第93話「終幕」
了司との戦いが終わり、清志は舞台の上で話をした。戻ってからでもよかったのだろうが、ここでするのが一番いいと思ったからだ。了司の両親は不仲が原因で一度離婚しており、小学生の頃妹の楓とは別々に暮らしていたこと。何とか仲を取り持ち、共に暮らせるようになった矢先、清志の事件があったこと。そんな話を聞いて、清志は楓に頭を下げた。
「本当にすまなかった。君のことを何も知らずに、傷つけてしまったこと本当にも仕分けなく思ってる。」
「違います!清志さんのせいじゃない。謝らなければいけないのは私の方で…ごめんなさい…本当にごめんなさい。」
嗚咽を漏らしながら謝罪する楓を了司はそっと抱きしめた。
「君のせいじゃない。いじめがあったら怖くて当たり前だ。悪いのはいじめをした健也たちだ。聖のために泣いてくれてありがとう。俺もあいつも君を恨んでなんてないよ。だから…俺が言うのもおかしいかもしれないけど。これからは自分の人生をしっかり歩んでほしい。君が下を向いていたらきっと聖は困ってしまうからさ。」
「…ごめんなさい、ごめんなさい。」
「大丈夫。大丈夫だよ。」
楓が泣き止むまで清志は声をかけ続けていた。それを了司は何も言わずただ彼女を抱きしめ続けた。
「…んで、これからどうするつもりだよ?」
「何がだ?」
「健也の野郎だ。まだ殺す気か?」
「…いや、やめとく。これで殺すとお前に怒られちまうからさ。いつか勝手に天罰が落ちて、地獄とかに行ってくれるのを待つことにするつもりだよ。文句あるか?」
「いや…それがいいだろうよ。なあ清志。」
「なんだよ。」
「いろいろ…すまなかった。俺もてめえを憎んじゃいねえ。本当はわかってたんだよ。俺の家族がうまくいかねえのはてめえのせいじゃなかった。自分の情けなさを認めたくなかったんだろうよ。くずさ加減に嫌気がさすがよ。」
「でも俺を犯罪者にしたくないってのは本気だったんだろ?まあやり方はよくわかんねえけど、それはわかってるよ。ツーかなんであんなヘイト集めようとしてたんだよ。普通に言えばよかったじゃねえか。」
「うるせえな。言って聞くかもわかんねえ奴のくせによ。俺が敵になればてめえとやり合っても倒せるからだよ。そうすりゃ少なくとも未遂になるだろうが。」
「そういうことかよ。回りくどっ!ツーか負けてんじゃねえか。」
「うっせえ!もう二度と負けねえ!てめえと違って俺は天才だからな。」
「はいはい負け惜しみ。」
「てめえもう一度やるか!?」
「もうフラグ成立させる気か?いいぜやってやるよ!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」
「清志君もそこまでそこまで。」
楓と瞳に止められてしまった。もちろん本当に再戦しようなどとは思っていない。それには体力が残っていなかったし、今はこういう口論を楽しんでいたかったからだ。一通り了司たちと話を終え、ふと思い出して清志は周囲を見渡した。
「洋子。」
「…はい。」
「こっち来いよ。」
今まで終始沈黙を貫いていた洋子を呼んだ。清志は彼女に隣へ座るように促すと、未だ位面持ちで座った。
「洋子が楓さんを連れてきてくれたんだよな。サンキュー。」
「いえ…楓にも迷惑をかけてしまったのです。でもこの位しか思いつかなくて。」
「本当に助かったよ。怖い思いさせてごめんな。もう大丈夫だ。」
洋子の頭を抱きしめると、彼女も清志を抱きしめた。洋子は白夜をダシに脅迫され、健也のエピックウェポンに操られてしまっていた。しかし白夜のことは魔導王が何とかしてくれたらしい。最終的にみんな無事でよかったと本当に思う。
「…やっぱあの野郎ぶちのめすか。」
「おいおい。お前な。」
「野放しにはできねえだろうがよ。」
「まあ…大丈夫だろ。」
了司は清志の回答に眉をひそめる。健也が野放しにされればこれからまた大ごとになる可能性がある。殺さない程度の痛めつけてやろうと了司は考えていたのだが、そこについても清志は否定的だった。
「魔導王がいるからさ、もう何かしら処理はしてるだろ。多分俺たちに出る幕はねえよ。」
「…あいつか。そうかよ。」
魔導王は用意周到な男だ。故に何の策もなく健也を野放しにしているはずがない。楽観的な考えかも知れないが、清志はそれをなぜか確信していた。了司もそれ以上は何も言わなかった。そして楓を離すと立ち上がり、彼女の前に立った。
「瞳。」
「どうした?」
「殴ってすまなかった。もう二度とこんなことはしないと誓う。」
そう言って頭を下げる。それを見てふっとため息とついて瞳は微笑んだ。
「何大したことはなかったよ。むしろ君たちの仲直りのためになったなら万々歳だ。誇らしい気分だよ。気にしないでくれ。」
「ったくお前、ただの八方美人かと思ったら、本当にいい女じゃねえかよ。ありがとうよ。」
「口が減らないところはまあ許してやるさ。私は心が広いからな。だがちょっとむかついたから、イチゴ大福で手を打とうじゃないか。こんにゃろうめ。」
「分かった。必ずわびはする。」
約束を取り付け満足した瞳はしたり顔で清志のもとに近づいていった。
「それでそれで、もう一人のほうは何か私に言うことがあるんじゃないかい?いろいろ迷惑かけられちゃったからには、イチゴ大福ぐらいじゃ済みませんなあ。」
からかい気味に顔を近づける瞳に清志は無言で腕を回し抱きしめた。
「え?ちょっわ!?」
「お前がいなかったら勝てなかった。ありがとう大好きだ!」
「え、ええええ!?」
抱きしめながら叫ぶ清志に、瞳は混乱しながら赤面した。今までとらわれていた過去の因縁と自らの弱さ、それに向き合い勝つことができたのはみんなのおかげでほかならぬ瞳が自分を信じつないでくれたからだ。その感謝を言葉で表しきることはできなかった。
「二人も同時に抱きしめるなんて…清志先輩大胆。」
「これが清ちゃんハーレムの始まりなのであった。」
「…清志てめえ、さすがに人前ではどうかと思うわ。」
「え…?あ、いやそういうつもりじゃ…!」
単純に感謝の気持ちを伝えているつもりだった清志は、一瞬よく考えて赤面し腕を離した。昔の癖を全く忘れていた。確かに同級生を抱きしめるのはあまりに恥ずかしい事であった。清志から離れた瞳はいまだ紅潮した顔を下に向け。いつもとはまるで違う小さな声でつぶやいた。
「い、いきなりは…駄目だぞ。」
「ご、ごめん。」
二人の様子を見て、今まで会話の外であった皆夫迄増長しちゃちゃを入れ始める。
「いやー大好きってもう青春だなあ。僕もう青春の中にいるのかー。」
「嫌だからそういう意味じゃねえって!」
「そういう意味じゃねえって、おいふざけてんじゃねえぞ。」
「なんで若干切れ気味なんだよ!?なあ洋子?あれは昔の癖っていうか…。」
「一遍死んできたらどうですか?」
「なんでそんなこと言うの!?」
こうしてこの数年間彼らを縛っていた因縁に終止符が下りた。終幕にもかかわらず煌々と舞台の彼らを照らす照明は、その未来を祝福しているかのようだ。また一つ舞台は終わりを迎え、そして最後の戦いのときが刻一刻と迫っていたのだった。
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