EX9「精霊王アシラ」

 森が焼けた。神樹の庇護する森が森人たちのすむ永遠の楽園が、その日突然燃えた。レオニダスと名乗る一人の子供が大量の怪物と人間を引き連れて、侵攻してきたからだ。


『早く逃げるだ!オラが幻惑樹で引き付けるから、その間に遠くへ行くだよ!』


 村人を避難させなければならない。誰一人死なせてはならない。ククリは村人に呼びかけ兵士たちに護衛を頼んだ。しかしその大半に反対された。


『我々は戦いますだ!坊!どうかお達者で!』


『何を言っているだ!かなうわけないだよ!』


 ククリの静止を振り払って、兵士たちはあの怪物の軍勢に立ち向かっていく。理解ができなかった。勝てるわけがない。地力も数も相手にならない。逃げることしか自分たちにはできないはずだ。それだというにココを含めた兵士たちは無謀に立ち向かっていった。ククリは魔法で怪物たちをかく乱する。魔導王から授けられた魔道具は使うことができなかった。彼に助けられるその時までずっと。


『お前たちには失望したぞ。』


 ことが終わり、魔導王にかけられた言葉はそれだった。彼はレオニダスの軍勢をたった三人で壊滅に追いやった。戦った兵士たちはなすすべもなくやられたというのにだ。避難施設として作った丸太小屋で、ククリは魔力を使い果たしうなだれていた。その近くには姉のクルルとキキト老を含む村の重鎮たちそしてもう一人の村長候補であるキララがいた。


『お前たちにはあの程度のコバエなぞ追い払うには十分すぎる戦力をやっただろう?だというのにこの体たらく。無駄な死人を出すばかりか住処まで奪われるとはな。之では俺が庇護する価値もない。』


「申し訳ございませんでした。すべて私の責任ですだ!魔導王様から賜った魔道具をすぐに分配していれば、こんなことには…。どうか罰は私に!村人たちは悪くないのです!」


 クルルは魔導王に土下座し謝罪した。姉ちゃんは悪くない。村全体で協議を重ね、不満を最小限にして魔道具を分配した。今回も子供老人の避難に従事して、けが人の治療まで一晩中働きまわっていた。村人たちが無事なのは彼女のおかげに他ならない。そう思うもククリはそれを口にすることはできなかった。


「そうだ貴様のせいだ出来損ないめ!さっさと我々に魔道具を渡していれば、あんなものたちに森を奪われることもなかった。どうしてくれるんだ!」


「語るに落ちるとはこのことですね。」


 キキト老はこれ見よがしにクルルを叱責した。クルルは何も言い返すことはなかった。そこに割って入ったのはキキト老の孫娘であるキララだった。


「今回ただ逃げるだけであったおじいさまが、避難の功労者たるクルル様に何をふざけたことを。それに魔道具分配にもめた原因はおじいさまにも責任があるではないですか。」


「き、キララ…。」


 キララに叱責されさすがのキキト老もたじろいだ。孫娘には弱いということだろう。そしてキララは魔導王に頭を下げる。


「魔道具を賜りながらこのような結果になったのは、すべては私の未熟さが原因です。処罰するならば私を。」


「な、何を言っているのだキララ!?」


 自分のほうが悪いと水掛け論のように言い合う姿を見て魔導王は大げさにため息をついた。そして心底面倒といった様子で言った。


『お前たち小物の責任なぞ誰でも構わん。どうでもいいことだ。だが誤解のないように言っておく。レオニダスといったか?やつを倒して村を守るだけなら、俺の魔道具が一つあれば可能なのだがね。確かずいぶん練習している奴がいたはずだが。』


 魔導王のその言葉でククリに一斉に全員の視線が向いた。


「坊は勇敢に敵をかく乱してくださりましただ。戦士でもないというのにこれ以上ないほど立派に…。」


『クルル飯をつくれ。焼けたとはいえ少しは備蓄があるだろう?ガキどもも食わねば戦えんからな。』


「は、はい…。」


 老人の一人がククリをかばうが、それを無視して魔導王は小屋を出ていった。ククリは下を向いたままこぶしを握り締め続けた。



 健也は頭を掻きむしりながら怒り狂っていた。清志を打ちのめし心を折り、森人どもを生贄に黄金の林檎を手に入れる。そうなるはずだった。だが魔導王と清志たちによってその思惑はすべて覆されてしまった。許せるわけがない。この屈辱を晴らさなければ、自分はどうにかなってしまう。それほどの怒りを募らせ、再度侵攻する計画を立てた。


「俺のアンノウンがあれだけなわけがないだろうが、へへへせいぜい偽りの勝利に喜んでろ。」


 撤退した次の日に攻めてくるなんて奴らも考えもしないだろう。支配できる最大限迄アンノウンを集めた。次のためにとっておいた以前とは比べ物にならないほどの怪物をすべて取り出した。魔導王といえども、この数と力に勝てるわけがない。そう思い、にやけながら健也は再度焼けたエルフの森に向かった。


「はあ!?」


 到着した健也は驚きのあまり声を漏らしてしまう。燃えてなくなったはずのエルフの森に大量の木々が生えているからだ。その木の色は様々な蛍光色で、おおよそ自然のものとは思えない。


「森人どもの魔法か何かか?」


 だが大した問題ではない。生えてきたというのならまた焼き払えばいいだけのことだ。しかし森を焼くことが目的ではない。先手を打つならばより相手に被害が出るようにするべきだ。健也は隠密魔法にたけたアンノウンを用いて姿を隠しながら、森人たちの集まっている場所を探した。探して探して探す…。だが何も見つからなかった。歩いても歩いても見えるのは森の木々ばかり。さすがにここまで歩いて景色の一つも変わらないのはおかしい。まるで永遠に続く迷宮のようだ。この木々こそがその原因だということに気づくころ、変化が起こった。


「「ぎゅrrrrrr!」」


 地面から大量の木の根が飛び出し、アンノウンたちに巻き付く。そして炎や氷などその根の色ごとに様々な攻撃が加えられアンノウンたちが次々と消滅していった。疑問が確信に変わり、健也は急いで木々の破壊を命じた。軍勢の中でも強力な個体は、木々の攻撃など傷の一つもつかずそれらをなぎ倒した。


「君がレオニダスだね。本名は健也だったかな?」


 突然目の前に長身で細身な男が現れる。日本古来の祭祀のような姿のその男は美しい外見とエルフのような長い耳を持っている。森人だ。


「なんだ森人かよ。お前がこの気持ち悪い木を生やした?まあいいや。」


 やっと獲物を見つけたと健也は口角を不気味に上げた。昨夜蹂躙した森人よりも貧弱そうだ。容易く殺せる。こいつを使ってほかの森人の居場所を吐かせよう。そう思い、健也はアンノウンに命令を下した。


「大樹にやどりし霊光よ、大地を凍てつかせ穢れを停滞せよ。凍結樹!」


 襲い来るアンノウンたちに青白く輝く木々が巻き付き、次々と凍結させていく。だがいくつかのアンノウンはその拘束を体をちぎりながら脱出し、ククリを殴り飛ばした。ククリの体はいとも簡単に吹き飛び、木に衝突した。


「ははっよっわwww自信満々でやってきたくせにこれってダサすぎだろwww」


「大樹よ我が声にこたえ厄災をかき消せ!呪縛樹!」


 ククリとは別の声が呪文を唱え、倒れたククリへ近づくアンノウンたちを拘束した。森人の中で唯一ククリと同じ魔法使いであるキララだ。


「またかよウゼ。」

 

 しかしアンノウンたちの拘束するには出力が足りない。人間がツタをちぎるように簡単に破壊されてしまう。


「こっちはいいだよキララ。森の維持をしっかりやるだ。」


「ククリ様!」


 じりじりとにじり寄るアンノウンを前にしてククリはゆっくりと立ち上がる。キララはここにきて自分の未熟さを痛感した。魔法の威力においてキララはククリに全く及ばない。そのククリの魔法ですら突破するアンノウンにキララでは太刀打ちしようがなかった。


「私が…守らないといけないのに!」


 ククリは戦うものではない。出会った日から知っていた。だから自分が戦わなければならないのだ。だというのにこの体たらくは何だ。怪物を前にして一歩も動くことができない。そのふがいなさに打ち震える。


「わかるだよ。その気持ちとてもよくわかるだ。怖いな。逃げ出したいだ。」


 ククリは敵を見据えながら、穏やかにそういった。そうだ。彼は臆病で誰よりも気弱な男だった。しかしどうして、あんなにも穏やかに今立ち上がっているのだろう。


「何笑ってんだよてめえ。」


「なあレオニダス。王って何だと思う?」


 一時間ほど前、焼けた森を一人歩く人影があった。


「何をしているだ?姉ちゃん。」


「…。」


 それはククリの姉クルルだった。魔導王からもらったブレスレットの魔道具と、彼女に似合わない剣を身に着けそこにいた。声をかけたククリに振り返った彼女の眼は暗かった。


「帰りなククリ。お前は村をまとめる義務があるだ。」


「姉ちゃんに勝てるわけねえべ。ただ無駄な血が流れるだけだ。」


「…ククリは感じたことあるか?子の魔道具には魔導王様の魔力が残っているだ。そのせいか、あの方の記憶が見えることがあるだ。」


 より魔力と密接な存在である森人だからであろうか、魔道具を使うたび彼の記憶を垣間見た。それは戦いの歴史で、激しい憎悪と悲しみの記憶だ。


「おらたちは本当に腑抜けてた。そう実感しただ。平和で、敵なんて内輪もめ位だ。だけどもうそうはいかねえ。戦わなきゃ守れないだ。」


「逃げればいいだ。逃げて逃げて逃げ続ければ、きっといつか終わりが来る。戦いをしたって意味ないだよ。」


 その言葉にクルルは笑いかけた。呆れと、いつくしみの表情が入り混じったその顔は、いつもの彼女と同じだ。決して気が狂ったわけじゃない。ククリにはわからなかった。どうして戦わなければならないのか、誰かが傷つくことなんて見たくない。その真逆に突き進むほど、愚かなことはないはずだ。


「おらも分からねえ。だからお前が決めろ。これから村長として、村を導くのはお前だククリ。おらがいなくなってもしっかり考えて、みんなにとって一番いい結果になるようにお前が導くだ。きっとできる。本当はやさしくて強い子だ。」


「…精霊樹!」


 ククリは魔法を唱え、クルルを眠らせようとした。だが、彼女は魔導具を起動しそれを防御した。絡みつく、木の根を剣で薙ぎ払い歩を進める。彼女を止めるべくククリも魔道具を起動した。そしてしばらく、おそらく人生で初めての姉弟喧嘩を続けた。


「はあ…はあ。」


 クルルの魔道具は決して戦闘向きではなかった。そして魔法のアドバンテージがあってやっと彼女を抑え込むことができた。気を失った彼女を包むように魔法の木を生やすと、ククリは立ち上がり避難所と反対方向へと歩き出す。


『なんだ次はお前が家出か?』


「魔導王様。」


 なんとなくわかっていたが、きっと今までもずっと見ていたのだろう。魔導王が現れクルルの眠る木に腰掛ける。


『お前の姉はずいぶんおろかだな。これにやった魔道具は回復機能付与とそれを補助するための代謝促進、戦闘しようにもせいぜい運動機能が多少増加するだけだ。その上一人で挑もうとは無謀極まる。』


「姉ちゃんは誰にも傷ついてほしくなかっただけだよ。だったら自分一人で戦った方がましだっただ。」


 それをきいて魔導王はつまらなそうに頬杖を突く。


『それで、お前はどうするつもりだ?』


「…おらにはわからねえだ。いやわからなくなっただ。戦うか逃げるか、どっちがいいのか。多分考えてるだけじゃあずっとわからねえから、やってみることにするだよ。」


「ならば私もついていきます。」


「キララ?」


 魔導王の後方からキララはククリの元へ走ってきた。魔導王についてきたのだろうか。自分も戦うと魔道具を手にこちらへまっすぐと目を向ける。彼女はまだ幼い、その申し出は断るべきだと頭に浮かんだ。だが少し考えていった。


「ありがとう。むしろおらからお願いしたいだ。」


『確か村の長になれるのはお前たちのどちらかだったか?ここで両方とも死ねばそれはそれで滑稽なことになりそうだ。』


 魔導王は皮肉気に笑いながらそう語りかけてきた。キララは顔をしかめるが、なんとなく彼の性格はわかってきた。ならばこう答えるべきだろう。


「負けそうになったら逃げるだ。おらは死にたくねえし、キララも誰も死なせねえ。だから…。」


『何心配するな、お前たちが死ねどもあの村人共はうまく使ってやるさ。もちろん消耗品としてな。好きにやりたまえ。ふふふふふふ。』


「しばらく村は頼んだだよ。」


 そしてクルルを抱きかかえた魔導王はふっと消えた。


 自分の選択が全体に影響する。それが上に立つということだろう。だからこそ、臆病になったり傲慢になったり自由が利かなくなってくる。いま好き勝手にここに立っていられるのは、未だすがっているからなのだろう。

 

「王っていうものは導く存在だ。守るべきみんなのために考えて考えて、どんな汚れも背負って立つ。それが王だ。おめえはどう思う?」


「何いきなり語りだしてんだ?キモっ!自分語りで気持ちよくなってんじゃねえよ!」


 健也が腕を振り上げ、アンノウンたちに攻撃命令を下す。5体の大型アンノウンが一斉に攻撃を放った。すさまじい衝撃波と光にキララは目をふさいだ。


「アシラ。」


 キララが次に目を開いたとき、土煙が薄らいだ先で見えたのは大型アンノウンのうち2体が倒されていた姿だった。


「は?はあはあはああああ!?なんだよお前ふざけんな!なんで森人がエピックウェポン持ってんだよ!?」


 空中ではためく狩衣と矛を構えるその姿は、司祭と形容するにはあまりにも神々しい。その美しさにキララは息をのんだ。


「レオニダス、古の王の名を名乗る男よ。お前の手には何がある?俺とお前、その手に持つ重みが勝敗を分けるだろう。」


「調子に乗るなあああ!」


 健也が叫び残ったアンノウンがククリへと突進した。だが当たらない。怪物たちの腕が彼に触れる瞬間、まるで最初からそこには誰もいなかったかのように消える。そしてその腕の主は、背後から頭を貫かれていた。


「な、なんだよそれ!なんなんだよその能力は!?まさか…瞬間移動だっていうのかよ!」


 清志の能力はまだわかりやすかった。空中を移動するにも必ず踏み込みの動作が存在する。見えない足場を使って高速移動ができていた。脅威だが対応できない能力ではなかった。だがこれはどうだ、予備動作の一つもなく一瞬で全く別の場所にいる。完全なる上位互換だとでもいうのか。気づけば5体のアンノウンがすべて倒されてしまっていた。


「…。」


「そんな武器チートだろうが!ふざけんなふざけんなふざけんな!お前もあいつも!俺が連れてきた軍隊がばかみたいじゃねえか!」


「これで終わりか?」


 ククリは静かな目で健也を見据えた。怯えもなく怒りもない静かな目、それが健也の琴線に触れた。頭を押さえてうなり声をあげると、もういいと地面を蹴りつけ怒鳴った。


「やってやるよ、本当は清志の愚図をぶっ殺すためだったが、もうここでいい!先にてめえをぶっ殺すからなず殺す!」


「あれは!」


 健也は突然手の甲を前に向けた。その左手には黄金の蛇が描かれた指輪が三つハマっている。洋子たちが持っていたあの指輪だ。三つの指輪は輝きだし、健也の腕を木の根のようなものに変化させながら、急速に成長した。ククリたちが作り出した森をなぎ倒し、足止めしていたアンノウンたちに巻き付き、破壊していく。


「三つの指輪に力をため、黄金の林檎に至れば、どんな願いもかなう!これでお前らも終わりだあああああははははは!」


 アンノウンの力を食らった木は成長し続け、やがて一つの果実を生み出した。それは黄金色で、リンゴのようにつややかだが、オレンジのような形をした奇妙な果実だった。それを健也は変形していく自らの口で食らった。そして木とともに健也自身の体も光に包まれた。そして現れたのは巨大な大ムカデ、体中が木の皮のような鱗に包まれ、その口は縦に裂けながら無数の人の歯のようなものが生えている。関節部から緑色の粘液が断続的に噴き出すその姿は、神に祝福されたというにはあまりにおぞましかった。


「きしゃああああああ!」


「キララ!」


 大ムカデは大量の体液を全身からまき散らした。ククリは彼女をかばうが、その背中にその体液がかかってしまう。狩衣を侵食し焦げるように体液はククリの体を蝕んだ。


「ぐうううう!」


「ククリ様あああ!」


「いいかキララ、魔法で防壁をつくるんだ。何とか耐えてくれよ。俺が倒すまでさ。」


「…なんで、なんでククリ様…どうして立ち向かえるんですか?あんなにも怖がってたのに戦うことを誰より嫌ってたのに。」


 以前のククリなら泣きながら逃げているはずだ。小動物にほえられるだけでも逃げ出す臆病な性格、争う村人をやさしくなだめるその姿からは想像できなかった。あんな怪物を前にしてどうして逃げ出さずに微笑むことができるのか。


「おらは臆病だ。痛いのもびっくりするのも苦手だ。だから戦いたくねえし、誰にも争ってほしくねえ。だけどさ、みんなが傷つくのは自分がケガするより痛かっただよ。きっとだからみんな、戦おうとしてたんだな。」


「ククリ様あ…。」


「お前たちがいるから、きっと俺は戦えるんだ。臆病な自分を倒して、少しだけ背伸びできる。なんだろう、少しだけそれが誇らしい。」


 ククリは立ち上がり、鉾を構えた。同時に魔法を唱え、キララを守るように木を生やす。


「来いよ化け物、お前はここで俺が倒す!」


「きゃあああああ!」


 ククリは空中へ飛びあがり、大ムカデへと向かった。大ムカデは体を翻しながらククリに体液を放射する。それをククリは瞬間移動するように何度も何度もよけながら、距離を縮めた。


「きゃしゃあああ!」


 だが大ムカデの巨大な体に阻まれ叩き落された。その体も体液をまとっているのか、接触部が焼けただれる。だがすぐにククリは立ち上がり立ち向かっていく。何度叩き落されようとも、何度も立ち上がり向かっていった。


「うおおおおおお!」


 ついに大ムカデの頭部にたどり着き、鉾を突き立てた。だがその瞬間理解してしまう。その固い感触、木に斧をはさんだ何て程度ではない大岩に木の枝を押し当てたかのように、硬くこちらが折れてしまうのではないかと思うほどだ。


「がはっ!」


 倒すにはあまりにも攻撃力が足りなかった。一撃でも当てる、それに集中しすぎてしまったせいで、体中はボロボロだ。気が抜けたせいで満足に立つこともままならない。


「きゃあああああああ!」


 体をくゆらせた大ムカデの攻撃によって、地面を削りながら吹き飛ばされた。打ち所が悪かったせいで、呼吸ができない。しくじった、キララだけでも逃がさなければならない。どうにか隙を…。そう思い手放した鉾を手に取ろうと伸ばすが、届かない。大ムカデはまだこちらを見ているようだ。まるで舐めまわすように見下すその姿は、ククリの様を見て楽しんでいるかのようだ。せめていたぶる時間を稼げば逃がせるかと笑ったその時だった。


「第一弓隊、用意!撃ててえええ!」


 突然大量の火矢が放たれ、大ムカデが燃え出した。そして次には大岩が、挙句の果てに燃え残った丸太が、大ムカデを攻撃するように放たれていく。その光景を見てククリは目を丸くした。


「火矢は効果があるぞ!油断するな撃ち続けろおおおお!」


 そこには残してきたはずの村人たちがいた。枝を集めて作ったであろう鎧を身に着け、全員が力を合わせて大ムカデへと立ち向かっていく。それを指揮するのはククリが気絶させたはずの姉クルルだった。


「坊!ご無事ですか!?」


「ココ!?」


「クルル様から魔道具をお借りしました、すぐに治療を!」


 ククリの前には先の戦いで負傷したはずの村の兵士たちがいた。魔道具を持つノノなどが筆頭となって大ムカデを引き付けている。


「どうして…?」


「坊、クルル様が皆を呼んでくださったのです。おひとりでよくぞここまで。しかし最早あなた一人ではありませぬだ。我々も一緒に戦います!」


「姉ちゃんが…。」


 しかしククリは顔をしかめた。たとえ村人たちの走力をもってしても、あのムカデに致命傷は浴びせられない。火での攻撃も奴の気をそらす程度だろう。勝機はもはやない。


「ククリ!」


「キキト老貴方まで。」


 ココたちとやってきたのか、キキトはキララとともにククリの前に立った。


「いいか良く聞けククリ。これからわしら全員の力をキララがお前に集める。その力を使ってお前が奴を倒すのだ。」


「力を…危険だ。間違えればお前たち全員死ぬぞ!」


「おいぼれは遠からず死ぬものよ。頼むククリ。おそらくあれを倒せるのはお前だけだろう。」


 気難しくて争いばかりの老人たち、彼らがククリに頭を下げた。今までこんなことは考えられなかった。ククリは唇をかむが、ため息をついて目を開いた。


「分かった。頼むぞキララ!」


「承知しました!精霊樹!」


 キララが魔法を発動し、青く輝く大樹が現れる。大樹は老人たちから魔力を吸収しククリへと送っていった。まるで声明を吸われるような感覚に老人たちは小さく悲鳴を上げた。


「水臭いだよ。おらたちもそのくらいやれるだ。」


 急に老人たちの負担が減った。そこには遊撃隊以外の村人たちが集まっていた。彼ら全員の魔力がククリへと集まっていく。


「お前たち…。」


 キキトたちはふっと笑い、最近の若いもんはといつもの愚痴をつぶやいた。その愚痴を散々聞いてきた若者たちがこれに笑ったのはおそらく初めてだっただろう。


「みんな、ありがとう。」


 ククリは村人たちの力をもらい、空中へとゆっくりと上がった。そして遊撃隊と大ムカデをはさむようにそこに立つ。


「ククリ…。」


「ここまで想定通りだったのか姉ちゃん?」


「まだだ。あれを倒さねえと期待通りじゃねえだよ。」


「ふん。魔導王様の言うとおりだ。俺の姉は本当に食えんおなごだよ。」


 姉弟で笑い合うとククリは鉾を構えた。これまでは失敗し続けてきたがきっと今ならできるなぜかそう確信していた。故に叫ぶ自らの武器の名を。


「アシラ、変身!」


 精霊が祝福する緑光がククリの体を包み、鎧となる。そして現れたのは神樹を守護する木漏れ日色の騎士だった。重厚な鎧は力強く見るものすべてを安心させる。そしてその鉾とともに騎士は輝きまるでその体全てが一つの巨大な鉾のように変化した。大ムカデが攻撃するも揺らぎもしない。


「大地に還るがいい。天逆鉾あめのさかほこ!」


 一瞬一筋の光が上った。音もなくただその一瞬。その光景にそこにいた全員が呆然とした。そこにあったのは大穴を開けられ崩れ落ちる大ムカデの姿だった。


「認め…ない!認めるもんか!」


 灰のように崩れたムカデから這い出る哀れな男がいた。健也だ。その左腕は引きちぎれ、息も絶えたえだった。頭がぼうっとしてよくわからない。なにがあった自分は果実を食べてあの男をつぶしたはずだ。なのにどうしてこうして地面をはいずっているのだろう。だが今は逃げる。逃げ切ればまた兵を集められる。何度でもやり直せる。


「ひ、ひいいいい!」


 だが目の前に突然その男は現れた。貧弱だと笑っていたその男が今は強大な怪物に見える。悲鳴を上げて健也は衝動的に土下座した。


「ごめんなさいいいいもうこんなことはしません。見逃してください!」


「そうか。もうしないだか?」


「はいいいい!反省しました。二度とこんなことはしないと誓います!」


 ククリは健也に笑いかけ、その手を差し伸べた。それを見た健也はにへらと笑みを浮かべその手を取る。


「煉獄樹。」


「へ?」


 そんな健也の体に赤黒く輝く木が巻き付いていた。


「反省したならそれでいいだ。だけどおらは今後危険かもしれねえ奴を野放しにはできねえ。」


「は、はえ?」


「せめて燃やした森の養分になって罪を償うだよ。」


「いいやだああああああいやだああああああ!」


 健也の体は煉獄の木に巻き取られ完全に見えなくなった。ククリはそれに笑いかける。


「言っただろ?おらと君、その手の重みが勝敗を分けただよ。」


 空はまた暗くなってきた。もう夜になる時間だろうか。清志たちはちゃんと戻ってくるだろうか。まだ心配したいことはたくさんある。だけど今はこの勝利を彼らと分かち合おう。ククリはクルルやキララたちのいる元へゆっくりと歩き出したのだった。


 

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