第92話「克己」

 了司の一撃を受けた肩からは煙が上がり血は出ない。血が噴き出る前に傷が焼けているからだ。焼き切れる痛みは計り知れない。清志は引きはがすこともできず膝をつき、苦しみ悶えた。


「がああああ!」


「このまま焼き切ってやるよ。その心臓をよ!」


「テンペスタス!」


 皆夫はエピックウェポンを起動し、了司へ攻撃し清志を引きはがした。


「サイクロンスラッシュ!」


フェルゼン!」


 皆夫が同時に繰り出した竜巻の斬撃を、了司は大量に作り出した岩の壁で完全に受け止めた。そして刀にその岩を巻き付けた巨大な棍棒を生み出す。


「邪魔すんじゃねえぞ皆夫!てめえじゃ役不足だ!」


「はやっ!」


 棍棒による一撃を皆夫はよけきれず、観客席迄吹き飛ばされた。椅子にはじかれながらぶつかり、床に倒れる。


「皆夫!清志君!」


「僕は大丈夫…清ちゃんを!」


 これ以上は傍観していられない。このまま放置していれば、清志は了司に殺されてしまう。瞳はアンゲルスを構え、呪文を唱えようとした。その時、扉の開く音がした。


「お兄ちゃん!」


 そして飛び込んできたのは聞きなれない声。全員が扉の方向を見た。


「楓?お前、どうして!?」


 そこにいたのは洋子と了司の妹である楓だった。了司が驚くのも無理はない。彼女はプレイヤーでもなければ、今までずっと外に出ることもできなかったのだから。


「もうやめてお兄ちゃん!違う、違うんだよお!清志さんは悪くないの!私が、私が悪いんだよ!」


 楓は叫びながら階段を降り、ステージへと走った。そして変貌しているであろう、了司を見据え向かい合った。


「聖を見捨てたんだよ。私は…だから罰があったのよ。あの時、私が隣にいようとしていれば、あんなことにならなかった!」


 聖と楓は親友だった。同じクラスであったこともあって、一時期は別クラスだった洋子よりも一緒にいる時間は多かったほどだ。しかし小学四年生の時、聖のいじめが始まった。最初は軽い無視のようなものだったと思う。遊び感覚で始まる、卑劣なルール。そして次はばい菌扱い、そんな風にクラス内でもエスカレートしていった。健也たちが調子に乗って暴力に出始めたことも知っていた。だが、楓は何もしなかった。恐ろしかった。自分も同じようにいじめられることが、心の底から恐ろしくて自分も聖に近づかないようになった。もちろんいじめに加担することなんてしない。ただ、熱が冷めるまでじっと隠れるつもりだっただけだ。


「それがどんなにひどい事か私はわかってたんだよ。でも向き合うことが怖くて…

逃げ続けた。」


 きっといつかはみんなも飽きるはずだ。そしたら聖とまた一緒にいられる。悪いことをしたから、お小遣いでアイスクリームでも買ってあげよう。そうしていつもの日常に戻るんだ。そう楽観視しようとして、現実から逃げていた。そしてある日、聖は飛び降り自殺をした。学校中から悲鳴が上がったとき、何が起こったのか理解できなかった。みんなが窓の外を見ているから、同じように見た。そこで見てしまった。頭がつぶれて血だまりになった聖と、それを目の前で見つめる彼女の大好きだった兄の姿だ。これ以上に最悪な死に方はないだろう。それを引き起こしたのは紛れもなく自分のせいだ。


「お願いお兄ちゃん。もうやめて…私が死ぬから、私が悪いんだよ。それで許して…お願いします。」


「違う違う違う違う!」


 了司は頭を押さえながらそれを否定する。楓は土下座をしながら、了司に許しを請う。そんなことをさせたいわけではない。そんなことを許容することはできなかった。


「卑怯者があああ!楓まで巻き込みやがって!お前がお前がおママ前があ!」


 もはや正気を失っている了司と、涙を流しながら土下座し続ける楓、清志はその二人を眺めながら考えていた。


「そうか。俺はずっと逃げていたんだな。」


 楓の話で妙に納得した。どうしてこんなにも大切な時に失敗し続けているのか。それは本当に大事な時に向き合うことから逃げていたからだ。聖の時も、洋子の時も、今了司に対しても。だから自分はこんな無様をさらしていた。


『ならお前の手で示して見せろ。お前の意思とお前の妹の生まれた意味を。それが残された者のできるすべてだ!』


 あの魔導王の言葉が今になって少しわかる気がした。


 「そうだよな。できることなんて限られてる。それこそ俺にできるのはそれくらいだ。」


「清志い!」


「顔をあげてくれ楓さん。ありがとう。大丈夫。了司のことは俺に任せてほしい。」


 清志は立ち上がり、楓の肩に手を置いた。そしてステージから降りるように言う。そしてかみつきそうな雰囲気の了司に笑いかけた。


「悪かったな了司。お前ともちゃんと向き合ってなかった。俺とお前がいるんだ。本気で戦わなきゃ失礼ってもんだよな。」


「清志君。」


「瞳?」


 瞳は了司に向かい合う清志に声をかけた。アンゲルスは使わなかった。それはきっとこの場においてふさわしくないとそう思ったからだ。


「仲直りして来い。傷は私がいくらでも直してやるからさ。心配しなくていい。」


「ありがとう。やっぱり頼りになるよ。お前に会えてよかった。」


 できることは意思を示すこと。なにもない自分にできることなんてそれしかない。ならば命を懸けてでもそれをやり通さなければならない。清志は刀を構えた。


「これが俺の本気だ。出し惜しみはもうしない。すべての因縁をここで断ち切ってみせる。変身!」


 清志の体が炎に包まれ、新たな姿へと変身する。そして金色の騎士が現れた。楓はその美しさに言葉を失う。彼女に寄り添う瞳は微笑んだ。


「頑張れヒーロー!」


 ファイナルラウンドが始まった。


「がるrrrrrがあああ!」


「やああああああああああ!」


 今までを凌駕するスピードとパワーで戦いが繰り広げられる。清志は足場をフル活用して、了司は四属性の力を組み合わせてせめぎ合う。ぶつかり合うたびに、血が噴き出そうなほどのせめぎ合いとなった。今までの激闘ですら傷一つつかなかったレグルスの鎧のいたるところに亀裂が走る。


ワッサーあああ!」


 了司の生み出した濁流を足場を盾にしてガードし、清志は攻め続ける。変身時には足場の硬度や位置を操作することができるが、それには脳の莫大なリソースが必要となる。あまりの集中に目玉の血管がちぎれるように感じた。


フラム!」


 業火で加速された渾身の一撃を放つ了司。足場のガードをも引きちぎり、清志めがけてまるで火炎弾のように直撃した。


「なんだと!?」


 負傷した清志の両腕ではこれを防ぎきれない。故に清志はもう行って加えた。両腕とレグルスの兜、つまり頭を使ってその攻撃を防ぎ切った。


「これは剣道試合じゃねえ!これだって反則にはならねえだろ!」


「くそがあああああああ!」


 亀裂が入っているのはレグルスだけではない。了司の銀の鎧も少なくない損傷を受けていた。そして攻勢は清志が優勢になっていく。魔力が切れかけてきたからだ。攻撃のたびに属性魔法を行使していた了司は清志以上に魔力を消費していたからだ。了司の脳裏に敗北の二文字がよぎる。


「認められるかあああ!死ねぃ!贖罪エクスピアション!」


 どんな手を使ってでも負けられなかった。そして使ったのが、了司がもっとも忌み嫌いながらも使い続けてきた能力だった。贖罪は相手の記憶に作用する幻覚魔法。その本質は人の罪悪感を具現化し攻撃するまさに処刑のための能力だ。罪の意識が強いほどその効力を発揮する。


「聖…。」


 清志の前に一人の少女が現れる。清志以外のこの場にいる全員に彼女の姿が見えていた。小さな刃物を持った彼女の眼は真っ黒で、頭部からは血がしたたり落ちている。洋子と楓は目を見開いて唖然とする。


『どうして?どうして私を見捨てたの?おににんいにnゆるああうらあうあhら』


 壊れたレコーダーのように言葉にならない声を発しながら、清志へととびかかる。


「…。」


 それを清志は何もせず受け入れた。


「清志君!」


「清ちゃん!」


 瞳と皆夫が叫ぶ。以前マンイーターと戦った時と同じだ。この技は清志には抜群の効力を持つ。誰よりも罪の意識にさいなまれているその具現こそがあの聖だ。だが清志は倒れない。レグルスの鎧は聖の攻撃から清志を守っていた。そして清志は聖を抱きしめる。


「ごめんな。もっとちゃんと話していればよかった。辛かったよな。気づけなくて本当にごめん。」


 聖は何も言わない。清志は言葉を続けた。


「でもまだそっちには行けない。だから待っててくれ。胸を張ってお前に会いに行けるように、頑張ってみるよ。その時いくらでも文句を言ってくれ。どんな無茶ぶりでもいい。我がままでもいい。生きているうちにできなかった分全部付き合うからさ。いろいろ考えて待っててほしい。」


 聖は清志の腕から離れ、向き合った。その姿は先ほどのような恐ろしい姿ではなく、清志の良く知っているかわいらしい彼女の姿だった。


「しょうがないな。待ったげる。でも一つだけわがまま言わせて。」


「ああ。」


 そして彼女は満面の笑みで親指を立て言った。


「負けたら怒るからね!絶対勝ってねお兄ちゃん!」


 その言葉を聞いて清志はハッとする。そうだ聖は清志が負けることを許さない。剣道の試合で負けたときはまるで自分のことのように悔しがる。私以外に負けちゃだめだと、いつも活を入れてくれた。


「ああ。必ず勝つ。見ててくれ。」


 聖はまた笑いかけると、光となって消えていった。そして清志は了司に向き直る。了司は理解できないと動揺を隠せなかった。


「なぜだ!?なぜ自らの罪科が笑いかけるんだ!?てめえはいったい何なんだよ!?」


「了司。終わりにしようぜ。」


「清志いいいいいいいいい!」


 二人は互いに走り出した。そして同時に刀を振り下ろす。双方の全霊がそこには込められていた。そしてそれがぶつかり、衝撃波で見ている全員が目をつぶった。


カラン。


 金属が地面に落ちる音がした。瞳が目を開けると刀を切り落とされた了司と、彼の首元に刃を突きつけた清志の姿があった。了司のエピックウェポンは消滅し、それと同時に鎧も霧散する。清志の鎧もその時光に戻った。


「殺せよ清志。てめえの勝ちだ。ムカつくがよ。」


「殺さねえよ。まだお前を聖と同じ場所にはやれねえ。俺が先だ。」


「死にたくねえといったくせに、俺より先とは…どんだけわがままなんだよてめえはよ。」


「勝者の特権だろ?」


「…ああ。勝てば官軍何されても文句は言えねえか。悔しいな。」


「ならまたやろうぜ。次も勝つのは俺だけど。」


「馬鹿言うんじゃねえよ。次からずっと俺の勝ちだ。」


「んなわけあるか!」


「んだと?」


「やんのか?」


 また喧嘩になりそうな雰囲気に瞳たちは戸惑うも、急に清志と了司は笑いだし床に寝転んだ。それを見て全員の緊張が解けた。


「まったくあの二人は。」


「とりあえず、一件落着なのかな。」


 皆夫と瞳は肩をすくめると、二人の演者をねぎらいに舞台へと上がるのだった。しばらくの間笑い声が絶えることはなかった。因縁の決着を祝福しているかのように、すがすがしい笑い声だ。

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