわからんとどうしようもなかった。」
もうお前に勝ち目はないと、武はもう一度宗次に告げた。普通の人間なら重傷、適切な処置をしなければこれが致命傷になってもおかしくない。武にとってこの一撃はその際を攻めたものであった。だが宗次はかすれる目を見開き、自らの服を引きちぎった。それを見て武は驚愕する。上裸をさらした彼の胸には明らかに生体ではない、まがまがしい球が埋め込まれていた。そしてあれこそが彼のエピックウェポンであることを理解する。
「後悔…!させてやるうううう!この一撃で俺を殺さなかったことおおおおおお!」
胸の球を血がにじむほど握りしめ、それと同時に光が発生した。それと同時に、宗次の体が異常な再生を見せた。
「まさか…融合したというのか?エピックウェポンと!」
宗次は過去のことを思い出していた。まだ一年もたたない程度の過去。御手洗宗次は重病患者であった。心臓弁膜症を生まれつき患っていた宗次は心優しい両親に大切に育てられた。心臓に一度でも大きな負担がかかれば死に直結する重病であったからか、宗次には何もなかった。心躍る感動が心打ちのめす苦痛が、すべてを投げ捨てても構わないほどの喜びが。両親に恨みはない。だが天使にこの心臓をもらった時、彼は初めてこの世に生を実感した。
「ぎゃああはははははははh!」
そしてこの異世界で理解した。殺し合いとは命のやり取り、感動が苦痛が喜びが己に生の実感をくれる。恐怖、怒り、殺意、相手から向けられる感情の渦、どれもこれもが愛おしかった。必死に生きる彼らの心を受け止めて、空っぽな自らを満たしてくれる。そんな実感。だが目の前の男は違う。この男のこぶしにあるのは己が定めた身勝手な正義のみ、感情などひとかけらもない。ゆえに人形なのだ、どこまでも目障りで鬱陶しいつまらない。だがもうどうでもよくなってきた。アドレナリンが染み渡る。この人形を殺して、俺は人間になるのだ。
「…来い!」
目の前にいる宗次は高笑いを浮かべながら、獣のように構えた。胸の球を中心として、全身に光の線が走っている。それは亀裂のようで、彼自身を人間とは全く異なる何かへ押し上げているかのようだ。武は唇をかみしめ、彼を強く見つめた。プレイヤーの無効化、その絶対条件はエピックウェポンの破壊だ。おそらくあの球は宗次の心臓と一体化している。その破壊とは彼の殺害を意味していた。覚悟を決めるしかない。武は初めて冷汗が出る気がした。
「きゃああああああああ!」
高笑いが甲高く変化しながら宗次が加速する。引力の対象はどちらが引かれるか選択可能なのだろう。今回は宗次が引かれ、こちらに突っ込んできた。それに対しカウンターを合わせるも、やはり避けられる。その神がかりな反射神経はなお健在で、武には追い付けない。回り込まれ顎下へアッパーが撃ち込まれた。
「!?」
だが宗次のこぶしは突然はじかれ、瞬時に飛んできた武のハンマーをこぶしで防ぐ。これは一瞬武の体が岩のように硬化し、攻撃をはじいていたのだ。
「これは初めて出したからな、お前でも対応できまい!」
自身限定ではあるが体全体を静止させることで、防御力を底上げする。それでも貫通するダメージによって首元から血が噴き出た。だが、武は初めて笑った。ただ相手を倒すために自らの全力を持って戦う。それは生まれついた男としての本能を呼び覚ました。それは戦いと勝利への激しい欲求、その笑顔を見た宗次は信じられないように目を見開きながら口元をゆがめた。それから激しい攻防が繰り広げられた。一切の手加減のない鮮血の舞う舞踏会のように、おぞましくも芸術的な時間だった。宗次はこれが永遠に続けばいいとすら思ったが、二人の余力ももはやほとんど残っていなかった。
「「うおおおおあああああああ!!」」
最後のぶつかり合い、武のハンマーと宗次のこぶしが全身全霊の力で衝突した。
パキン
衝撃音とは裏腹にあっけない音を立てて武のハンマーが砕けた。それに勝利を確信した宗次。その瞬間武は彼の眼前に掌をかざした。そこにあったのは小さな石。最後の最後まで掌に静止させ残していた弾丸だった。武器の崩壊と同時にその力が解放される。
がっ!
そして決着がついた。砂埃が収まり見えたのは、右手で胸部を突き刺す宗次の姿だった。
「最後のあれ…あの小石が力に耐えきれず砕け散らなければ、俺の負けだったよ。」
「最後の切り札だと…欲張ったのが悪かったか。くく…俺らしくなかったな。完敗だ。」
「…最後の戦い、あれは楽しかった…本当に楽しかったよ。ありがとう。」
いつもと違うここまで穏やかな気持ちで戦いを終えるのは初めてだった。一切の余力も残さず戦ったからだろうか。あれだけ激しく揺らめいていた欲望の炎が今は凪いでいた。武は無言で目を閉じた。これでこの戦いも終わり、彼の姿も元に戻っていく。友への心からの感謝を込めて、宗次はその腕を振り下ろした。
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